国際事情と次の目的地
パプルスからセントリアに戻り、ゼノンさんに依頼の薬草を届けたのを冒険者ギルドに報告して一夜を明かし、次の旅の行き先について話し合おうとしているときにそれは告げられた。
「「鎖国ぅ?」」
「はい。現在緑の国にて人の往来ができなくなっております。物資の流通ならセントリアと緑の国の国境でできますが……」
そう俺達に申し訳なくギルドの受付嬢が言ってくる。俺達はそれを話半分に聞いて近くの席へと腰を下ろした。
「鎖国……鎖国って…………」
「セ、セカイ……大丈夫?」
テーブルの上に頭を抱える俺をレンが心配そうに声をかける。
元々緑の国には俺が行こうと言い出したのだ。緑の国には米やおにぎりがあり、さらに言えば緑の国の住人は元は移民族らしい。もしかしたら俺と同じ日本人なのかもしれないという期待をしていた分、今回の鎖国問題は俺に大きなショックを与えた。
「よう坊主、何か随分悩んでんな?どうした?」
頭の上から大人の声が聞こえてきた。おもむろに顔を上げると見知った顔が俺の顔を覗き込もうとしている。
「キャラバンのおっさんじゃねぇか。商談はどうなったんすか?」
俺の顔を覗き込んで来たのは俺がパプルスに興味を持つ切欠となったキャラバン団長のおっさんだった。おっさんは俺が覚えているのを知ると笑みを浮かべて話し始める。
「おうよ。流石王宮、金払いがいいのなんの!…………っと、そうじゃねぇな。お前さん、頭を抱えてどうしたんだ?そこの坊主もおろおろしてるしよ」
「坊主…………ううん、実は…………」
坊主呼ばわりに複雑な表情を浮かべたレンが、おっさんになぜ俺が頭を抱えていたのか理由を説明してくれた。話を聞いたおっちゃんは顎に手を当てながら考える。
「鎖国かぁ…………そりゃあどうしようもねぇな。緑の国の人間の紹介状がなきゃ、往来ができないしよ」
「紹介状、かぁ…………」
鎖国中の緑の国に入る唯一であろう手段、口にしても持っていないものは持っていないのだ。再び項垂れる俺をおっさんが思いっきり背中を叩く。
「見た感じ、坊主達の旅は急ぎじゃないだろ?何かの切欠で手にすることだってあるんじゃねぇか?」
叩かれた背中の痛みに恨みがましい視線を向けるが、笑って返されてしまう。…………確かに緑の国に行きたいとは言ったが、現状どうしようもないのならよそに行くのも1つの手なのかもしれない。
「よっし、頭変わった。レン、次に行く国どこにするんだ?」
「元気になったのは良いんだけど、唐突に言われてもね…………」
頬を叩いて気合いを入れ直し、レンと緑の国に変わる行き先を相談しようとするも、レンも緑の国に行くことを考えていたらしく言葉に詰まる。そんな俺達を見て、おっさんが良いことを閃いたとばかりに手を叩いた。
「行き先が決まってないならさ、俺達に付いてこないか?」
「「へ?」」
一体何を言っているのだろうか。俺達の混乱をよそにおっさんは話を続ける。
「キャラバンのメンバーがさ、一時の間休みが欲しいって言うんだよ。それで欠員が出てな、誰かを次の仕事の間雇おうかと思ってたんだが…………どうだ?」
どうだ?と言われても、俺達にも仕事を選ぶ権利がある。まず仕事の行き先がどこかすら分からないというのに易々と返事はできない。
「あの、次の仕事の行き先は?僕達、一応全部の国を回る予定なので、パプルスに戻ることになるのはちょっと……」
「分かってるって、次の仕事は黄の国だ」
黄の国?初めて聞く名前だ。俺の視線に気づいたのかレンが解説をしてくれる。
「黄の国……正式名称『黄国アマリー』、黄色とトパーズを象徴とし、建築業が盛んな国だよ」
「建築業ねぇ…………なら持ってく商品は建材か工具辺りか?」
国柄からキャラバンが運びそうな荷物に当たりをつけるも、おっさんに首を振って否定された。
「いんや。何か宝石や化粧品、アクセサリーの類が今売れてんだとよ。今回の商品もそれらだ」
商品のラインナップからして、明らかに女性向けの商品だ。俺の感じた違和感を商人であるおっさんが気付かないわけもなく、補足してくれる。
「なんか王妃様に献上するものとして買い集められてんだ。上手くいけば王宮の覚えもめでたい、デカイ仕事だろ?どうだ、手伝ってくれるか?」
そうおっさんは俺達の肩に手を乗せる。乗せられた手にレンがおろおろしだし、俺に視線を向けてくる。俺が決めてくれってことか。
だったら既に結論が決まっている。俺達は──。
「という成り行きで、俺達はキャラバンの荷物運びをしているのでしたっと…………」
「セカイー、口じゃなくて手と足を動かしてよー」
おっさんの提案に乗った俺達は、最初の仕事としてアマリーに持っていく商品を荷馬車に詰め込んでいた。
おっさん曰くこういうのはしたっぱの仕事らしい。まあらしいっちゃあらしいが、内容が内容なので運ぶのにも気を張らなければいけないのがしんどい。
「セカイ、こっちの検品頼める?」
そう言ってレンが持っていた木箱の蓋を開ける。中には宝石が綺麗に整頓されて納められていた。
「ちょっとそこに置いててくれ。えっと宝石の検品には…………っと」
レンに箱を俺の近くに置くよう指示し、俺は荷馬車内の用具箱から布を取り出す。宝石に指紋が着かないよう、布で手に持って調べるのもまた一苦労だ。
「……………………よし、この箱に規格外なし……と。レン、そっちは終わったか?」
「うん、終わった。これで最後?」
「そうだ。よし、蓋を閉めて…………終わり!」
最後の箱の検品を終え、蓋を閉じる。荷馬車から出て伸びをしていると、他の荷馬車からも検品作業を終えたキャラバンメンバーが出てくる。
全員が荷馬車から出てきたところでおっさんが荷馬車の前に来た。
「おう、作業ご苦労さん!これから黄の国アマリーへと出発する、全員荷馬車に乗り込め!」
おっさんの号令の通りにキャラバンのメンバーが荷馬車へと乗り込み、馬を進ませる。俺達は最後の荷馬車に乗り、俺達の横に見守っていたおっさんが乗り込んだ。
「坊主達、まだ冒険者カード発行してないだろ?一応俺からの依頼って形にしたから、心配しなくてもいいぜ」
「あ、ありがとうございます」
そう、俺達はまだ冒険者カードの代金を払っていない。払えるくらいの額は貯まっているのだろうが、旅をするとなるとただ払えるだけ稼ぐだけではなく、余裕を持った金額にしないと万が一が怖くて払えない。
そのことを言ったら大笑いされ何度も背中を叩かれた。用心するに越したこたぁねぇな、とのことだが、大笑いするのはともかく背中を叩くのはやめてほしい、何か背中に跡が付いているような感覚がするし……。
そんなことを思っているとは露知らず、キャラバンは列を乱さないように馬車馬を借り、ゆったりとした速度で進んで行く。瓶詰めの化粧品や、硝子細工のアクセサリーを万が一にでも破損させないようにするためだろう。前にパプルスで乗った軍の荷馬車よりも進む速度は遅い。
その荷馬車の上で地図を見ながら今居る位置を確かめ、ふと気になったことをおっさんに聞く。
「なあおっさん、どっか寄って行くのか?ちょっと王都への道からずれたから気になったんだが」
そう、俺達が今進んでいる道はアマリーの王都への道からずれており、その道の先には大小の街が描かれている。
「あ?ああ、王宮への商談以外にな、幾つか宝石類を売ってくれって連中が居るんだよ。今はそっちに向かってんだ」
そう言って俺の広げている地図に描かれている街を3つほど指差した。1つはセントリアからあまり離れていない位置にある川と隣り合った街フラーム、もう1つはフラームから北西に進んだ先にある森林地帯に囲われている街ゲルブ、最後の1つはゲルブから西に進んだ先にある王都近くの山岳地帯の麓にある街ホアン。
それぞれ半日位で着く距離であり、普通に王都を目指して野営をしながら進むよりキャラバンメンバーの負担が少なくなるルートだ。
「利益だけでなく、メンバーのことを考えたルートだったんだな」
「おうとも、下の連中の面倒を見るのもリーダーの役「親方ーっ!!」目っ……っと、どうした!?何があった!!」
おっさんのことを誉めると自慢気に鼻を擦るも、前から聞こえたメンバーの声に返事を返す。前方では荷馬車が止まり、キャラバンメンバーが荷馬車から降りて話し合っている。
「いやぁ、どうもこの先に魔物の群れが居ましてね。数は少ないんすが突っ切るにはいささか馬が怯えないかが心配でして……」
1番先頭の荷馬車を繰っていたメンバーがおっさんに何があったのかを報告した。
魔物の群れか……迂回しようにも気付かれ、付いてこられたら意味がない。俺がレンに視線を向けるとレンも俺の方を見ていた。
考えることは同じらしい。俺達は互いに頷き合って荷馬車を降りる。
「おい坊主達、何をする気だ!」
「魔物をどうにかしてくりゃ良いんだろ?だったら任せてくれって!」
「ちょっとくらいお礼させてくださいよ!」
荷馬車を降りた俺達におっさんが声をかけてくるが、適当に返事を返しそれぞれ武器を携えキャラバンの前に出る。
荷馬車に隠されていた平原の先には、見覚えのある魔物が7匹ほどの群れを作ってキャンプをしていた。
「コボルトの群れか。前より多いな」
「まだ10匹は越えてないから良いんじゃない?」
そう軽口を叩きながらコボルトの群れへと駆ける。俺達の足音に気付いたのかコボルト達が慌てて足元の武器を取り立ち上がろうとするが、それくらいの時間があれば十分だ。
コボルト達が武器を俺達に向けて構えようとしているが、もう既に遅い!
「おらあっ!!」
俺は群れの前で地面を全力で叩きつけ、爆発を引き起こし煙をたてる。
爆煙で視界を遮るだけでなく、耳の良い魔物なら爆音で怯ませることができる一手。パプルスからセントリアに戻る途中で遭遇した、これより小さいコボルトの群れ相手に有効だった戦法だ。
「せいっ!」
「もいっちょ!」
「「ガァッ!?」」
爆煙に包まれたコボルトの内、俺達に近かった2匹にそれぞれの得物を振るう。
レンの剣なら8割、俺の杖なら確実に1匹は討てる連携だ。俺が杖を叩きつけたコボルトは爆発で顔が抉れ、レンが切りつけたコボルトは胴体に大きな切り傷を受けた。
「次!」
「あいよっと!」
レンの指示に従い再び地面を叩く。再び起こる爆発でコボルトで起きた爆発で吹き飛んだ煙が再び立ち込める。
再び視界を奪われたコボルト達は、爆煙を起こした俺のもとに向かって来ようとするが、それは俺にも分かっている。
杖を構え、煙の中から影が近付いてくるのを待ち構える。……………………今だ!
「ホームランってなぁ!!」
「「ギャウ!!」」
煙の中に現れた2匹の影、それを巻き込むように杖をフルスイングする。
振るった杖は2匹の胴体に命中し、2匹は腹が爆発で抉れ、致命傷を負った。
「グゲッ!!」
少し離れたところでコボルトの断末魔が聞こえる。レンが討ったのだろう。
「セカイ!そっち何匹!?」
「2匹!あと2匹!」
晴れた煙から現れたレンが剣に付いた血を払いながら俺に今回の爆発で討てたコボルトの数を聞いてくる。
それに答えながらレンの隣に行き再び杖を構える。もう先程まで使っていた不意討ち戦法は通用しないだろう。
「「グルルルル…………」」
群れの過半数が瞬く間に殺されてもなお、こちらに武器を向けて威嚇してくるが、尻尾を股下にくるませ怯えているのが分かる。
だがここで警戒を解けば、好機と見て反撃してくる可能性だってある。というより前に反撃を喰らいかけたし。
だからこそこの作戦が通用するようになる。
「あらよっと!」
「「!!」」
俺が杖を振り上げた途端彼奴らは顔を腕で隠し耳も倒し、爆発に備える体勢を取った。今までが俺が地面に爆発を起こしてその爆煙に乗じた不意討ちだからこその対応だろう。
だがそれこそが俺の狙いだ。
「なんてなっ!」
「はあっ!!」
俺は振り上げた杖を地面に触れる寸前で止める。今までのように爆発させると見せかけた罠だ。爆発に対する備えも、それ以外なら隙でしかないからな。
「ギッ!!」
俺が杖を振り下ろすと同時に駆け出したレンがコボルトの片割れの顔面に剣を突き刺す。防御の構えを取っていたもう一方も、残った1匹が討たれたことでそちらに視線を向ける。
そしてそれは、俺にとっては絶好のチャンスだ!
「これで終い!!」
「ゴアッ!?」
視線が顔に剣を突き立てられた仲間に向いている間に距離を詰め、その横顔に杖を叩き付ける。
叩き付けられた場所から起きた爆発はコボルトの顔半分を抉り飛ばし、その命を奪った。
「お疲れ様、セカイ」
「そっちもな、レン」
剣を鞘に納めながら労うレンに、額に浮き上がった汗を拭いながら答える。
そうしたときに、顔を上げた際にあるものが目が入った。
「ん?あれは……「おう坊主達!!」って!どうしたんだおっさん!」
見えたものに気を取られていて気付かず、背中をレンと共におっさんに思いっきり叩かれた。声音から上機嫌だが、機嫌に比例して叩く強さが上がるのはな……。
「全く、戦えるならそう言ってくれよ!お陰で遠回りしなくて済みそうだわ!」
そう大笑いしながら再び俺達の背中を叩いてくる。俺達が魔物を片付けたのを見たキャラバンは、馬を動かし俺達の横を通るときおっさんにやり過ぎないように釘を指しているが、強さは弱まる処かむしろ強くなってい気がする。
「いつつ……なあおっさん」
「ん?なんだ?」
俺が何かを聞こうとしたら叩くのをやめてくれた。個人的には叩くのを今後もやめてほしいがまあ仕方ない。それより聞きたいことがあるのだから。
「あれ、なんだ?」
そう言って俺はアマリー方面の空を指差す。
指差した空はある部分を境に、晴天から一転して暗い黄色がかった暗雲に覆われていた。地球上ではこんな天気は見たことがない。
「ああ、あれか…………20年位前からな、アマリーの空をあんな色の雲が覆ってるんだよ。時折雨は降るが決して晴れることだけはない、そんな不思議な天気だ。ま、せいぜい作物の育成が悪くなってる位だな、20年もありゃあ慣れたもんだ」
「ふぅん……」
おっさんの説明に頷き改めて空を見る。
20年前から続いているありえない現象、順応しているとはいえ明らかに異変が起きている。そこで俺はあることを思い出した。
(そういやシドウも似たような天気の時に生まれたんだっけ)
パプルスで出会った地球からの転生者紫藤大介。彼もこの世界では紫がかった暗雲の時に生まれたと言われた。もしかしたら今回の異変も、地球からの転生者が原因なのかもしれない。
(はあ…………まったく、勘弁してくれよ…………)
「どうした坊主?肩を落として。そろそろ俺も荷馬車出すから乗ってくれよ?」
「っと、すんません。今乗ります」
先行きの不安を感じながらも、俺はおっさんに促されるまま荷馬車に乗り込み、改めてアマリーへの道を進みだした。




