1)おそらく甘い現在
「はい、あーんしてごらん」
味見と言う魅力的な提案に、ローズが口を開けた時だった。
「ちょっとまったぁぁぁぁ」
調理長の大音声に、ローズの口を目指していた匙は行き場を失った。
「嬢ちゃんにはまだ熱いからな。ちゃんと器にいれてやれ」
調理長は、味見をさせてはくれるらしい。ローズは安心した。小さな器にそっと注がれたスープをうけとり、ローズは調理場の隅の椅子に腰かけた。ゆっくりと吹いて冷ましていく。たしかに、調理長の言う通り、まだ少し熱かった。
「ローズが先にここに来ませんでしたか」
「ロバート」
足音もなく現れたロバートの名をローズは呼んだ。
「どうしました」
「味見をもらったの。あの大きなお鍋のスープよ」
ローズの視線の先にある鍋をみたロバートの顔がほころんだ。
「あぁ、“マシューのチキンスープ”ですね。そのままだと、塩気が足りないはずですが」
「いいの。このまま味見したいの。全部のスープや、いろんなお料理の味付けに入ってるって教えてもらったから」
ローズは、十分に冷めたはずのスープを、匙で一口味見した。
「いつも食べてるスープと同じ味がすると思ったのに、違うわ」
「そうでしょうね。このスープから、他の料理が出来上がっていくわけですから、同じではありませんよ」
ロバートの言葉にローズは首を傾げた。
「ロバート、お料理しないのに、どうして知ってるの」
「昔、そのスープを作っていた人に教えてもらいました」
「そう。なら、ロバートも味見する?はい、あーん」
ロバートの返事を待たずにローズは、匙をロバートの方向へと差し出した。背の高いロバートの口に届くわけがない。ロバートは身をかがめてくれた。
「懐かしい味がしますね」
「懐かしいの」
「えぇ」
ローズは最後に残っていた一口も、きちんと味見した。ロバートが懐かしいという理由はよくわからないが、優しい味のスープだ。
「では、ローズ、庭に行きましょうか」
「はい。ごちそうさまでした」
片手に軽食のはいったバスケットを持つロバートの、空いている方の手をローズは握った。
「あぁ、器はそこに置いてくれたらいいよ。あとから片付けるからね」
「ローズがお邪魔しました」
「ありがとうございました」
「可愛いお客さんは歓迎だよ。またおいで」
調理長はそう言って、二人を見送ってくれた。