表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

2―2 弱き者の行く末

やっぱり地獄を見てもらわないとね!

朝は不思議と早く起きられた。

それはたぶん、周りの兵士たちの喧騒のためだろう。

僕が起きた時には、もうすでにほとんどの兵士が荷纏めを終えていた。

真っ白な灰ばかりになった、火口に雪をかぶせている。

剣や槍を素振りする人もいるくらい、兵士たちは勤勉だった。



ぼーっとしながらその光景を見つめていると、ゲイルが隣に立っていた。


「少し雪が降っていたようだが、眠れたかい?」


「慣れない環境でしたが、よく眠れました。」


「そうか。もうそろそろ出発するから、水だけは取っとくと良いぞ。

あそこで兵士が配ってるからな。」


ゲイルがそう言って指さした先では、兵士が雪水を溶かして水にしていた。

壺からは白い煙が立っている。一度沸騰させているみたいだ。


「分かりました、もらってきます。」



早朝に野営地を立ってから、もうじき昼になるころ。

兵士たちの隊列が止まった。

荷馬車から立ち上がって、隊列の先頭を見つめる。


目を凝らすと、雪の積もった針葉樹林の中に、黄土色の建物がある。

銀箔の薄化粧に包まれていないその村は、とても目立っていた。

しかし、遠目では住人たちの姿が見えない。



号令がかかり、兵士たちは陣形を組みながら隊列を組みかえていく。

その動きは洗練されており、幾度となく実戦を経てきたことが分かる。

もちろん、荷馬車はその隊列に加わることはない。


兵士たちが村に近づく様子を、遠くから眺めるだけだ。


「気になるなら俺たちも行くか?」


「・・・気にはなりますけど、絶対に行きません。」


ベイルは小ばかにしたようにクックと笑った。

そこまで悪い気がしないのが、彼の美徳だと思う。


僕とベイルは、ずいぶんと打ち解けていた。



斥候の兵士たちが帰ってくる。

父が何か兵士と話しているのが見える。

良く聞こえないが、どうやら村人がいないようだ。


父の声が響いた。


「全員、よく聞け。反逆者どもは村にいない。

ということは、屋敷か、その周りにまだ陣取っている可能性がある。

恐らくだが、指導者がいることも間違いがない。村の物には手を付けるなよ。

今一度、気を引き締めろ。」




村に近づくと、不自然な静かだった。

人がいないのが不思議なくらいの生活感と、薄気味の悪い静けさ。

雪の積もった畑には、足跡はない。水車は不気味なほど、ゆっくりと回っている。

森の中の賑やかさとは違って、馬の足音と車輪の音が耳につく。


「・・・静かだ。」


あまりの静けさに、無意識に言葉が漏れた。

使用人たちと暮らしていたためか、ここまでの不自然な静寂は感じたことがない。


「はは、それもそうだ。少年は、こういった村を見たことがないもんな。

戦争前の集落はどこもこんな感じだよ。あと、村が死ぬときもな。」


「・・・村が死ぬ?」


ゲイルの聞きなれない言葉を思わず聞き返してしまう。


「村の住民が殺されたり餓死したり、疫病で全滅したりするときのことさ。

ま、そんときゃもっと臭いがね。」


背中が寒くなるのを感じた。

耳で聞くだけで知っていることと、実際に目にして感じること。

そのあまりの隔たりに、言いようのない不安感に襲われた。


隊列は村で止まることがなかった。

どうやら村を抜けて、屋敷に向かうことにしたようだ。


村を出るとすぐに、丘の中腹にポツンと建物が見える。

木で作られた柵に囲まれた、こじんまりとした屋敷だ。

屋敷の煙突からは煙が上がっていない。


しかしどうやら、村と屋敷が離れているようだ。

何故なのか気になって、ゲイルに聞いてみる。


「ゲイル様。少しいいですか?」


「ん、どうした?トイレか?」


「いえ、屋敷と村が離れているのがおかしいと思いまして。

何ででしょうか?」


僕は純粋な疑問をベイルに投げかける。

ラルクがそうだからという以上に、近い方が楽だと思ったからだ。


「確かにこんなに離れているのは王国の中でも珍しいだろうな。

まー詳しいことは俺も分からねえが、十中八九領主の意向だろうな。」


「・・・何かメリットがあるのですか?」


「あるわけないだろう。

・・・ただな、覚えておけよ少年。

貴族と平民の間の差は、お前の思っている以上にでかいんだよ。」


ゲイルはさも当然のことのように言いきった。


「・・・分かりました。」


領主のレイモンド卿は、平民と同じ場所に住みたくなかった、ということ?

そう考えて僕は、屋敷と村を見比べた。

確かにこの差は、僕が思っているより大きいのかもしれない。


「・・・お前は難しい立場だと思うぜ。上か下か。

はは、人生ってのは単純じゃねえな?」


ゲイルは陽気に笑った。




案の定、屋敷はひどいありさまだった。

周りを囲んでいる木製の柵の一部は根こそぎ倒されている。

屋敷の入り口にある立派だったであろう城門は、真っ二つに折れていた。屋敷は黒ずんでおり、燃えたことが分かるような状況だった。


衛兵の死体があちらこちらに転がっていた。

冬だからなのか、どれも腐食もしていない。


しかし、オオカミが漁って食い散らかしていたようだ。

内臓が飛び散り、顔は誰のものなの分からなくなってしまっていた。


あまりの惨さと汚さに、僕は吐いてしまった。



父のはっきりとした声が響く。


「死体を確認しろ。レイモンド卿のと思われるものがあれば私まで伝えろ。

そして屋敷の調査だ。罠の類には気をつけろ。

手掛かりになりそうなものはすべて、まとめておけ。」


兵士たちが馬から降りて、屋敷の検分を始めた。


しばらくして、兵士が父に報告に来ている。


「城主様。

レイモンド卿の骸が見つかりました。

3階の書斎にありました。頭を斧のようなもので切り付けられたのだと思います。

激しく損傷していますが、身なりからして間違いないかと。」


「・・・そうか。分かった。

引き続き、反逆者どもの手がかりを探せ。」


「分かりました。」


「ゲイル、少し屋敷を見てきてもよろしいですか?」


「あー・・・。まぁ良いぞ。ただし兵士の邪魔は絶対にするなよ。」


その報告をした兵士に僕はすぐさま声をかけにいく。

荷馬車から少し離れてしまったけど、しょうがない。



「すみません。」


「あぁ・・・君は。

まぁいいか、どうしたんだい?」


いつも兄と話している兵士に声をかけて正解だった。普通の兵士だったら絶対に無視されていただろう。


あと、背後から声をかけたのも正解だったかもしれない。



「えっと・・・。屋敷の中で使用人は誰も見てないですか?

みんな、死んでしまっているんですか?」


「ふむ。少なくとも生存者は一人もいないようだから、たぶん死んでいるはずだよ。」


「えっと、妾みたいな人もいないですか?レイモンド卿は、女好きだと聞いたんですけど。」


僕はフロー姉さんのことを思い出す。

少なくとも使用人に手を出すようなことは何度もしていると思っていた。


「あまり見てないな。」


「分かりました、ありがとうございます。」


僕は荷馬車へ戻った。

中へ入らないと分からないけれど、それも恐ろしかった。

まるで、フロー姉さんが死んでいることを確かめるみたいで。


働いている兵士の邪魔になるのも憚れたので、すぐにベイルの所に戻った。


「お目当ての情報は聞けたか?」


「いえ、分かりませんでした。」


「ま、この様子だともう少し時間がかかるだろうぜ。」




しばらくして、兵士の声が屋敷のまわりに響いた。


「見つかったぞ!生存者だ!!」


すぐさま父が大きな声で怒鳴りつける。


「ここに連れてこい!」


兵士が走って父の所へ報告に来る。


「そ、それが、建物の地下でして。おそらくレイモンド卿の隠し部屋で見つけました。

加えて、生存者は崩落した柱の下敷きになっています。連れてこれそうにありません。

そしてこのままだと、今日の夜には出血で死ぬかと思います。治療をするほどの価値はないかと思い、まだしておりません。」


兵士がはっきりと答えると、父は少しの間、指を顎にあてて思慮にふける。

隣にいる白髪の兵士に尋ねる。

ドゥークという男で、父が重宝している。頭が良く有用な魔術が使えるとかで、戦で役に立つと言っていた。


「・・・ほぅ?どうだ、ドゥーク。」


「人影もないですし。罠ではないかと思います。

そもそも、生かしておく理由もないはず。それに地下で生きていたということは、大した情報も持ってないと考えますが。

ただ、少し危険かもしれませんね。」


「そうだな。ギルバード。」


父が兄を呼ぶ。


「お前が詰問してこい。情報を得るためには、どんな手を使っても構わん。

詳しいことは、お前の判断に任せる。」


「分かりました。行ってまいります。」


「ふむ。報告を期待している。」


兄は一礼すると、屋敷に入っていった。



しばらくして、兄が血相を変えて外に出てきた。

あたりを少し見渡している。不思議と目が合った。

そしてそのまま、まっすぐと荷馬車に腰かけている僕のもとへ歩いてくる。



「イル。ちょっと来い。お前が必要だ。」


・・・えっと。どうして僕なんだろう?

ただ、兄の頼みを断る選択肢なんて僕にはない。


「はい。」


「・・・お前には酷だということも分かっている。だが、俺を恨むなよ。」


最後の一言は消え入りそうだったけど、はっきりと聞こえた。

少し不安を感じつつも、兵士の視線を感じながら屋敷の中へ入っていく。


廊下の途中に不自然に空いた四角い穴に、はしごがかかっているのが見える。

はしごを降りると、湿った空気と少し生臭いにおいがした。

兄が置いてあった魔力ランプをつける。


大きな鉄ごしらえの扉があった。

兄がそのドアノブを掴む。


近づくと、兄は真剣な眼差しで僕を見た。


「覚悟は良いな?」


「はい。」


兄は幾ばくか目を閉じると、ドアノブを押した。

ギシギシときしみながらドアが開く。兄が入っていく。

何とか人が1人通れるほどしか開かなかったが、僕も続いた。


ドア脇には大きな斧を持った兵士が立っていた。

奇妙な鎧を纏ったその男に、軽く会釈して中に入る。


部屋は異様だった。柱はどれも崩れており、今にも崩れそうな気配が漂っている。

壁には様々な大きさの刃物がかけられていて、天井からは鎖が垂れている。手錠の備え付けてある台には、鋭い針がついている。乾いた血で汚れた机には、ガラスに入った液体やおぞましい絵の描かれた本が置いてある。

部屋の奥を見ると、細い廊下が見える。

しかしどうやら、天井が崩落しているらしく土砂が見えた。


うっすらと、血の匂いがする。

そのにおいの元をたどっていくと、そこには左足が柱の下敷きになっている人がいた。

薄いローブに長くぼさぼさの髪。その女性は、死体のようにうつぶせに倒れている。

倒れている体は少しだけ上下していて、呼吸もわずかに聞こえる。


しかしそんな姿は、何故だか見覚えがあった。


軽く頷く兄を見てから、恐る恐る近づいた。

ランプの光が照らす前に、僕は気づいて息をのんだ。


「フロー姉さん・・・?」


「あ・・・。イル。来たのね・・・。」


聞き覚えのある凛とした優しい声。だけどその声はかすれていた。

うつぶせの体を起こし、フロー姉さんはゆっくりと顔を上げる。

目を開いた顔はまさに、幼いころよく見上げていたフロー姉さんだった。


「フロー・・・姉さん・・・・・・?」


柱の下敷きになって床に倒れていたのは、フロー姉さんだった。

かつての少し幼さの残る顔は、考えられないほどに青白くなっている。

よく見ると後ろには、真っ赤な血だまりができていた。

時間があまりにも経っているためか、夜の井戸底よりも暗い色をしている。


「どうして・・・こんなことに。いったいなんで?

なんでフロー姉さんがこんな目に合わないといけないの?」


「イルくん、落ち着いて。」


「なんでなの?どうして?だって・・・。こんなはずじゃなか…」


僕の声をフロー姉さんが遮る。


「イルくん!

もう少し、こっちに来なさい。」


「・・・うん。」


僕はフロー姉さんの前に座り込んだ。

やっぱりフロー姉さんはボロボロだ。

服から覗く体にはいくつも擦り傷ができていて、痛々しいものばかりだ。

そして見るからにやつれていた。幼いころの記憶にあるふっくらした体つきからは程遠い。


すると、フロー姉さんは僕の頭をなでた。


「落ち着いた?」


「・・・落ち着いた。」


フロー姉さんは笑顔で続ける。


「こんなに大きくなって。かっこよく育ったわ。もうモテモテでしょう?」


息も絶え絶えなフロー姉さんのせいか、詰まってしまった。


「女の子の友達なんていないよ。」


「そうか、そうだったね。

まさか本当に、来てくれるなんてなぁ。何から話そうかな。

そうだ。いくつになったんだっけ?」


「10歳になったよ。」


「・・・懐かしいな。私が10歳のころの、イルくんなんて、こんなに、小さかったんだから。」


フロー姉さんは、遠い目をして息を吐く。


「そうね。

イルくんがまだ小さいころ、読み聞かせたお話、覚えてる?

勇者と、幼馴染のお話。」


声はとぎれとぎれで辛そうだったけど、幼いころを思い出して、どこか懐かしい気分になる。


「うん。

勇者になった男の子が最後に幼馴染の女の子を迎えに行くんだよね。」


「そう。でもね、実はあの話は、私が作り変えたの。

もともとはね、女の子が勇者で、男の子を迎えに行く話なんだ。

おかしくて、面白いでしょ?」


そう言ってフロー姉さんは笑った。僕もつられて笑う。


「そうなんだ。」


「そうなの。

それで、なんで私が話を作り替えたと思う?」


「うーん、・・・分かんない。」


そう言うとフロー姉さんは、まだ早かったかな?とつぶやいて、


「それはね、たぶんイルくんが可愛かったからだと思う。

なんだかとっても、恥ずかしかったんだ。

懐かしいなぁ。

あの頃はお仕事も大変だったけど、イルくんと遊ぶのは楽しかったなぁ。」


「僕も楽しかった。みんな僕のことは相手にしてくれないけど、フロー姉さんは優しかったから。」


フロー姉さんはまた僕の頭をなでる。


「うんうん。よくなでなでしてあげたしね。今みたいに。」


「・・・もう忘れてよ。」


「ううん、やだ。絶対忘れない。」


その笑顔は、昔よく見たフロー姉さんの笑顔だった。


「あーあ。イルくんにはもう少しきれいな姿を見せたかったなぁ。」


「・・・ごめん。」


「なんで、イルくんが謝るのよ。」


「ごめん。」


「変なイルくん。でもやっぱり、昔と変わらないや。すぐ謝るところ。」


そう言ってカラカラと笑う姿は、怪我なんてしていないみたいだった。


僕は何を言っても許される気がして、何も言えなくなった。

そんな僕を見かねてか、フロー姉さんは何も言わずに頭をなでる。


どれくらいそうしていただろうか。


「はぁ。やっぱり寒くなってきちゃったね。」


フロー姉さんが、ゆっくりと僕を抱きしめる。

あんな怪我をしてるとは思えないくらい、強く強く。

うっすらとした血の匂いと、フロー姉さんの匂いがする。

幼いころのように、僕も抱きしめ返す。

そして、フロー姉さんのあまりの冷たさに驚いた。


「だいじょうぶ?」


「大丈夫、あと少しだけだから。そのままでいて。」


「分かった。」


僕は目を閉じた。不思議と心は穏やかだった。

まわりの暗さや寒さなんて気にならなかった。



イル姉さんは僕を離した。兄の方へ頷くと、兄が僕のところまで歩いてくる。


「時間だ。これ以上は父が許してくれそうにない。」


そう言って僕を立たせて入り口まで歩かせる。

兄の表情は何かの決意を感じさせた。

僕が口を開く前に、フロー姉さんの声が響く。


「それじゃあイルくん、元気で。もう、お別れだよ。

イルくん、頑張るのよ。そしたらきっと、良いことがあるから。」


その時に僕は何となくだが分かった。

兄がどうして、僕をここに連れてきたのか。

なぜ父の機嫌を損ねてまで、ここに連れてきたのか。


でも気付いた時にはもう遅かった。兄は必死に僕の体を押さえつける。

ドアの脇にいた兵士がフロー姉さんに近づく。人の首を落とせそうなほどの大きな斧を持って。

もう遅い。そう気づいた僕は必死に叫んだ。


「僕、絶対フロー姉ちゃんのこと忘れないから。絶対に、何があっても忘れないから。」


一瞬だけ兄の脇から、フロー姉さんの笑顔が見えた。


大好きだよ、イルくん。

最後に、フロー姉さんはそうつぶやいた気がした。




そうしてあっけなく、フロー姉さんは死んだ。

さて、あと1話で回想は終わりです。

(実際には、2つに分割してあるのですが・・・)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ