貴公子との出会い、次の行き先①
冒険者ギルドの宿に泊まり一夜が明け、目を覚ましてすぐにレンの方へと顔を向ける。
俺の視線を感じたのかレンもうっすらとだが目を開ける。どうやら今日はわざわざ起こさずに済みそうだ。
「おはよう、レン。早速だが下降りるぞ。掲示板に何かいいもの貼られてないか見に行きたいからな」
「おはよ……セカイ……うん……先行ってて……もう少し頭起こしてから行くから……」
声を掛けるとレンも返事を返してくれるが、やはりまだ眠いのかあまり目が開いておらず言動も少しぼーっとしている。
先に行っていいと言われたのでそれに甘んじて部屋を出て、1階のホールへと向かうため階段を降りようとすると、突然後ろから声をかけられた。
「おう坊主、随分早いじゃないか。依頼探しか?」
「うおっと!?…………どうも。まあ、そんな感じっす」
驚きのあまり飛び上がるが、改めて振り向いて返事をする。声をかけてきたのは、昨日の冒険者カード発行の際にホールで酒を飲んでいた連中の1人で、特に髭が印象に残った大男だった。
「ま、冒険者カードがなきゃ故国にしか行けねぇし、旅人としては早く払い切りたいってとこか」
「そうっすね……冒険者カード以外にも色々買い込むものがありますし」
「そーそー、旅ってのは本当に金が掛かるんだよなぁ。俺のキャラバンも維持費が馬鹿にならなくてよー」
そう言い大笑いしながら俺の背中を叩いてくる。本人は軽くた叩いているつもりだろうが、体格差からか思わず前につんのめる。
「おっと悪い、若い連中にもやり過ぎるなって言われてたのによ……ついつい大きな商談に浮き足立っちまってやっちまった」
「いつつ……そりゃ良かったっすね……その商談って何すか?」
「ああ、紫の国からな。王宮直々の商談さ」
紫の国……前にレンが説明した六玉国の1つか?いやそもそも王宮直々の商談って……
「そろそろ俺達はここを発つからよ、もし紫の国に坊主達が行くことがあったら会うかもしんねーな?」
「あんた達が滞在してる間に買えるもん買えたらっすけどね」
「違いねぇ、じゃあな、しっかり働けよ!」
そう言っておっさんは儲けを想像して指を折り曲げながら階段を下っていった。残された俺は叩かれた背中に手を当てておっさんが言っていたことを改めて思い返す。
「紫の国、ね……後で聞いてみるか」
そんな事を考えながら俺も掲示板を見るために階段を下っていった。
「ふーん……そんなことがあったんだ」
「おう、旅してるんなら紫の国についても何か知ってるのか?」
掲示板前でレンと合流し、軽めの朝食を取り初めての依頼として丁度良さげなお使いのような依頼を受け依頼人の元へと向かう最中、朝にあった出来事を話し、紫の国について何か知らないかを問う。旅人なら行き先の事について何か知っているはずだろう……レンの行き先がそことは限らないが。
「紫の国……正しい名前は『紫国パプルス』、紫色とアメジストを象徴とした、湿地が多くて固有の薬草や毒草がたくさんある薬学に長けた国だね」
指を口に当てながら思い出すようにレンが話す。それにしても1つ気になることができた。
「色と宝石が象徴、ねぇ……まさか他の国もそうなのか?」
俺が思ったことを口にするとそれを肯定するようにレンが頷く。
「前に六玉国について話したよね?各々が色と宝石を象徴にしているからそんな風に呼ばれてるんだ。」
「玉は宝石ってか、以外と分かりやすいもんだな……っと、ここか」
話しながら歩いていると依頼書に書かれていた住所にたどり着き足を止め、依頼人が居るであろう建物へと視線を向ける。
「『薬屋グランフィールド』…………グランフィールド?」
知った単語が出てきたことにきょとんとし、その姓を持つ人物――レンの方を向く。視線を向けられたレンは何か考えるように口に手を当てていた。
「…………もしかして……」
微かな声で心当たりがあるような事を言い、店の扉を開ける。鍵は掛かっておらず扉はすんなりと開き、レンはそのまま店の中へと入っていった。
「あっおい!」
勝手に入っていったレンの後を追い店の中へと入る。店の中は小綺麗ではあるが、こまめに掃除しているという印象は抱けなかった。単に人があまり来ないだけなのだろう。
そんな考察をしていると、カウンター奥にある部屋から店員であろう1人の男が顔を出した。
「……何の用だ?まだ開店時間じゃないぞ」
「えっと……すんません。俺達は依頼で「やっぱり叔父さんだ。セントリアで薬売りしてるからそんな来はしてたんだ」……レン、もしかして知り合い?」
頭を下げて謝り要件を言おうとした俺を遮ってレンが声を上げ、店員の男――レン曰く叔父さんに歩み寄る。……店名から何となく思っていたが、親族だったとは……。
「レン……?何の用で来た。お前がセントリアに来る理由なんぞ………………あれか?」
「うん。だけどセントリアに着いたはいいけどね……ちょっとお金が心許なくて……依頼を受けて稼ごうとしてるの」
2人で話が進んでいく。……むう、入り込む余地がない……自己主張するようで恥ずかしいが仕方ない。
「あー……コホン。話してるところ悪いけど……俺にも分かるように説明してくれないか?なんか叔父さんって聞こえたが……」
咳払いして2人の話を遮る。はっとした表情を浮かべたレンは顔を赤くし咳払いをして話始めた。
「ご……ごめん、つい盛り上がっちゃって……この人はゼノンさん、言っていた通り僕の叔父さん」
「……………………」
レンの紹介を受けると彼――ゼノンさんは軽く頭を下げる。しかし俺に対して訝しげな視線を向けている。まあ、家族が知らない人を連れていたら警戒の1つはして当然だ。
「ども、セカイ・オオハシです。訳あってレンの旅に同行してます」
「……………………」
「あ、あのー……俺達、一応冒険者ギルドからの依頼を受けて来たんすけど……話進めてもいいですか……?」
「……………………」
き…………気まずい…………!ゼノンさんただ俺を訝しげな目で見てくるだけだから何を言いたいのかわかんねぇ……!思わずここに来た用件をいうとなにも言わずに店の奥に引っ込んで行ってしまった……………………すげー緊張した…………もしかして俺危険視されてるのか?
「あー……セカイ、気にしなくていいよ?叔父さんはただ人と話すのが苦手なだけだから」
「いやあんなキツい視線話すのが苦手って理由で向けてくるか!?俺もしかして処させるの!?」
呆れ笑いを浮かべてるレンに本気で感じている身の危険を訴える。あんなもし1歩でも間違えたら殺されるような視線を受けたのは初めてだぞ。それでも人と話すのが苦手という扱いなのか……。
「…………おい」
「はいっ!?」
「何変な声だしてやがる…………これだ」
店の奥から戻ってきたゼノンさんから突然声を掛けられ、上擦った声で返事をしてしまう。そんな俺を気にせず奥から取ってきたであろう肩ベルトの付いた木箱をカウンター上に置き、蓋を開ける。
蓋の中には瓶に詰められた粘性が見てとれる薬品がぎっしりと詰まっていた。
「こいつを外の牧場まで届けてほしい。冒険者カードが無くても、依頼書を見せればセントリアからは出れるはずた。それと……」
箱の中身を覗き込んでいた俺に向けて、ゼノンさんが布にくるまれた何かを渡してくる。
受け取り、布を取ると木で作られていた杖が入っていた。石突の反対側はファンタジーモノでよく見る杖のように先端が丸まっており、そこを囲うようにルビー、サファイア、エメラルド、ダイヤモンド、トパーズ、アメジストの宝石が取り付けられた杖だ。
「お前、見た感じ丸腰だろ。俺が昔使ってたやつで良いならくれてやる」
「あ、ありがとうございます……?」
戸惑いながらもお礼を言うと軽く鼻を鳴らしながら再び店の奥へと戻っていく。呆気にとられる俺を余所に、いつの間にか薬箱を持っていたレンが扉を開け店を出ようとする。
「叔父さーん!行ってくるから!!ほら、セカイも行くよ!!」
「おい!!…………杖、ありがとうございました!!」
一足早く店を出たレンの後に続き、俺も店を出ようとする。最後に扉を出た先でもう一度振り返り、頭を下げてから扉を閉めてレンの後を追った。
「叔父さんの言った通り、依頼書見せたら通してくれたね」
「そうだな……俺も、何だかんだで杖貰っちゃったし、本当に不器用なだけなんだな」
ゼノンさんから渡された薬を届けにセントリア外の街道を歩いている。関所で冒険者カードの提示を求められたが、依頼書を見せると何事もなかったかのように通してもらえた。
俺達は荷物を宿に預けっぱなしだから戻ってくるから良いとして、外に荷物を届ける依頼でそのまま届け物を盗もうとする奴が居ないのだろうか……
「何となくセカイが何を考えてるのか分かってるから言うけど、その心配は無いと思うよ?」
「ん?どういうことだ?」
「セントリアは六玉国全部に繋がりがる有るからね。盗んじゃったら全ての国に指名手配書が配られるってこと」
「あー……そりゃ盗もうとは思わんな」
依頼を受けてることは冒険者ギルドが把握しているし、届け物が盗まれるようなことがあったらその時点で全ての国で犯罪者として名前が広まるって事か。それなら確かに下手に盗みも働けないわな。
そんな事を話している内に薬を届ける先の牧場が見えてきた。しかし…………
「た……助けてくれーっ!!」
俺達が向かっている牧場の方から悲鳴が聞こえて来た。俺達は無言で顔を合わせ、レンから木箱を受け取り牧場へと走り出した。
「大丈夫ですか!?」
一足早く牧場にたどり着いたレンが腰を抜かしている牧場主であろう男の横に駆け寄る。男は青ざめた顔で腰を抜かしつつも、牧場の方を震える手で指差す。
「ま、魔物が……わ……私は大丈夫だ……だけど牛達が……!」
男が指差した牧場から、牛の悲鳴のような鳴き声と興奮した犬のような鳴き声が聞こえてくる。それを聞いたレンは腰の剣を引き抜き牧場へと走っていった。
走っていったレンの代わりに俺は男の元に駆け寄り、木箱を背もたれになる位置に置く。
「後は俺達が何とかするんで、立てるようになったら逃げてください!」
「犬人の群れだ……気を付けて!」
魔物について教える男に頷き、レンの後を追うように俺も牧場へと走り出した。
牧場へと入ると、牛舎に向かって走ってくる牛とその牛達を背に剣を握っているレン、そして犬の頭をした小人くらいの大きさの魔物達が7匹ほど居た。恐らくあれが男が言っていたコボルトだろう。
「レン!無事か!」
「膠着状態!」
杖を構えてレンの隣に並び立つ。レンはコボルトの群れから1匹でも牛達の方に抜けないか警戒し、コボルトの群れも刃物を構えたレンを警戒してお互いに動けない状態だった。
そこに俺が加わり――というよりは俺とレンの会話を隙と見たのか群れの1匹が俺達に向かって飛び込んでくる。
それに気付いたレンが剣を振るい、その一閃はコボルトの喉首を断ち斬り、反撃を許さぬまま絶命させた。しかし、咄嗟に振った為か勢いを殺しきれずに体勢を崩してしまう。
コボルト達は仲間が1匹殺された事に動揺しつつも、レンが明確な隙を見せたことでリーダーらしき少し大きめのコボルトを除いた5匹が俺達に向かって飛び掛かってきた。
「しまった!?」
「ええい……死なば諸ともォ!!」
レンが後悔の声をあげる側で、俺はレンの前に出て手に持った杖を真っ先に飛び掛かってくる1匹にバットのフルスイングのように叩き付けた。すると――
「「「「「ガァッ!?」」」」」
「どわあっ!?」
「うわあっ!?」
叩き付けた部分から大爆発が起き、俺や叩き付けられたコボルトだけではなく、飛び掛かってきた残る4匹のコボルトや俺の後ろで体勢を崩していたレンまでも衝撃で吹き飛ばされた。
「いつつ……なんじゃこりゃ……!?」
「ただの杖とは思ってなかったけど……」
尻餅をついた俺の傍らでレンが膝を払いながら立ち上がる。俺達の視線は今しがた爆発を引き起こした杖へと向けられている。
「っと、いけない!コボルト達を!」
「お、おう!!」
レンがそう言い剣を振って爆煙を払おうとする。俺も慌てて立ち上がり杖をぶつけない程度に振り、煙を払っていく。煙が晴れると4匹のコボルトが耳を押さえ気絶していた。人より優れた聴覚が仇になり、近くで聞いた爆発音で気を失ったのだろう。
レンが気絶しているコボルト達に止めを刺して回っているのを傍らに、あるものが目に入った。
思い切り杖を叩き付けたコボルトであっただろう頭部の吹き飛んだ亡骸、その亡骸から上物の剣を抜き取ったリーダー個体の姿が。
そいつはこちらに歯を剥き出しで威嚇する唸り声をあげている。状況が不利だからといって逃げるつもりは無いようだ。気絶してたコボルト全てに止めを刺したレンの隣に俺も並び二人揃って武器を構える。
数が有利だからといって、相手は引こうとせずにこちらを威嚇してくる。それが俺達が攻めることを躊躇わせ、場が膠着してしまう。
その時、明らかにこの場に不自然な男がコボルトの背後に見え、俺はつい声をあげてしまった。
「オイあんた!!そこにいると危ないぞ!!」
「ちょっとセカイ!?」
俺の叫びが聞こえていないのか男は真っ直ぐにコボルトへと向かっていく。それに対しコボルトは俺の叫んだ方――自身の後ろに誰かが居ることに気付き反転し男へと向かっていった。
男は自身に向かってくるコボルトに無防備に歩いてくる。俺達も慌てて男を助けようとするも離れてて間に合わないと思ってしまう。その瞬間――
「はあっ!!」
男が見に纏っていたマントの下から針のように細い剣――レイピアを抜き放ちコボルトの喉を貫く。致命傷を負いつつも、最後の足掻きとばかりに男に向かって剣を振り下ろし――
「スーア・ザトゥ・ターンリ・フイラ」
男が呟いた謎の言葉に動きを止めた。それだけではない、生命として瑞々しい肉体をしていたコボルトが、急速に老化していく。
やがて肉も朽ち、白骨だけとなり男の足元へと転がった。
「何だ今のは…………」
「もしかして…………呪術……?」
何が起きたのか分からず混乱している横で、心当たりがあるようにレンが呟く。何か知ってるのかと聞こうとしたら、足音がこちらに近づいてくる。
足音の方を向くと、先程コボルトを殺したマントの男が俺達の目の前に立っていた。
「何かしら手をこまねいていたから勝手に介入したが……迷惑だったか?」
「い、いえ!ありがとうございます。何か礼を…………」
レンが懐を探りお礼として渡せるものを探していると、マントの男が制する。
「気にしなくていい。困っている人民を助けるのは高貴なる者の義務――」
――グゥ~キュルルル~…………――
「……………………」
「……………………」
「……………………」
男の台詞を遮るように男の腹の音が鳴り、俺達を沈黙が包み込む。やがて男がばつの悪そうに口を開く。
「済まない……どこか飲食店に連れていって貰えるかな……ここ数日何も食べてなくて――」
「どわあっ!?急に倒れて――き、気絶してる……!」
話している途中で倒れてくる男を抱き止め、様子を見ると気を失っていた。男を抱き止めたまま視線をレンの方に向けると、レンもどうしたらいいかを考えていた。
「…………一先ず、魔物達を討った事を牧場主の人に伝えてくるからさ、セカイは先にその人担いでセントリアに戻ってくれる?」
そう言ってレンは牧場主の元へと走っていった。置いていかれた俺は抱き止めてる男の様子を見て、起きる気配がないことを悟り溜め息を吐く。
「はあ…………冒険者ギルドのホールでいいかね……あそこだったらレンも知ってるし……」
とりあえずこの男の言った通り飯を食べられる所で、俺達が唯一知っている冒険者ギルドへと連れていこうと決めて、男を背負い歩き出した。