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魔物退治初期費用

 気がついたら俺は春のうららかな日差しの中、噴水に腰かけていた。眩しさに目を(すが)めながら辺りの様子を伺うと、なるほど近世ヨーロッパだろうか。石畳でよく整えられた道が目に入った。 


 やや蛇行した道は大通りなのか、連なる家々の軒先で色んなものが販売されている。野菜や肉、石、剣や杖もある。ちらりと外国語が見えて張り紙を確認すれば、しっかり日本語として理解ができる。ちなみに内容は『大特価! 薬草金貨6枚!』だった。


 そして期待はしていなかったが服装を確認すれば、死んだときのジャージだった。ああやっぱり、という残念な気持ちが拭えない。そして少しはサービスしてくれればいいものを裸足だ。部屋にいたから当たり前だが、無一文で裸足の俺に何をしろと?


 とりあえず一にも二にも金だ。エッチなお店に通うには金がいる。


 金を得るなら冒険者ギルドなりに登録して、一番手っ取り早くて簡単な任務を受けて、夜はむふふだ。もうそれしか方法がない。


 まぁ? 運よく? 好みドストライクの天使なんかがいれば? お付き合いして頑張るってのも悪くないと思うけど?


 それもまず金がいる、と思う。


 そもそも金がないと食い物にも困るからな!


 俺は勇気を出して、噴水前を陣取っている小物屋さんに声をかけた。


「すいません、冒険者ギルドってどっちですか? あと、この服で靴買えますか?」


 小物屋は俺の裸足を憐れんでか、俺のジャージを持って近くの焼き鳥屋に声をかけてサンダルを貸してくれた。ちなみにジャージは返してくれた。


「焼き鳥屋のクラウスが、まとまった金が入るまで貸してくれるって。あと、冒険者ぎるどとかいうもんはねぇな。魔物退治始めるってんなら、王宮に行けば魔物退治初期費用がもらえるぞ」


「魔物退治初期費用」


「そうそう。で、魔物退治屋は大抵、夜に酒場で飯食ってるから、酒場に行くといいよ」


 何もしてないのに金がもらえるのか! そういうことは先に言ってくれよあの女神様!!


「ありがとうございます! 行ってきます!!」


 喜び勇んで俺は大通りを歩き始めた。履かされた便所スリッパがからんころんと盛大に音をたてる。う、うるせぇ……。


 貸してもらえたのはありがたいが、俺のジャージ売ってもらって安い皮でも足に巻きたい気分だ。


 恥ずかしさに俯きながらせっせと王宮までの道を急ぐ。大きな音を立てるせいで道ゆく人が皆俺を振り返るのも屈辱的だ。


 これはあれに似てる。クラスで完全に浮いてしまってから登校した瞬間のあれに似てる。ちょっと教室が静かになって、皆自分の友達じゃないと確認したら、また何でもないように喋りだす。あれが本当に嫌で、志望校だったらこんなことないはずだったのに、と行けなかった学校を引き合いに出していた。


 だが仕方ない、金のためだ。


 ここ最近でこんなに歩いたのは久しぶりだ。




 ようよう王宮にたどり着いて、普通に登城できることに驚きながら「魔物退治初期費用の申請はこちら」の看板に従って歩く。ここは区役所か? と思いつつ、素直に進んで、あまりの区役所っぽさに驚いているところだ。


「ではお名前と誕生日を教えてください」


萩原律(はぎわらりつ)です……。8月30日生まれです」


「初回登録の方ですね。では金貨10枚を支給いたします。半額の金貨5枚はお口座に入金してもよろしいでしょうか」


「あ、はい……よしなに……」


「ではこちらが手形です。再発行には再びこちら、エーデルシュタイン王国の「魔物退治初期費用申請係」にお越しください。入金、引き出しはこの、金貨の絵がかいている宿屋でしてください」


「はい」


「また、盗難などに遭われた際の再度の支給はしておりませんのでご了承ください。では了承のサインを」


「はい」


 近世ヨーロッパの世界観の中に区役所が混ざってる……。


「魔導適性検査はしていかれますか?」


「あ、いえ、結構です」


 俺が欲しいのは金だけだ。マドウ適性など心の底からどうでもいい。


「戦士としての登録をされますか? 登録から一月以内でしたらすぐに変更できますので、いつでもお越しくださいね」


 ええ、なって見せますよ。立派な(夜の)戦士にね!


 俺は胸を張って王宮を後にした。


 最早便所スリッパのカランコロンという恥ずかしい音が、風俗店の入り口にたぶんある鐘の音に聞こえる。もう俺はそれはそれは胸がはずんでしょうがなかった。


 なんだ、こっちの世界、悪くないじゃん!


読んでいただいてありがとうございます!

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