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セカイの世界  作者: サクツキ
第一章 紫暗の魔盗賊と紫高なる貴公子
7/151

パプルス道中

朝日が昇り始めた頃、俺達は目を覚まして冒険者ギルドでスープとパンと軽めの朝食を取り、セントリアを発った。

門番には止められたが、昨日にレンが受付に申請していたゼノンさんの依頼の依頼書を見せることで通ることができた。依頼という名目なら冒険者カードが無くても出れることに、今は感謝しておこう。

そうして俺達は太陽が頭上に来るまでパプルスの方へと歩き続け、今は道中に見つけた川の辺りで休憩していた。


「朝からぶっ通しで歩いているけど……今どれくらいだ?」


川に素足を浸けて冷やしながら、同じように休憩しているレンに聞く。地図は今は俺が見ているがいまいち自分達が何処に居るのかが分からない。


「えっと…………道から考えて…………細かいのはいいけどわかりにくねこの地図…………」


隣に座っていたレンが身を寄せてきて地図を覗きこむ。柔らかい太腿や二の腕が体に触れるも、悲しきかな相手は野郎である。


「ふむ…………丁度この辺りだな。今のペースで行けば日が落ちる頃にはこの辺りに着く筈だ」


反対側からヴィオが地図を覗きこみ、今いる位置を指差す。その後に日がある間にたどり着けるであろう場所を指差した。


「げぇーつ…………まだセントリア越えたばっかりか…………」

「都市国家だけど、領土は広いからね…………はあ…………」


ヴィオが最初に指差した場所、それはセントリアとパプルスの国境線を越えてすぐ近くにある川だった。

その様に思わず泣き言を吐いてしまい、レンも溜め息をつく。


「そもそも1日で着こうという考えではないのだから別に問題はない筈だが?」

「そうだけどよ…………」


ヴィオの言い分は最もだ。夜間も歩けば1日で着くとはいえ、安全策を取った日程だ、全速力で進むよりも遅いに決まっている。

だだが俺達が泣き言を吐いた理由はそれだけではない。


「流石に森の方に向かっているとなるとね、気が滅入るというか……」


そう、ヴィオが指差したたどり着けるであろう場所は、街道から離れた森の手前だった。

地図にも道は記されておらず、道のない場所に行こうとしていることが気を重くする。


「むう…………仕方ない、気分転換も兼ねて昼食にしよう」


そう言いヴィオは川から足を上げタオルで拭き、、近くに置いていたリュックから干し野菜を取り出そうとする。

俺達も顔を見合わせて一息着いたあと、ヴィオの後を追い昼食の準備を始めた。





「セカイー、ちょっと鍋持ってくれるー?支柱作るから」

「オッケ…………ってもう水入れてんのかよ」


レンから受け取った鍋の重さに体が下がる。僅かに端を開けると、鍋の中には既に水が入っていた。


「水だけじゃないよ。底をよく見て」


支柱を組み立て終わったレンが鍋の蓋を開く。俺が開けていた時には影になって見えなかったところに水を吸って戻り始めた干し肉とキャベツ、そして白い粒状の何か…………まさかこれは!?


「レン!!まさかこれ『米』か!?」

「コメ…………?これ麦だけど…………流石に麦は知ってるよね」

「知ってるわ!!ああくっそ…………ぬか喜びだった……!」


米だと思っていたのは麦だった。まあ、麦飯も十分美味しいし、俺も家では安いからという理由で米より麦飯を食うことが多いけど…………日本人としてはやはり米が食いたかった…………!


「何だ、セカイはコメが食いたいのか?」


ヴィオが近くで拾ってきた枝を支柱の下に置きながらそう聞いてくる。その問いに俺は素早く頷く。日本人たるもの米を食わねば…………待て、今の質問って!?


「あるの!?米が!?」

「ちょっとセカイ!!せめて鍋置いてからにして!!」


ヴィオに思わず詰め寄りレンに怒られてしまった。ヴィオも苦笑いしてこちらを見ているし、一先ず鍋は置いておこう。


「コホン…………ヴィオ、さっきの質問から気になったんだけど、米があるのか?グランフィア(ここ)に?」

「いいや、ここ(・・)には無い。コメは基本的に緑の国でしか流通していないからな」


ヴィオの話を俺は興味津々に、レンは火に掛けられた鍋を見ながら耳を傾けている。そんな俺達を他所に何かを思い出すかのように上を見ながら話す。


「昔…………2年前だったか、緑の国からの使者が来て、その者の縁でコメを使った料理を食べるをする機会があったんだ。といっても、保存食用に取っていた少量を使ったものだけどな。たしか……『オニギリ』……だったか?」

「おにぎり!!」


まさか米料理の中で、日本人なら誰でも知っているであろう料理の名前が出てくるとは!


「コメを煮て……いや、彼らは『炊く』と言っていたな、炊いて水を吸いふっくらとしたコメを掬い、掌で三角形の形に整えていくんだ。作り方は簡単だが、砂糖を使っていないにも関わらず甘い味がしたんだ。調味料を使わない素材本来の味、と言っていたな」

「聞いてるだけで美味いじゃねぇか!塩振ったらより美味いんだろうな…………」


聞いてるだけで口の中に涎が溜まってくる。飲み込みながら頭の中で炊きたてのご飯から握られたおにぎりが浮かび上がる。


「…………セカイってさ、もしかして緑の国から来たんじゃないの?」


鍋の火を見ながら話を聞いていたレンがポツリと呟き、俺達のオニギリトークに水を指す。


「あのなぁ、確かに俺の居たところは米が主食だったけどよ、前に言ったじゃないか。摩訶不思議な事になってグランフィア大陸に来たって…………あ゛」


呆れながらレンに文句を言うも、あることを思い出して固まる。そういえばヴィオの奴にはそんなことを伝えてねぇ!俺が墓穴掘ったのが面白いのかレンは顔隠してるとはいえ笑ってるし!


「ふむ…………元々緑の国の民は、グランフィア大陸外の移民族だと言い伝えられている。セカイの故郷はその者達の来た土地なのかも知れんな」


ヴィオは俺がどうやってグランフィアに来たのかは気にせずに、レンの呟きに答える。

緑の国の人々は移民族の末裔なのか…………。


「まあ、いいか。セカイ自身も目的地が定まったってことで…………よし、鍋出来たよー」


レンの呼び掛けに鍋の元まで集まると、蓋の開いた鍋から湯気が沸き上がる。

出来立てのスープをレンが器に注ぎ、俺達に手渡す。小さい肉とキャベツ、そして汁を吸い膨らんだ麦が入ったスープだ。

干し肉と干し野菜を使ったからか若干塩の匂いが強いが、十分許容範囲内の一品だ。

スプーンで一掬いし口をつける。思った通り塩っ気が強いが保存食で作ったのならこんなものだろう。それさえ気にしなければ、汁を吸い柔らかくなった肉とキャベツ、反対に膨れ上がり確かな食感を感じる麦の旨味が溶け出した味がする。


「うん、スープは手軽に作れていいね。今のところ下手な失敗もないし」

「干し肉丸かじりしてた奴の言うことは違うな」

「もうっ!」


自分が作ったスープに感銘を受けているレンを茶化し、顔を赤くされて怒られる。レンも自覚しているのか、怒ったとしても軽口を言うような感じて、思わず俺も笑ってしまう。

ふと、黙々とスープを食べているヴィオが目に入る。スープを食べ始めてか全くリアクションがない。


「どうした?もしかして、口に合わなかったか?」

「っと、そんなことはない。ただ……」

「ただ?」

「こうしてボク達がご飯を食べている間にも、どこかで誰かが盗賊に襲われていると考えると、ね…………」


そう言ってヴィオは明後日の方を向き黄昏がれる。そうだったのか…………国民を想える貴族であることは分かったが、今考えることは違う筈だ。俺は黄昏ているヴィオの隣に座り、背中を叩いて意識を引き戻す。


「っと、何をする!危うく喉に引っ掛けそうになったぞ!」

「それは済まん。確かに、遠くで襲われているかもしれない誰かを想えるのは良いことだ。だけどな、今俺達ができることは違うだろ?」


背中を叩いた俺を睨み付けてくるヴィオに謝りながら遠くを見る。ヴィオも俺の目線に釣られて遠くを見る。


「今俺達がやることは、調査隊が居るであろう村に行くこと。違うか?」

「違わない……だけど」

「違わないなら、まずは目先の問題からコツコツ解決していくしかないだろ?遠くのことは、俺達に手出しが出来ねぇんだ。ただ憂いていたり、祈ってばかりしてないで進んで行かなきゃな」


俺の言ったことは、所詮大局なんてものを見ることのできないガキの意見なのかもしれない。だけど、目先の問題をどうにかしない限り進展がないのも事実なんだ。

俺の言葉をヴィオがどう受け取ったのかは、俺には分からない。 ただ、隣に座るヴィオのスープを口にする動きが早くなったのだけは分かった。


「…………セカイ、ありがとう。君のお陰で、肩が少し軽くなった」

「そりゃどうも」


ヴィオからの感謝を受け取りながら、俺もスープを食べるペースを上げる。そんな俺達をレンが小さく微笑みながら見ていた。





「セカイ!そっち!」

「おうよっと!」


昼飯を食べ終え再び目的地に向かい出した俺達を、湿地帯に入り出したところで5匹の子供くらいの大きさの蛙が襲い掛かり、戦闘になっている。

1番最初に俺に飛び掛かってきた1匹は、俺が全力で叩き付けた杖が引き起こした爆発で致命傷を負い遠くに吹き飛ばされた。

それ以外の4匹はヴィオとレンへとそれぞれ2匹ずつ向かい、2人が相手をしている。どちらかに加勢しようか迷うが、あることを思い付いた俺は、直ぐ様2人の間――それも蛙が俺にも飛び掛かれる位置に向かう。

俺の動きを見て釣られて2人が相手をしていた蛙の内2匹が俺に向かって飛び掛かって来る。よし!計画通り!


「セカイ!?何をする気だ!?」

「しっかり踏ん張ってろよっと!」


2匹の蛙が俺に触れるよりも早く、手に持った杖を地面へと思いっきり叩き付ける。それによって引き起こされた爆発が、飛び掛かって来た2匹を爆風で吹き飛ばした。


「はあっ!」

「せいっ!」


俺が引き起こした爆発で怯んだ蛙を、2人が各々持った剣で止めを刺す。これで2対3、数的有利はこっちが取った。


「まだ気を抜くな。ここからが厄介だ」


ヴィオが吹き飛ばされた2匹を指差す。そいつらは地面を舌で探り、何かを見つけるとそのまま引き抜き口に入れた。虫っぽい何かだったがあれが警戒する理由なのか?


「あいつらは普段は群れで襲ってくるが、自分達が少なくなると毒虫を食って舌に毒液を纏わす。そして舌も武器として振るってくるぞ」


その注意を裏付けるように、蛙達が長い舌を鞭のように振るっている。今は距離が離れているから当たらないが、倒すとなると骨が折れそうだ。


「ヴィオ、対処法は?」

「毒はあいつらにとっても最後の手段だ。免疫は持っておらず時間が経てば全身に毒が回る。毒が回るまで耐えきるか、舌を根元から断ち切るかだが…………セカイ、もう1度さっきの爆発を頼む。レン、1匹任せるぞ」


対処法を聞きヴィオが何をしたいのか察し、俺達は頷く。俺は杖をいつでも振り下ろせるように構え、レンもいつでも駆け出せるように備える。

少しして、痺れを切らした蛙達が舌を出したまま俺達に向かって飛び込んできた。


「セカイ、今だ!」

「おうよ!」


ヴィオの合図に全力で杖を地面に叩き付けることで答える。それによって巻き起こされた爆発は、飛び込んできた2匹のバランスを崩し、大きな隙を作り出す。


「そこっ!」


バランスを崩した内の1匹を目指してレンが駆け、伸ばしたままの舌を掻い潜りその舌を根元から断ち切る。返す刀で剣を口内に突き立て、止めを刺した。


「ヴィオっ!」

「気にするな!」


レンが止めを刺すのを確認し、ヴィオの方へと向く。あいつの剣は細身のレイピア、あいつの言った舌を断ち切るという対処法が取ることができない武器だ。急いで加勢に行こうとするも、既に蛙へと駆けていたヴィオ自身に止められる。

俺を制止させたヴィオは、レイピアを蛙に突き刺すが致命傷にはならず、そうしたヴィオ目掛けて蛙の舌が振るわれる。


「ズンイポ・ブオ・ジョンロープスクエ」


それよりも早くヴィオが呪文を唱える。その術の効果か、舌を振るおうとした蛙の動きが一気に鈍くなり、痙攣を起こしそのまま倒れた。


「また呪術か、今度は何の術だ?」

「体に溜まった毒を一気に循環させる術で、本来は傷口から毒を出すための術を、全身に回すよう改変したものだ」

「これも元々治療用かよ……前もだけどえげつない改変だなおい」

「気にするな。自分でも何でこうなるか分からないんだ」


そう言いながらレイピアに付いた血を拭き取る。視線を倒れた蛙に向けると、痙攣は収まっていたが起き上がる様子はない。ヴィオの説明から察するに毒が全身に回り命を落としたのだろう。


「免疫がないのに致死毒を使うなんてね……」

「この辺りにはあの毒虫に対する解毒薬となる薬草が生えている。毒を使って生き延びたらな、その薬草を食す生態があるんだ」


蛙の死体を鞘に納めた剣でつつきながら言うレンに、近場の草をむしりながらヴィオが答える。話からして、今むしった草がその薬草なのだろう。


「毒虫の死骸から零れ出た毒液を水と共に吸い育ち、それを何代も繰り返してその毒に対する解毒作用を獲得したのがこの薬草さ。この薬草はパプルスにしか生えていない特産品でもある」


そう自慢げに言ってくる。確かに湿地帯には毒を持った生き物が多い、そういう場所ほど薬草が多いイメージがある。

薬学に長けた国という言葉に、嘘偽りは無しということか。


「さて、ここから先の湿地帯――ジスト湿地は盗賊の縄張りでもある。少し早いが迂回して森の方に行こう」


ヴィオの提案に俺達は頷き、遠くに森が見える方向へと歩き出した。

ヴィオを先頭にその後ろを俺とレンの2人が付いていく。少ししてヴィオが立ち止まり、俺達も立ち止まる。何があったのかとヴィオの顔を覗きこむと、何かを思い出すように歯を食い縛っていた。もしかしてここは…………。


「ヴィオ、もしかして…………」

「ああ、ボク達調査隊が盗賊と遭遇した場所だ……あれは……まさか」


何かを見つけたらしいヴィオが泥に埋まった何かの近くに駆け寄る。俺達もその後を追うと、泥の中から掘り出したもの――兜を手に持っていた。


「これはボクが調査隊で身に付けていた兜だ。囮となる際にここに脱ぎ捨てたままだったんだけど…………」


途中で言葉を切り辺りを見回す。そして頷くと少し表情を緩める。


「…………他に何か埋まっている感じはない、これなら欠員も無さそうだ。なら早く行かないと」


そう言って立ち上がり、森の方へと駆け出して行く。早く合流したいんだろうな…………。その気持ちをお互いに感じたのかレンと顔を見合わせ、先に駆け出したヴィオの後を追いかけた。




調査隊の生存に気合いが入ったのか、道中を走るヴィオの後を2人で追う。それによって日が沈む前に森のすぐ隣へと到着した。


「ハァ…………ハァ…………ヴィオ…………急ぎたい気持ちは分かるけどさ…………」

「ゼェ…………ゼェ…………俺達のことも考えてくれるとよかったなぁ…………」


2人揃って息を切らせながらヴィオへと文句を言う。テンションが上がっていた影響か、俺達とは違い息を切らせていないヴィオが頭を掻いて謝ってくる。


「いや…………済まない、やっと合流できると思うと、気が早ってしまった」


謝るヴィオに、俺達は互いに顔を見合わせて溜め息をつく。文句は言ったが別に責めてる訳ではないからな。


「ハァ…………まあそれはいいとして、想定より早く着いたな。日没位に着く予定だったっけ…………」


そう言いながら視線を太陽の方へと向ける。視線の先にある太陽は沈みつつあるが、まだ半分も顔を出している。


「どうする?急ぐなら森の中で野宿するか?」

「いいや、流石に森の中で野宿するのは危険だ。ここは予定通りここで夜を明かそう」


俺の提案を拒否して、ヴィオが荷物を地面に下ろす。提案した俺も言ってはなんだが、何で日が沈もうとする森を通ろうと言ったんだ?レンも呆れた視線を向けているし。


「セカイ……流石にそれはないよ…………」

「言った俺もそう思う」


ヴィオに続いて俺達も荷物を下ろす。地面はさっきまで歩いていた湿地帯とは違い、硬い地面になっている。これら少なくとも泥の上で寝て、寝袋が泥塗れになることはなさそうだ。


「ちょっくらに薪になりそうな枝取って来るわ、そっち頼んだ」

「あまり森に入らないようにねー」

「わーってるって」


レンがそう注意してくるが、そもそも俺は森に入るつもりはない。ただ端の木から枝を幾つか取ってくるだけだからな。

すぐそばにある木の根元を見る。…………大して落ちてねぇな、またよじ登ってへし折るのか…………。

木をよじ登って俺が乗っても大丈夫な太さの枝に一旦跨がる。折れそうな枝は…………もうちょっと上の方か。


「立てば取れるかな…………っと」


幹に手を付き、枝の上でバランスを取りながら立ち上がる。折れそうな枝がちょうど目の前に来てて、ある程度取り木を降りた。

木を降りると既に2人は準備を終えて鍋を囲うように座っている。


「セカイ……何で毎回毎回木に登って枝取るの?」

「地面に見つからないんだから仕方ないだろ。ところで夕食は何だ?」

「もう…………昼に使った麦がまだ余っているからまた干し肉と野菜の麦スープ。水を少な目にしたからちょっと塩気が濃くなるかな?」


そう言いながら薪を鍋の下に並べて火を着ける。夜も麦か、まあ1度開封した食材は早々と使いきりたい気持ちはわかる。開けっ放しでほったらかして腐らすなど言語道断だ。

1人納得しているとレンにジト目で見られてくる。…………居心地悪いから空気を変えよう、ちょうど聞きたいこともあるし。


「コホン…………なあヴィオ、明日俺達が向かう予定の村って、どんなところなんだ?俺達ただ村としか聞いてねぇから」


質問を聞いていたレンもそういえばそうだったと小さく呟く。ヴィオも伝えてなかったことに思い至ったらしく、軽く咳払いをしてから説明を始めた。


「コホン…………ボク達が向かう村の名前は『シース』っていう村だ。周りを森で囲まれて、ジスト湿地側には大きな山を挟む行き来が不便な村だよ」


そういってジスト湿地側を指差す。日が沈みかけて影くらいしか見えないが、確かにそこには大きな山がある。


「…………ん?確かジスト湿地が盗賊の縄張りなんだよな?」

「ああ」

「んで、ジスト湿地側に山があるんだよな?」

「……ああ」

「ねえセカイ何を聞いてるの?」


ヴィオの説明から疑問が浮かび質問する。答えてくれるヴィオとは裏腹に疑問を浮かべるレンを無視して疑問を口にした。


「やつら、どうやってシースに襲撃したんだ?」

「……………………」

「え?セカイ何を言ってるの?」


俺の疑問にヴィオは眉間に皺を寄せ、レンは?マークを浮かべている。状況を纏めるために説明してみるか。


「その盗賊ってジスト湿地を縄張りにしてるって言っただろ?そして前に襲われたシースの村、ジスト湿地側にはでかい山がある。ヴィオも言ったように行き来がとても不便な村なのにどうやって襲撃したんだ?」

「それって、普通に山を登って下って行ったんでしょ?」


俺の説明を聞いてレンがそう答える。確かに普通だったらそう思うだろう、だけど俺の予想だとおそらく……。


「……いや、あの山の頂からはジスト湿地が一望できる。だからこそあそこには観測台と駐屯兵が在中している。もし登ってこようものなら伝令が飛ぶ」


ヴィオが俺の予想を裏付けてくれる。あれほど見晴らしのいいところなら、見張り台の1つや2つはあると思っていた。

しかしそれを聞いてレンが再び頭に?を浮かべる。


「ん?だったら何でシースは襲われたの?上で見張っているなら気づくはずでしょ?」

「そうだ、だからこそ調査隊が派遣されたんだ。やつらがどうやって森や山を通らずシースを襲撃したのかを調べるためにな」


確かに観測台があるのに関わらず、その目を掻い潜って村を襲撃したんだ。国にとってはとてつもない脅威だろう。


「…………まあ、シースに行けば調査隊と合流できるんだし、流石に5日もありゃあ何かしら分かってるかもしれないだろ?暗い話はここまでにして、飯食おうぜ」


俺の質問が原因とはいえ、流石に飯時にまでこの空気を持ち込むのはいけない。軽く手を叩いてそう言うと、レンとヴィオが互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。まあ、俺もかなり無理矢理な話題転換だと思ってはいるがな。


「そうだな、詳しいことは明日合流した後に調査結果を聞いてからでも遅くはない。今は今すべきことをするだけだ、そしてそれは夕食を食べることだ」

「話しているうちに、鍋も煮えてきたからね。2人とも、食器取ってくれる?」


そう言ってレンが鍋の蓋を置くためのタオルをリュックから取り出そうとする。日も沈んで辺りを焚き火の明かりだけが照らしているなか探すのは大変そうだが、だから俺達に食器を取るよう頼んだんだろう。

俺のリュックの中に入れてある食器を、ヴィオと一緒に人数分取り出していると……。


「なにこれ!?失敗した!?」


レンが驚きの声をあげて2人揃って顔を上げる。視線の先にはレンが鍋の蓋を手に持ちながら驚愕の表情を浮かべている。いやそれよりも大事なことを言ってるぞ!


「失敗しただと?一体どうしたというんだ、ただのスープでどう失敗する!」


ヴィオの突っ込みの通りだ。美味しく作るのにはコツが要るだろうが、あくまで具材を煮るだけという料理工程でどうして失敗するのだろう。


「早々と麦を使いきりたかったから残った麦全部入れたんだけど……それが悪かったのかな……」


そう言って心配そうに鍋の中を見ている。匂いからして然程失敗という感じでは無さそうだが……。


「どれどれ…………ん?…………これは……失敗……なのか?」


ヴィオが鍋を覗き込んでその中身を確認するが、失敗というのに疑問を抱いている。俺も気になるし中を覗いて見た。

その中はスープを作っていたのにも関わらず、汁が入っている様には見えなかった。確かにスープを作っていた以上これは失敗だろう、だけどこれは……。


「むぅ…………麦が炊かれたコメに似てるが…………」


そう、ヴィオの言ったように鍋の中に入れてあった麦が汁を吸い、ふっくらと炊き上がっていたのだ。そして俺はこれを何て言うのかを知っている。


「…………『麦飯』!!」

「「ムギメシ?」」


俺の驚きに2人が疑問の声を上げるが今はそれどころではない。昼に麦飯のことを考えていたら、こんなに早く食べる機会に出会えるとは!


「ねえセカイ、もしかしてこのスープの失敗作は君の知識にはちゃんとした料理として存在しているの?」

「ああ、俺が米を主食にしているところから来てるのは知ってるだろ?米の代わりに麦を炊いたものだよこれは」

「なるほど…………そういえば使者も炊いただけのコメをシロメシ、と言って食していたな…………」


ヴィオも心当たりがあったのか顎に手を当ててそう言う。


「スープの失敗とはいえちゃんとした料理なんだから、とっとと注ぐぞ。2人共食器を渡してくれ」

「待って待って待って!コメを炊くのって水だよね!?干し肉と干し野菜の塩混じってるけど良いの!?」


麦飯の鍋におたまを入れようとする俺を、レンが止めるがそんな理由か。溜め息をついて説明しようと思ったところにヴィオが口を挟む。


「良いんじゃないのか?コメを使った料理に、具材と調味料を入れてコメと共に炊く『カマメシ』というものがあるようだし。セカイだって頷いているだろ?…………セカイ、考えが当たっているからってそんなに激しく頷きすぎだ」


ヴィオの説明に全力で頷く。そう、これは形は違えど釜飯であることに変わりはない!それどころかヴィオが釜飯を知ってることに驚いたくらいだ。


「むしろ変なもんいれてねぇの分かってるから大丈夫だって。ほら、レンの分」

「あ、ありがとう…………わぁ…………」


器に注いだ麦飯をレンに渡す。レンはおずおずといった様子で受け取るが、器から立ち込める匂いに笑みが零れた。1人早く器に注いだ麦飯を受け取ったヴィオは座って麦飯の匂いを楽しんでいる。


「ちゃんと食えるかどうかまずは一口…………」


そう言ってスプーンで麦飯を一掬いし口元まで持ってくる。昼に食べたスープ程ではないが塩の香りが鼻を擽る、匂いは大丈夫だが問題は味の方だ。

スプーンに乗った麦飯を口に入れて咀嚼する。汁を吸って膨れ上がった麦の柔らかくもしっかりとした食感を感じ、塩気が良い味を出している。


「……よし、いけるぞこれ!」

「それじゃあ…………いただきます!……………………美味しい!」

「コメの代わりと言っていたが…………なるほど、それも納得できる感じだな。前に食べたコメより歯応えがあるが十分に代役を勤めている」


俺が食べられることを伝えると、意を決したレンが麦飯を口にし、美味しさに笑みを浮かべた。

レンほどのリアクションは無いが、ヴィオも前に食した米と麦飯の比較をしながら笑みを浮かべて食している。


「それにしても、どうしてこんな感じになったんだろうね?麦のスープなんていろんな所で作られてるのにこんな風になるなんて知らなかったよ」

「麦の量と水の量のバランスなんじゃないか?セカイ、その辺りは君は分かるのか?」

「あー……そこら辺は分からないな。済まん……」

「そうか、帰ったらコックと共に詳しい分量を調べないとな」


そんな風に麦飯について色々と話ながら食べていき、やがて鍋の中が空になった。


「ふう…………すぐに無くなっちゃった…………」

「1番おかわりしてたからな。少々食い意地が張ってないか?」

「再現しようとしてたヴィオには言われたくないやい」

「喋ってないで片付けるの手伝ってくれませんかね……って聞いてないし…………」


鍋を水で洗いながら2人に呆れながら言うも聞き耳を持たれなかった。まあ、美味しいものを食べてそれについて語りたい気持ちは分からんでもないが。

少し遅れて2人も片付けに参加し、洗い終えた鍋や食器を拭いてリュックに仕舞い片付けを終える。その時には空は既に日が沈み、月が半ばまで昇っていた。


「それじゃあそろそろ寝ようか、おやすみー…………すぅ…………」


寝袋の準備を終えて、その中に潜り込んだレンがそう言って目を瞑り少しして寝息が聞こえてくる。前から思ったが寝付きが良すぎるな……。


「まったく…………レンはいつもこうなのか?」


レンの寝付きの良さにヴィオが苦笑いしながら聞いてくる。俺はそれに苦笑いしか返せなかったが、それで察してくれたようだ。


「そういうお前も、早く寝た方が良いんじゃないか?明日は大変だろ?」

「そうだな、調査隊と合流したら調査結果を纏める仕事があるからな。そうさせてもらう、おやすみ」


俺の催促に頷いたヴィオも自分の寝袋に入り眠りに着く。今起きているのは俺1人だ。


「……………………緑の国、か」


ポツリと今日聞いたことが出てくる。緑の国、米やおにぎり、釜飯等の日本文化がその国で根付いているという。そしてその国の住人は移民族だというのが、俺の中で引っ掛かっている。


「もしかしたら――――」


緑の国は日本人が作り上げた国なのかもしれない。そんな考えが頭の中に過るが、同時に別の可能性も出てくる。ファンタジーゲームに出てくる地球の日本ではない日本文化モドキか、または日本人達が帰れなかったからこそこの地に根付いたのか。


「まあ、目的地ができただけでと上々か」


緑の国に行って、どのようなことになるかは今は分からない。今はゼノンさんの依頼をこなすことに集中しよう。

そう決意を新たにして俺も寝袋に潜り込んで眠りに付いた。

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