真実の伝説と黄光の魔女
────空を黄暗が覆うとき、大地に1つの美しき花が開く。
────されどその花に心許すなかれ。かの花こそ地を喰らい、水を汚し、天を陰らし、全てを枯れ細らす魔花なり。
────しかし悲観することなかれ。輝きと共に来る乙女、若き芽吹きに光を与えん。
────救世主により朽ちさせられし魔花、醜く大地に根を張るも、乙女が育みし光、輝けし神により束ねられ黄暗を払い、魔花は光に焼かれ枯れ落ちる。
「…………今読んだのがこの壁画の本当の内容……花が諸悪の根源じゃないか……!」
壁画を読んだレンがそう肩を震わせながら言う。冊子では暗雲を払い太陽を導くとされていた花が、空を闇で覆い人々を苦しめる根源だったのだから。
「乙女が花を枯らすってのは合ってたな…………過程は全く違うけど」
冊子では乙女の祈りに花が答え、自己犠牲の果てに太陽を取り戻し枯れ落ちたが、壁画ではむしろ生き汚く足掻いた結果、乙女が今まで育て上げた光が、輝ける神とやらに束ねられることによって暗雲が払われその光に焼かれ落ちている。
植物にとって大事な太陽の光に焼かれることに思うところはあるが、少なくともかわいそうとは思わない。
「っとそれよりもレン、宝石の謎だが……」
「うん、分かってる。邪なる記し……きっとあれのことだ」
俺が声をかけるとレンは懐から宝石を取り出し、杖に掛けられているランプに近付ける。
近付けられた宝石は、ランプの光を自身の色に染め上げて壁へと光を当てる。その光が当たった場所──花の絵が、光るようなものは使われていないにもかかわらず光始め、それに呼応するように地面が揺れ始めた。
「わっ!?」
「っと!大丈夫か!?」
「う、うん……!」
体勢を崩しこけそうになるレンの手を掴み杖に掴まらせ、俺は両手で杖を握りこけないように腰を下げる。
しばらく揺れは続き、ゆっくりと揺れが小さくなるのを感じながら完全に揺れが収まるまでそのままの体勢を維持し、揺れが収まると同時に2人して息を吐いた。
「ふう…………ようやく収まったな」
「うん…………でも急に地震が起きるなんて…………」
レンが再び壁画へと目をやる。光輝いていた花は既にその光を失っており、もう一度レンが宝石越しの光を当てても光りはしない。
「おいレン、あれを見ろ」
壁画に目を向けるレンの肩を掴み、俺の方にあるものを見せようとする。
壁画とは反対側の壁、そこに広間に入ったときには見つからなかった穴が開いていた。
「もしかしてさっきの地震って、あれが開いたのが原因だったの?」
「それは知らん。ところでこの後どうするんだ?謎は解いたんだろ?」
元々今日は謎解きまでの予定だった。しかし見るからに怪しげな入り口をそのまま放置して去るのもどうしたものか。
少なくとも今夜中にここに来たのはレンの意思だ、最後まで行くかそれとも一旦引き返すかはレンが判断するものだと思っている。
「……………………うん、行こう。セカイもそれでいい?」
少しの間考え、レンは先へ進むことを選択した。レンの性格からここで投げ出すのもらしくないだろうと思っていた俺は、レンの確認に頷いた。
「おう、お前ならそうすると思った」
「分かってたのに聞いたの?もう…………行くよ」
レンが先に進むことを予想していたことにふてくされ、小さく膨れるもすぐに顔を戻し、開いた穴へと向かって行く。
その後を追いかけ、穴に入ろうとするところで辺りを見回し俺も穴へと入って行った。
俺達が穴の中に入った後に広間へとやって来た人影に気付くことなく──。
広間に開いた穴の先にあった通路は下り坂になっており、山を下るように下りていく。
道は長い年月により苔むしていたが、人の手が加えられたように壁や床には凹凸がない。天然の洞窟としての面影は明かりがないことだけだろう。
「上って今度は下るのか…………」
「道が下に続いてるんだからしょうがないでしょ?セカイだって進むのには反対してなかったじゃん」
「そうは言っても愚痴ってのは出てくるもんなの。謝りはするけどさ……ごめんな」
ある程度道を下ってつい溢れた言葉に、レンが振り返って怒る。
ため息をついて一言謝ると、遠く──俺達が来た方向から何か物音が聞こえてきた。
「?レン、何か聞こえなかったか?」
「セカイも?一体何なんだろう……?」
レンに確認をとるとレンも聞こえていたらしく、俺だけの幻聴って訳では無さそうだ。改めてさっき聞こえた音を思い返すが……あれは何かを引き摺るような音だった気が…………っ!
「悪い!一旦戻る!」
「え!?セカイ!?」
嫌な予感が頭を過り、背負った荷物を地面に置きランプ片手に来た道を戻る。
上り坂を駆け上がり、俺達が入ってきた穴付近にたどり着くと、俺の嫌な予感が正しかったことに舌打ちし、再び引き返した。
「セカイ……どうだった?」
俺が再びレンの元へと戻ると、ランプを手にしたレンが恐る恐ると聞いてくる。
聞き方からしてレンも俺が戻った理由に気がついたのだろう。俺はそれに苦虫を噛み潰した表情をして返した。
「やられた……入り口が塞がっている」
「やっぱり……さっきの音は入り口を閉める音だったんだ」
俺の答えにレンが肩を落とす。俺達が入ってきた穴は、外から大きな岩で塞がれていた。
岩の大きさからして、俺達2人では退かすことのできない重量だろうと思う。
「セカイ、前みたいに岩を壊すことはできる?」
レンがそう不安げに聞いてくる。閉じ込められたのだから早く出たいという気持ちは分かるが、それはできないと首を振る。
「ちまちまやってても壊れそうなもんじゃなかった。だからといってデカイ爆発を起こせば逆に生き埋めになっちまう」
「そっか…………どうしよう……僕が先に進むって言わなきゃこんなことには……」
「遅かれ早かれの問題だろ。閉まっちまったもんは仕方ねぇし、先に進むぞ」
そう言って自己嫌悪に陥るレンに先に進むよう促す。出れなくなったのなら行けるところまで行くしかない。
「…………うん」
一応は立ち直り、洞窟の奥へと進み始めたレンを見て、俺も地面においていたリュックを背負いその後を追いかけた。
洞窟を下へ下へと進んで行くと、唐突にレンが立ち止まる。
「おわっ…………どうした?」
「しっ!…………静かに…………」
何かあったのか聞こうとすると口に指を当てて静かにするよう促して息を潜めて耳に手を当てた。
何か聞こえたのかと思い、俺も息を潜めて耳に手を当てる。
───────ヒュゥゥゥゥ…………。
「!!今のは……!」
「風の音…………先に外に通じる場所があるのかも!」
道の先から小さくだが、風が吹く音が聞こえてきた。しかもその音は空洞内に響くような音ではなく、隙間から中に入ってくるような音だった。
その音を聞いて顔を見合わせた俺達は、頷いて音の聞こえた洞窟の奥へと走り出した。
暗い洞窟をランプの明かりと聞こえてくる風の音を頼りに走り抜ける。
奥へと進むごとに風の音が大きく聞こえるようになり、出口が近づいていると確信できた。
「っ!セカイ!明かりが!」
「出口か!?」
走っていると洞窟の奥に光が見えて来た。洞窟に入ってくる空気もそこから来ているのだと理解し、俺達の走るスピードが一層速くなる。
そうして洞窟を抜けた俺達の眼前に、あり得ないものが目に入り息を飲んだ。
天井全面に光石が使われた大部屋、その中央に巨大なトパーズの結晶が鎮座する。
その大きさは人間よりも遥かに大きく、俺の頭にはパプルスの遺跡で見た紫神が変化していたアメジストの結晶を思い出させる。だが、俺達が息を飲んだ理由はそれではない。
「こいつは……」
「根っこ……?」
俺達が息を飲んだのは、天井の中心から突き出てトパーズの結晶に絡み付いている巨大な根だった。
根毛だけでも下手な木の幹よりも太いその根は、まるで結晶から何かを吸い上げているようにも思える。
「この根っこ…………一体…………」
「っ!おいあれ見ろ!!」
レンが惹かれるように根に近づいて行く途中で、あるものを見つけた俺がその肩を掴んで止める。はっとした表情で振り返ってくるレンに俺は見つけたものを言った。
「あれ出口じゃねぇか!?」
それは部屋の端にあった小さな穴だった。しかもただの穴ではなく外の曇り空が見えている。
「本当だ!」
「人は……通れそうにねぇな……」
穴に近付いたレンは穴を覗きこみ外に繋がっているのを確認し、俺は穴の大きさが俺達が通れるのかを確かめるが…………俺処かレンすら通れるか怪しい大きさだった。
だが、少なくともこの部屋ならあの手段がとれる。
「レン、下がってろ」
「うん」
レンに下がるよう言って杖を両手で握り穴の前に立つ。
レンが俺からあらかた離れたのを振り向いて確かめ、離れたレンから頷かれそれに頷き返し穴を見据える。
「よいせ……っとお!!」
そうして勢いよく振りかぶった杖を穴の縁の上へと叩きつけ、大爆発を引き起こした。
爆発の反動で後ろによろけるも転ばないように踏ん張り、後ろから爆破を見届けたレンが近寄ってきて支えてくれる。
やがて爆煙が晴れ、穴は人1人は通れるくらいに大きくなった。
「やった!」
「よっし!」
上手くいった結果にハイタッチをする。そうして俺達は大部屋を出て洞窟の外へと出た。
「あ…………空が…………」
「夜が明けたか…………」
洞窟から出ると空が少しずつ白み始めていた。洞窟の中で一晩中過ごしていたらしい。
そのことに気付いた途端、強烈な眠気が襲ってきた。安心したことで今までの精神的な疲労が一気に来たのだろう。
「くぁ…………っ、レン…………眠くな……っと!?」
突然レンが俺のリュックを掴み、体重を掛けてくる。
眠い頭を起こして振り返ると、レンが目を閉じかけてうつらうつらとしていた。
「ごめん…………なんか急に眠く…………」
そう言って意識が落ちたのか完全に目が閉じ、俺のリュックを掴んだまま座り込む。
掴まれたリュックに掛けられた体重にバランスを崩し、俺も地面へと座り込んでしまう。
その瞬間眠気を誘う甘い香りが鼻腔を擽り、なんとかこらえていた眠気が一気に押し寄せてきた。
「っ!?…………なんだ…………これ…………」
明らかに不自然な眠気の増加、絶対これはただごとではない…………駄目だ…………意識が…………!
そう思ったのを最後に、俺の意識は闇に落ちた──。
「っ…………どこだ……?」
小さく聞こえるコトコトといった音に意識が浮き上がり、目を開く。
目に入ってきたのは意識の落ちた外の景色ではなく、固められた土で作り上げられた天井だった。
「…………っ!!レン!?」
意識を失った場所とは別の場所に居ることに気付き、一緒にいたはずのレンのことを思いだし飛び起きる。
飛び起き辺りを見回すと、崖を掘り抜いて作られた薄暗い小さな部屋だった。俺はその部屋の壁際のベッドに寝かされており、向かい合う反対側のベッドに探していたレンの姿を見つけた。
「レン!!」
「う…………セカイ……」
レンのベッドに駆け寄ると、俺の声で起きたのかレンがうっすらと目を覚ます。
俺もそうだが、レンもなにもされていなかった。少なくともあの眠気は明らかに誰かが意図的に起こしたもののはずなのに、一体なんの目的で…………。
「おや、起きたのかい」
「「!!」」
突然部屋の入り口から声をかけられ、咄嗟に俺はレンを背中に庇い入り口を見る。武器である杖も、レンの剣もない。いざとなったら体当たりをすることを考えなければ……!
「そう睨み付けるんじゃないよ。とって喰おうなんて思ってないさ」
そう言って声の主は部屋の照明を付ける。暗い場所に慣れていた目に眩しい光に目を細め、改めて声の主を見る。
そこに居たのは恰幅の良い体を黄色のローブで包み、その上からエプロンドレスを身につけた長い金髪の老婆だった。
老婆の手には鍋が握られている。さっき聞こえていた音の正体はあの鍋を煮る音だったのか……。
「まさかあんた達があんなところから来るなんて思ってなかったからね、結界に引っ掛かったかと思ったらびっくりしたよ」
そう言って老婆は軽く指を振る。すると部屋にあった小さなテーブルが光に包まれ、俺達のところへと飛んできて再び地につく。
俺達はその光景を目をぱちくりさせながら見ていると、老婆は面白そうに笑いながら口を開いた。
「おやおや、まさか魔法を見るのは初めてかい?だったら光栄に思いな、このマダム・ジョーヌの魔法は高くつくよ」
そう言って老婆──ジョーヌさんは笑いながら飛んできたテーブルに手に持った鍋を置く。
そうして彼女が開けた鍋の中は、毒々しい色のスープが入っていた。
鍋を開けた瞬間に広がった異臭に思わず2人して鼻を摘まむ。それを見てジョーヌさんは再び笑った。
「あはは!!匂いと色は独特かもしんないけどさ、味はあたしが保証するよ」
そう言いながら器にスープを注いでいく…………いつの間に器とおたま取り出したんだ……あれも魔法なのか?
そう考えているうちにジョーヌさんは注ぎ終わったスープを俺に向けて差し出してくる。
「そら、ぐいっといきな。体に活が入るよ」
ジョーヌさんは善意で言っているんだろう表情からしても決して食えないものは入れてないはずだ。
それに味を保証すると言っているからには食べたことがあるのだろうけど…………だけどどう見ても劇物のそれに、俺達は頬をひくつかせることしかできない。
「い……いやー……もう少しマイルドなのは……?」
「ないね」
「だ……だったら俺達のリュックに材料があるんで、それ使って作るんで…………」
「うだうだ言ってんじゃないよ!!男なら腹括りな!!」
「ごばぁっ!?」
「セ……セカイ──っ!?」
「◯×△□※────っ!!」
なかなか飲もうとしない俺達に業を煮やしたのか、俺に渡した器をひったくると俺の頭を引っ付かんでスープを俺の口に流し込んで来た!!
その瞬間強烈な異臭な口内を蹂躙し、鼻を衝く臭いが鼻の粘膜に尋常ではない刺激を与え、床をのたうち回る。味はまともなだけに臭いとの落差が…………!
痛みを忘れるほどに暴れ、絶え絶えな表情でレンの方を見上げると、青い顔をして首を横にブンブン振るレンにいい笑顔でスープの入った器を差し出すジョーヌさんの姿が映った。
俺の視線に気付いたレンは、涙目になって俺に助けを求める視線を向けるが…………すまん、今の俺には助けられない……。
「ほら、相談は終わりだよ!!」
「むぐうっ!?…………◯×△□※────っ!!」
首を横に振った俺を見てさらに顔を青くしたレン。そして俺達のやり取りがわかっていたかのように、ジョーヌさんが俺にやったようにレンの頭を引っ付かんでスープを流し込んだ。
スープを流し込まれたレンは、あまりの衝撃で目を白黒させた後口内を蹂躙する異臭に悶え、横に倒れ見えなくなった。身動きがとれないほど悶えているのか…………?
「あっはっは!初めてにしちゃ刺激が強かったかい?」
悶える俺達を見ながら、ジョーヌさんは笑いながら新たに取り出した器にスープを注ぎそれを飲む…………本当に慣れでいけるものなのかあれは…………!
「そ…………それより……ここは……?」
レンが踞っているベッドに寄り掛かりながら立ち上がり、ジョーヌさんにここがどこなのか聞く。
洞窟を出ていきなり眠気に襲われたかと思えば、見知らぬ人の家でものすごく臭いスープを飲まされたんだ。聞きたいことは他にもたくさんある。
「ん?ああ、だったらその子が目を覚ました後に外に来な。あたしゃ用事があるからね」
そう言って質問に答えぬまま、俺達が飲んだ器と鍋を持って部屋から出ていった。
…………なんかはぐらかされたような気がするが、レンが目を覚ましたらって、さっき目が覚めてスープを飲まされたはずなの……に…………。
「あ………………う………………」
「き……気絶してる…………っ!」
レンの方を見るとあまりの光景に目を見開く。
ベッドの上ではレンの目から光が消え、口を半開きにして涎を垂らしながらピクピクと痙攣して気絶していた。
「おーい!!起きろ!!飯でくたばるなんて洒落にならねぇぞ!!」
「う…………セ……セカイ……?」
思わずレンの肩を掴み思いっきり体を揺さぶると、目に光が戻って息も絶え絶えといった様子だが確かに俺の名前を口にした。意識を取り戻したことに安心して大きく息を吐く。
そうしているうちに、レンもゆっくりとだが上体を起こして辺りを見渡した。ジョーヌさんを探しているのだろう。
「えっと……ジョーヌさんは?」
「用事があるってさ、ここがどこかは外に出てみろって」
立てるか?と手を差し出すとレンはその手を掴んでベッドから降りた。
荷物は…………見当たらない。やっぱりジョーヌさんに聞くしかないのか…………。
俺が荷物の有無を見ていると、レンが俺の服の裾を引っ張り外に出るのを促していた。
確かにここに居ても進展はなく、言われた通りにするしかない。
レンもそれが分かっているからこそ外に出るよう促しているのだろう。
俺達は互いに頷き合い、覚悟を決めて部屋の外へと出ていった。
「ここは…………」
「わぁ…………!」
俺達が寝ていた部屋を出てさらに一部屋通りすぎ外に出ると、外の空気が俺達を包む。
そこは河を挟んで聳え立つ渓谷間に作られた村があった。
壁から突き出るように足場が作られ、その上に畑や牧場、果てには広場などが作られており、対岸を繋ぐ数多くの橋が渓谷のあちこちにある。
一見すると無茶苦茶な環境だが、遠目からでも分かるように確かに人が生活していた。
「驚いたかい?」
「「わっ!?」」
突然後ろから声をかけられ2人して飛び上がる。後ろを振り返ると笑みを浮かべたジョーヌさんが居た。彼女は驚く俺達の間を通り前に進むとこちらを振り返り、渓谷を背にして口を開く。
「こここそがアマリー最古の地!アマリーの霊峰サルジャッロを背にする魔法使い達の住居!『クサント』さ!!」
「クサント……」
「魔法使い達の住居……」
村を誇るように両腕を広げてそう語るジョーヌさんに、俺達は呆気にとられていた。
パプルスの呪術についてヴィオから聞いたときに、黄の国──アマリーにも魔法があるとは聞いていたけど、まさかこんな村を作っていたなんて…………!
「あんた達の事情については村長宅で聞くからさ、ついてきな!」
そう言ってジョーヌさんは、どこからか取り出した箒に腰掛け1番大きな家へと飛んでいった…………俺達は?
「…………置いてかれた?」
「…………橋、歩いてくか…………」
置いていかれたことに2人して呆然となり、俺はため息をついて渓谷間に掛かる橋へと歩き出した。
ジョーヌさんが待っているという村長宅に向かい、クサントの渓谷間に掛かる橋を渡る。
足場が取り付けられている壁面の都合か、足場が飛び飛びになっており幾度と橋を渡る。最初のうちは、掛けられている橋からギシギシと音が聞こえる度に死を覚悟したが、2、3回橋を渡るともう慣れて立ち止まることなく進めるようになった。
「思ったが随分なところに村あるな……」
「住んでる人は慣れっこなんじゃないの?ほら、釣りしてる人だっているし」
橋を渡りながら村を見渡す。断崖絶壁という環境にあるのに、そこに住まう人々はごくごく普通に過ごしている。
さらには橋を渡る俺達の頭上を、ジョーヌさんと同じように飛行して渓谷間を行き来すり人々が通る。魔法使いというのはここでは普通の存在なんだろうが…………。
「…………レン、覚えてるか?前にヴィオが言ってたこと」
「黄の国──アマリーでは魔法が広く伝えられてる、だっけ」
俺の問いに対するレンの答えに頷く。そうだ、アマリーでは魔法が一般にも広まっていると言っていた。
だけど俺にはあることが頭に引っかかる。
「クサント以外アマリーで魔法使いを見たか?」
「っ!そういえば……!」
魔法が一般にも広がっているというなら、少なくとも街に1人は魔法使いが居るはずだ。だけど俺達はキャラバンに同伴していた時には一度も見ていない。
「魔法が広がっているって言ってたのに…………」
「それについても後で聞いてみるか。そろそろ着きそうだしな」
そう言いながら俺は橋の先へと視線を向ける。その先にはジョーヌさんが飛んでいった家があった。ジョーヌさんは村長宅と言っていたっけ。
そうしているうちに俺達は橋を渡り終え、村長宅の前に立ち扉を開けて中に入った。
「「失礼しまーす…………」」
扉を開けると壁のあちこちに勲章、賞状、何らかの手段で枯れないよう加工された花束が飾られており、それらの中心にはジョーヌさんの絵画が飾られている。
「よく来たね!そこに座りな!」
部屋の奥にある作業机、そこに腰掛けていたジョーヌさんが俺達のことを笑顔でもてなし、近くにあるソファーへと座るよう促す。
まさかと思うが、この村の村長って…………。
「もしかして、ジョーヌさんがここの村長なんですか?」
俺が察したことをレンが恐る恐ると聞く。ジョーヌさんはそれを待ってましたと言わんばかりに腕を広げた。
「その通り!このあたしこそがこのクサントの村長にして、アマリーの宮廷魔術師、マダム・ジョーヌさ!!」
レンの問いに誇るようにそう名乗り上げる。いや、村長なのは察せたが、なんかとんでもない肩書きも名乗らなかったか!?
「きゅ、宮廷魔術師!?」
「そうとも!……と、言っても『元』が付くけどね」
驚く俺にジョーヌさんは胸を張るも、その後に肩を落としてしょげかえる。…………『元』と言ったか?
「そういえば…………宮廷魔術師なら陽導祭で出てきてもおかしくないよね。でも、見てないよね」
俺の疑問を裏付けるようにレンがそう言う。宮廷魔術師なんていうお偉いさんが、国をあげた祭りに顔を出さないなんて何かしら理由が無い限りおかしい。
「陽導祭!ケッ!まだそんなことやってんのかい、あんな無駄金使いやめろって言ったのにさ!」
陽導祭の名前を出すと、ジョーヌさんは見るからに機嫌を悪くしてそう吐き捨てた。
「そもそもあたしゃ反対だったんだよ!あんな小娘を囲うなんてさ!あの目は絶対碌なことしないよ!」
そう吐き捨てるジョーヌさんの言葉に俺とレンははっとなる。彼女は導妃を嫌っている。アリスから聞いた話では、アマリーの住人は導妃に心を奪われているはずだが彼女はそうではないらしい。
「あの……貴女は導妃が王宮に来るのを、反対していたんですか?」
「そうだよ!それをあの坊主は年寄りの僻みだのなんだの言ってさ!しまいにゃあたしら魔法使いを街から追放しやがった!誰がおむつを換えてやったと思ってんだい!!」
レンの問いに手元にあった水を一杯呷り、ドンと音を立ててコップをテーブルに置きながら言い放つ。
……もしかして俺達は王に対する愚痴を聞かされたのか?
「…………それよりも、あんた達はどうしてあんなところに居たんだい?まさかあの小娘に目をつけられた……なんてことじゃないよね?」
ポカンとしている俺達をよそに、ジョーヌさんが俺達について聞いてくる。あんなところと言われても、俺達がどこに居たのすら分からないんだが……。
「えっと…………ジョーヌさんの言うあんなところが何処なのかは分からないけれど、経緯なら…………」
一先ず俺達が意識を失う経緯までを話そう。トパズエローにたどり着くまでに幾度と出会った地球人の少女アリス、アリスから渡された宝石の謎、陽導祭で導妃を見たときに感じた既視感とレンが抱いた敵意、宝石の謎を解くために導花伝説の壁画へと向かった時に思い出した既視感の正体、そして壁画に刻まれていた真実の伝説と謎解き。
かなり長い間話し込んでいたが、ジョーヌさんはしっかりと聞いていてくれた。
「────で、洞窟を抜けて外に出たと思ったら、急に眠気に襲われて意識を失った…………って訳です」
「そういう事かい…………つまりあんた達はあの小娘の息の掛かった人間じゃないってことでいいんだね?」
話を聞いて考え込むよう目を瞑り腕を組んでいたジョーヌさんが、片目を開けてそう聞いてくる。導妃と話を一言もしてない俺達は2人揃って首を横に振る。
それを見たジョーヌさんは安堵するように大きく息を吐いた。
「ふぅ…………もしあんたらがあの小娘の手の者だったら、この村の記憶を消してどっかにほっぽり出そうかと思ったけど、その必要はなさそうだね」
さらりと怖いことを言ってのけるが、その必要が無いと言われて俺達も安堵する。
「にしても、あの壁画にそんなことがねぇ…………」
何かを思い出すように腕を組ながらそう呟く。宮廷魔術師なら壁画を見る機会もあっただろうし、思い出しているのだう。
「はい。だけど正しい伝説は知れても、それが何を指しているのかは…………」
レンはそう言いながらうつむく。パプルスの壁画はある程度当て嵌めることができたが、今回はそうはいかない。
花は一体何を指すのか、そして壁画の乙女は誰の事なのか、それが分からないのだから。
「少なくとも乙女はあの小娘じゃないね」
そう断言するジョーヌさんに俺達は頷く。国の富を集めている在り方は、若き芽吹きに光を与える処ではない。
「まあ、これに関してはクサントの知識人を集めて相談するから、あんた達はここでゆっくりしてな」
そう言ってジョーヌさんはパンッと音を鳴らして手を叩と、俺達の目の前を風が吹き荒れ思わず目を閉じる。
そして俺達の周りを風が吹き荒れ、足元に床の感触ではなく草の感触を感じて目を開くと、村長宅ではなく俺達が目を覚ました時に居た家の前へと移っていた。
「これが魔法か…………」
「なんかもう、何でもありだったね…………」
あまりの出来事に、俺達はただ呆然とすることしかできなかった。
「それよりも、こんなことができるんだったら何でそうやって行かなかったんだろ」
「…………見栄、じゃねぇの?」




