クズの信頼
俺は、大人の階段に上ることを一旦保留とした。
別に目の前のチャンスに飛びついたわけじゃない。ワンナイトラブを求めるにも、俺は未経験者だ。未経験者大歓迎のムフフなお店か、心から愛し合った彼女じゃないと絶対に受け入れてもらえないだろう。
ただ、美少女と知り合いになることが出来れば、芋づる式に美少女の友達と出会える可能性が増えるはずだ。
そう、俺は女の子の手前風俗店に入れなかったのではない。未来の可能性にかけたのだ。
目の前に並べられた食事とオレンジジュースを見て、そう自分に言い聞かせている。
「先ほどはありがとうございました。それであの……もしかして日本人の方ですか?」
俺は口に含んだオレンジジュースで盛大に咽た。
零したジュースを買ったばかりの穴あきグローブで拭う。
だって今。
だって今この子、日本人って絶対言った!
「俺のほかに日本人がいるんですか!?」
そう食いついて、目の前の相手の姿で冷静になる。
黒髪色白、小柄な体型、慎ましい胸。どう冷静に見ても、確かに彼女はこのファンタジーな世界に不釣りな女子高生に見える。
リンは白い頬を桃色に染めて、顔を輝かせた。
「やっぱり! 実は私も日本人なんです! あの、佐倉倫って言います! 佐賀の佐に倉庫の倉、倫理の倫で佐倉倫! 高校2年生16歳です!」
「俺は萩原律! 草冠に秋で萩、原っぱの原、旋律の律です! 俺も、同じ高校2年生の16歳です」
俺の場合、高校2年生の前に(多分)がつくが。
正直今はそんなことどうでも良かった。
ここしばらく喋った女性は母親だけだった劣等感とか、さっき風俗店に入ろうとしていたやましさなど全部吹き飛んだ。
いきなりこんなところに飛ばされて俺だって困惑していた。家に帰りたいと思っていた。家族の元に帰りたいと思わなかったこともなくない。
佐倉さんは嬉しそうに自分の胸の前で手を組んで喜びを噛みしめている。
「しかも同い年! 初めての同郷者が同い年なんて奇跡みたい! 敬語いらないですね、律くん!」
「……う、うん、り、りり、……佐倉さん」
俺のチキン!
今ここで名前を呼べたのなら、きっとこれからも名前呼びが許されただろうに。
だがここで気軽に名前呼びができないからこそ、俺は今日まで清らかな体でいられたのだ。そう、これは俺のプライドが許さなかっただけだ。決して、同年代の女の子を名前呼びする勇気がなかったわけではない。
佐倉さんは小さな手でジョッキみたいなコップを持って、ジュースを飲んだ。そしてもじもじとしながら、恥ずかしそうに俺の顔を見る。
「あのね、律くんにお願いしたいことがあるの」
もしかして、ワンナイトラブ来ちゃう?
期待に胸を躍らせながら、俺は頷いた。
「う、うん何……?」
「あの、もし差支えなかったら……律くんが王都に滞在してる間だけでいいから、同じ部屋に泊まってもらえない?」
ワンナイトラブや!!
「え、全然いいけど、いいの? 俺は全然いいけど!」
まさかこんなに早く、しかも風俗の手を借りずにワンナイトできるとは思わなかった。運命は俺に味方をしたらしい。神様仏様今までありがとう、これからは俺が夜の王として君臨する!
「ご、ごめん、勘違いしないで欲しいんだけど……」
全然勘違いなんてしていない。据え膳食わぬは男の恥だからしょうがない。
勇気を出してくれてありがとう、佐倉さん。君を幸せにすると誓おう。
「異邦人の年頃の女ってすごく目立つみたいで、部屋に押し入ろうとする人がすごく多いの……。こっちに来てからちゃんと眠れてなくて。男の人を連れていたら、そんなことも減ると思うの。非常識なのは分かってるんだけど……同郷で、自分だって怪我するかもしれないことを嫌な顔一つせずに受け入れた律くんなら、信用できるな、って」
誘うのが恥ずかしいからってそんなこと言わなくっても大丈夫ですよええ! ええ!! 俺にはちゃーんと分かってますとも! 建前って大事だよネ!
こんなカワイイ女の子からのお願いを聞けない男なんているはずがない。男ばかりの宿屋で、きっと彼女はとてつもなく怖い思いをしただろう。不安で傷ついた心を癒してやろう。そう、この俺の腕の中でな!
「もちろんだとも、信用してくれたまえ! トラスト・ミー! 今晩から安心して眠れるよ」
(そう、俺の腕の中でな!!)
「本当に本当にありがとう! しばらくの間、よろしくお願いします」
しばらく風俗はお預けだが、まぁいいさ。それ以上に最高の夜が待っている。
冒険の始まりは上々のようだ。一時はどうなるかと思ったが、あの女神にも感謝のひとつくらいしてやるか。
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