中央都市国家セントリア①
鳥の囀りと瞼に当たる太陽の光に意識が浮上し、背中に感じる固い感触によって目が覚める。
「くぁ…………っ…………背中いてぇ…………」
痛みを取るために軽く身体を上に伸ばす…………背骨や肩の辺りからゴキゴキッと凄まじい音が聞こえて思わず口許がヒクついた。
俺、よくこんな状態で熟睡出来たな……。
「だー…………っ、完全に目が覚めた……夢じゃ、ねぇかやっぱり……」
寝起きの働かない頭を精一杯動かして昨日あったことを振り返る。
謎の古井戸からの異世界転移、ヒロイン(男の娘)とのファーストコミュニケーション、そして初の異世界飯。
「いかんいかん、考えると腹が減る…………あいつ起こすか」
考えても仕方ないと結論を出した頭は、とりあえず今なお寝ているレンを起こすことを提案した。…………決して、決して空腹が気になって朝食を食べようと考えた訳じゃないからな!!
「おーい、レン。朝になったぞー……って、スゲー熟睡してんな……」
呼び掛けながらレンがくるまっている寝袋に近づくと、レンが起こすのも憚れる位熟睡していた。だらしない笑みを浮かべて涎が端から垂れてたりと、危機意識の欠片も感じさせないような寝顔をしてやがる。
「しかしな、起こさなきゃ飯が食え……違う違う、起こさなきゃ出発出来ないんだからな。恨むなら寝坊助な自分を恨めよー」
聞こえてないだろうが適当な弁解をしつつ寝袋のジッパーを下ろそうとして顔を近づける。
……改めてこうしてしっかり顔を見るけど、本当に女の子にしか見えないよな……胸元を見なければ勘違いしそうだ。
「……………………(ゴクリ)!?待て待て待て勘違いするな正気に戻れ俺俺はノーマルのはずだそうだろう大橋世界!!」
美少女顔負けの可愛らしさを持つレンの胸元からジッパーを下ろすという行為に背徳的なエロスを感じ生唾を飲み込んでしまった。
頭を振って強引に煩悩を払い、さっきの大声でレンが起きてないかをちらりと見る。……………………こいつ、人が怪しい扉を開きかけたというのに全く起きる気配がない!
「ぬう…………おーい、起きろー!朝になったぞーっ!」
「んにゅう…………」
頬を軽くペチペチと叩きながら声を掛けるも、不快そうに眉を寄せて寝返りを打とうとするだけだった。
「……………………えい」
あまりの寝起きの悪さにいたずら心が膨れ上がり、ついつい頬を指先でつついてしまった。
ぷにっという音が聞こえてきそうなほど柔らかく、あまり筋張った感じのしない感触が指先を包む。
「おお……柔らかい……」
「うみゅ~~~~っ」
あまりの柔らかさに感動して2度3度と頬をつつく。それに伴いレンが不機嫌そうな声をあげる。
「お、手応えアリっぽいな。うりうり、早く起きないとブルドッグの刑だぞ~」
「む~~~~っ、何なんだよ一体………………あれ?」
頬を指先でこねくり回していると、不機嫌そうに眉を寄せてレンが瞼を開けた。ようやくのお目覚めのようだな。
「おう、おはよう。レン」
「む……おはよ~……………………あれ?」
あ、俺の事見て目をぱちくりさせてる。やっぱり一人旅をしていたせいか他人に起こされるのに慣れてないのか?
「─────────っ!?!?!?!?」
「うおぁ危なっ!!」
あ、危ねぇ……!なんとかかわせたが急に飛び起きるもんだから危うく昨日とは真逆で俺が頭突きを食らうところだった……!
「セセセセセセカイ!?急に顔出さないでよびっくりしたぁ……」
「いやいや驚いたのはこっちだっつーの。一人旅してたというには随分寝坊助だな?」
「う゛っ…………ごめんなさい……あと起こしてくれてありがとう……」
寝顔を見られたのが恥ずかしいのか顔を真っ赤にしながらお礼を言ってくる。
まあ、昨日今日会ったばっかの野郎に寝顔見られるのは嫌だろうな。
「さて、と、お前も起きたことだし、朝飯食って出発しよーぜ。折角遠目にだけど街の明かりが見えたんだからな」
「!!そうだった!街に近づいているんだから今日中には着けるようにしないと!ごめんだけど寝袋片付けてくれる!?」
「おう、それくらいなら。ていうか下手にお前のリュック漁れんからそっちの方が助かるわ」
そう答えると直ぐ様レンは寝顔から抜け出て木の下に置いてあるリュックの元へと向かう。
レンが抜け出た寝袋を丸め、寝袋に付いていたベルトで固定すると同時にバー状のに加工された穀物を干し肉で巻いた物を渡された。
「寝袋片付けてくれてありがと。ついでにだけどリュックの下にベルト掛けてくれる?」
渡された朝食を受け取るとレンがマントを捲りリュックを背負った背中を見せてくる。リュックの下部には何かを引っ掻ける為にあるフックが付いていた。これに寝袋のベルトを引っ掻けろってことか。
「…………っと、これでよしっと。レーン、取り付けたぞー」
「よし、それじゃあ出発しようか。折角歩きながら食べれるんだし」
そう言うや否や肉巻き擬きを口に咥えながら明かりの見えた方向へ歩きだした。
―――――――――――――――――――――――
朝飯として食べた肉巻き擬きにより奪われた水分を道中の川で補いながらセントリアへと向かって行く。
現代日本では中々お目にかかれない景色の物珍しさに辺りを見回していると、先行しているレンが持ち歩いているあるものに目が行き、つい口に出してしまった。
「なあレン、その腰の剣って護身用か何かか?」
今朝寝袋をレンのリュックに引っ掻ける際に捲ったマントの下にあったショートソード。寝袋を引っ掻けた時は護身用程度に思ってスルーしていたが、流石に話題がない中で目についてしまった以上つい聞いてしまう。……本当は護身用ってわけじゃないってこともあり得るし……。
「ん?…………もしかしてセカイの居た所って、モンスターとか出てきてないの?」
「モ……モンスター…………?し、知ってはいるけど出てきてはねーなぁ!!」
あぶねぇ……危うくボロを出すところだった……!ファンタジー的な異世界ならモンスターがいる可能性も十分にあっただろうに何で気付かなかったんだ俺ぇ……!
「いいなあ…………グランフィア大陸だと昔はちょくちょく見つけられてたらしいんだけど、ここ数年で一気に数が増えたんだよ。だからこうやって護身用の武器を…………ってああっ!!」
「うおぁっ!?どうした!?」
「考えたらセカイ武器持ってないじゃん!!」
言われてみればそうだ。もしこの状況でレンが言うようなモンスターが襲ってきたとしたら、丸腰の俺は真っ先に狙われてあっという間にお陀仏だ。逃げるにしても殿を武器持ちのレンに任せてしまうからお荷物にしかならない。
「……急ぐぞ!折角街が近いってのに襲われたら堪ったもんじゃない!」
「う、うん!」
「よし、なら行くぞ!丁度遠目に建物らしいものも見えてきだしたし!」
「え!?ホント!?」
俺が言った事を確かめるようにレンが俺の前に出る。実際に俺のいる位置からなら建物らしきものが見えている。
「見たな、よしなら走る「それは待って!」……っと、どうした?」
早く街に行こうと走り出そうとした俺をレンがマントを掴んで呼び止める。早く行きたいのはレンも一緒だろうにどうしたんだ?
「急ぐのは良いけど走るのは無しで。下手に走ると本当に逃げるときに体力が無くなるからせめて早歩きにして」
「お、おう。そりゃあそうだな、俺が悪かった」
下手に走るなとのお叱りだった。その後に説明された理由に納得し、俺達は早足で街へと向かっていった。
早歩きで草原を通り抜け、街道らしき道に出ると共にまた歩きに戻った。レン曰く「あとは街道沿いに行けば大丈夫、街の方向も分かっているからね」との事だ。
街道を街の方向へ向かって進むにつれて遠目に見えていた街の全容が見えてくる。
遠くで見たときには実感できなかった巨大な外壁、その外壁を区切るように聳え立つ巨塔、そしてその巨塔すらも凌駕するほど巨大な建物。
「…………うん、あれがセントリアで間違いないね!」
ズボンのポケットから地図を取り出し街と見比べていたレンが顔を上げてそう言う。俺も横から地図を覗きこむと、6角形状に外壁が描かれた都市が描かれていた。顔を上げて街を見ると確かに外壁は塔を頂点として広がっている。
塔の数は塔の数は6つ、それがすべて同じなら6角形になっているはずだ。
「あとちょっとって訳か…………あ゛っ」
「えっ?セカイ?どうしたの?」
「何で忘れてたんだ……身分証とか必要じゃないのか!?仮にも国に入るんだし……」
地球では入国審査はかなりの基準が設けられていたはずだ。なのに何で俺はそれを失念していたんだ……ファンタジー風な異世界だとしても国に入るのに身分証が必要な可能性だってあるのに。
「あはははは、大丈夫だって。門番さんに言えばどうにかしてもらえるよ」
「何を根拠に言ってんだよ!怪しいやつを国に入れないのは国家防衛の常識だろ!」
「大丈夫大丈夫。僕だって身分証――冒険者カード持ってないけどそれを発行してもらうためにセントリアに向かってたんだから」
「ちょっと待て聞き逃せない言葉があったんだけどおい待てって!!」
レンのやつ身分証持ってないって言ったか!?そんなんだと普通門前払いだろうが!!ってちょっと頭抱えた隙に門番らしき人の前に行ってるし!!
「あのーすいません。冒険者カードの発行をお願いしたいんですけど……」
「ん?それは俺達の管轄外だな。向こうの関所で手続きをしてくれ」
「分かりました、ありがとうございます…………セカイ?何してるの?」
2人の会話に呆気に取られてレンに手を伸ばしている姿勢で固まってしまった。警備ザル過ぎるだろ……!
「い、いや……何でもない…………深く考えていた俺が馬鹿みたいじゃないか……」
「?何で頭抱えてるのか分からないけど、関所に向かおっか。そこで冒険者カードの申請出来るみたいだし」
それだけ言うとレンは関所の方に歩いていった。…………俺、間違ったこと心配してないよな?
少し遅れて関所に着くと、関所の窓口でレンが何かしらの書類を書いている。……ん?書類?
「お待たせー。セカイの分も申請書貰ってきたけど何で頭抱えて………………あっ」
「………………俺としては今重要な壁にぶち当たっているんだが一応聞くぞ。そのあっはなんだ」
「えーっと…………セカイの居た所って……文字まで違う?」
「…………(コクン)」
レンの予想に俺は頷く。異世界モノだと大体転移転生した時にその世界の言語や文字を粗方習得している気がするけど、どうやら俺の転移はそんな気の効いたことはしてくれないらしい。
「………………セカイ、これ読める?」
「『レン・グランフィールド』…………お前の名前って、こう書くんだな」
「読めはするんだ。文字は読めるけど書けない…………仕方ないか、地面にセカイの名前をグランフィア大陸の文字で書くからそれを真似して書類に書いてくれる?」
「おう……本当にすまん…………」
俺の答えを聞くや直ぐ様近くの石を拾い、地面に文字を書いていく。
グランフィア大陸の文字で俺の名前と書いた後に俺の方を振り替える。一先ずはこれを書けということか。
申請書にペンを走らせ少し不格好ながらも地面に書かれた文字を書き写す。それが終わるとレンが申請書を覗き込んで軽く頷き、残った部分を書き始めた。
暫くしてグランフィア文字でオオハシと書き写す。書き終わると待っていたかのように伸びた手が書類を掴み、受付へと持って行く。…………旅の道具以外にも買う必要があるものが出てきたな。
「セカーイ、書類出してきたよー。セントリアに入れるってー」
「おう、今行く」
門の前でレンが呼ぶ。それに頭を切り替え足元に書かれた俺の名前を消してレンの元へと向かった。