武士に二言はないらしいが、生憎と俺は武士ではない
ヒーラーの登場です
魔物と戦わないと言ったな、あれは嘘だ。
待ってくれ、俺の話を聞いてほしい。
俺は死ぬ前、肩書だけは高校生だった。それをかさに着て働かず、家事もせず、インターネットの海でぷかぷか泳いでいた。そんな俺が身寄りのない世界に来たらどうなるのか。
そうだ。食い扶持の稼ぎ方が分からない。
金もなければコネもない。戦闘力もなければ、生産性もない。人に商品を買わせたくなる笑顔も作れない。家事代行もベビーシッターも畑仕事も言わずもがな。
だが、外には出ることができた。ネットが楽だっただけで、外に出ることには別に抵抗がなかった。本当に外に出られない人からすれば、迷惑千万な存在だ。だが、俺は外で歩ける。
そう、薬草を摘みながらスライムとくんずほぐれつくらいはできるのだ。
「うひぃコイツ登ってきた! さ、佐倉さん、助けて! 助けて!!」
「どうしようもなくなったら助けてあげるから、もうちょっと頑張ろう!」
俺は今、非常に、非常に不本意ながら、襲い掛かってくるスライムをこん棒で叩いている。佐倉さんはどくどくウサギやどぶネズミを倒してくれたので、スライムだけ頑張れ! という言葉と共に俺とスライムの戦いを見守っている。
RPGのターン制の戦闘なんて何も参考にならない。あれだ、一狩り行っちゃうゲームが一番近い。こっちの準備が出来ててもできてなくても、防戦一方でもお構いなしだ。戦いが泥沼化してきた。
ようやくスライムの端っこを鷲掴みにすることができて、俺はスライムを地面に押さえつけて殴った。
殴って殴って殴りまくった。
「このっ! このっ!! ねばねばしやがって! このっ!!」
もう魔物退治をファンタジーの世界の、カッコイイバトルだと思うのは止めよう。
どこからどう見ても殺人現場だ。現代日本なら動物愛護法違反で逮捕される。江戸時代なら綱吉も真っ青だろう。スライムが動物と認定されるのかは分からないが、とにかく、絶対に、逮捕される。
殴り続けているとスライムが一瞬固くなって、そのままどろりと溶けた。多分これで死んだはずだ。
「……お、終わった」
俺は地面にへたり込んだ。
「お疲れさま。このあたりの薬草はあらかた摘んだよ。さ、魔石回収しとこうか」
にっこり微笑む佐倉さん。なぜか逆らえない俺。
「は、はい……」
俺は目を閉じて、スライム溜まりに手を突っ込んだ。固いのが一つ、二つ。両方取って、素早く佐倉さんに駆け寄る。恐々手を開くと、小さな透明の石と、金貨が一枚手の中にあった。
「金貨だ……」
金貨って結構大金らしい。ちょっとうれしくなってほくそ笑む。
「この辺のスライムで金貨持ってるって珍しいよ! 運がいいね」
「へぇ、そうなんだ」
「魔物から出てきた初めての金貨をお守りとして持ってる人もいるくらいだよ。ほら、私も」
そう言って佐倉さんは服の中から小さな袋のついた首飾りを取り出した。中から出てきたのは、あの魔導修練場で使った石と、金貨だった。
……これ、佐倉さんの胸元で揺れてたの? エッチすぎる。欲しい。
「いいなぁ」
胸元の金貨になりたい。
その発言に勘違いしたのか、後で一緒に見に行こうよ、と佐倉さんは言った。
俺が欲しいのは誰かが作ったのじゃなくて、キミの胸に触れてたその小袋なんだが。
と、言える勇気もなく、もっといい口説き文句が言えるわけもなく、俺は情けなくも笑った。
「いいねぇ~! 欲しい欲しい~!!」
多分その時の俺、心に女子高生を宿してたと思う。
夜になった。
昨晩の過ちを犯さないために不確定要素(素人)は諦めて、俺は普通にプロにお任せすることとした。やはり疲れが取れないのか、佐倉さんは今晩もベッドに入ってすぐ寝てしまったし。
今晩こそは爽やかな朝ではなく、気だるくもすっきりした朝を迎える。心に誓った。
もちろん、佐倉さんが何らかの被害に遭わないように、女将に銀貨を何枚か握らせて女性魔導士を雇ってもらった。部屋の前で見張りをしてもらっている。いずれ来る甘酸っぱい青春のために、俺は佐倉さんを闇堕ちさせるわけにはいかない。NTR趣味もない。つまり、俺は彼女を守らなくてはいけないのだ!
「おにーさーん、ウチで飲んでくー?」
「あーし今ならすぐお部屋案内できるよ!」
「えーあーしの方が可愛いっしょ!」
「オメーブスだし!」
このギャル率の高さ! 悪くないぞ……!
天真爛漫ギャル、キツめ貧乳ギャル、色黒、プロムクイーン感のあるギャル。あまりのギャルのより取り見取り具合にうっとりする。ロリもいいがギャルもいい。どーのーこーにーしちゃおっかーなぁー!
と、その時、俺の腰あたりに縋りつく腕が。
小柄ちゃんキター!!!
俺は意気揚々と振り返った。そして、見なかったことにした。
「待ってくれ、僕の話を聞いてくれ!」
金茶の髪に高い鼻。緑と青の混じったような深い色の瞳。ステータスだけ書けばイケメンの部類だが、あんまり羨ましくない系の顔立ち……所謂フツメンの男が俺に縋りついている。しかも、でかい。
「……嫌な予感がする」
こういうナード(カースト底辺)系の人間が助けを求めて縋ってくるなんて、きっとロクなことがないぞ。同じ人種だからわかる。これはマジでヤバく、そして自業自得のパターンだ。俺たち陰の者は、危機管理能力がそれなりにある。要するにビビリだ。そのくせ自分でトラブルが引き起こすときは、調子に乗って気づかない。
コイツの雰囲気、まさしくソレだ。
「頼む、聞いてくれるだけでもいいんだぁ……」
これが金髪のぱっとしない女の子であれば、ちょっとは考慮した。しおらしくおねだりされたら聞いたかもしれない。
そして、コイツ、絶対に、面倒ごとを持ってくる。
俺は大きくため息をついて、そっと男の手を外した。立ち上がる男。表情には期待が滲んでいた。
「だが断るっ!!」
再三でしつこいようだが、俺は面倒くさいことが大嫌いだ。
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