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2―1 弱き者の行く末

あと2話くらいで主人公の回想は終わる予定です。

苦しいシーンしかないですが、どうか耐えてくれると嬉しいです。

椅子に腰かけたままで、老婆は黙って聞いている。

物心がついた後の鮮明な記憶の話になっても。

そのせいか、僕の口調が変わっても。

怒りのこもった言葉でさえも。

目くじら1つ立てない。怒らない。

黙って僕を見つめる生気のない姿に、僕は寒気を感じるのだった。


※※※




おじさん達一家が消えてから、2年ほど経った冬。



今年は作物の不作が深刻だった。農村には例年の半分ほどの食料しかないようだ。

ここ数十年なかったほどの寒い夏だったからなのか。雨が少なかったからなのか。

どちらにせよ、作物の不作は人々の生活を変えてしまう。


僕には屋敷の様子と街道の外観しか分からないけど、それだけでも街の人々の焦りが伝わってきた。

今年の街には、活気がない。秋ごろからは諦観や絶望感のようなものに包まれてさえいた。

街に来る商人たちの数も、例年よりもはるかに少なかった。


農村では多くの女子供や老人が死ぬだろうな。

見たくもない光景が思い浮かぶ。



もちろん、屋敷の生活は変わりがない。

当たり前だが、貴族は平民の生活を気にかけるつもりがない。

彼らは資産にしか目が行かない。ただ奪うだけ。搾取するだけ。

使用人の数ならば気に掛けるかもしれないが、それでも数字を見るだけだ。個人を見ることなどありはしない。


少なくとも、僕から見た貴族はいつだってそうだ。


でも、慣れてしまった。


誰もが僕を認めようとしない、この退屈極まりない日々に。

自分との会話にも飽きてきてしまった。


ただ、兄は以前よりも目をかけてくれるようになった。

退屈だと伝えたら、本を模写して渡してくれるようになった。

紙をひもでまとめただけの簡素なものだったが。


それでも理由を聞いたときは、いつもの申し訳なさそうな顔で、自分のためだと言っていた。



話がそれてしまった。

そうして僕はいつものように、兄お手製の本をから外を眺めていると、1つの馬車が見えた。

街道をまっすぐに、速度を落とさずに屋敷へと向かってくる。

御者の顔には焦りが見えた。



何か起きた?



好奇心が湧く。

屋敷の外とは隔絶された日々に退屈していた僕は、すぐさま屋敷の方へと向かった。



裏庭から書斎へと聞き耳を立てる。

父の会話を盗み聞くのは面白い。だって、屋敷で一番情報が集まるところだから。

だがもちろん、父は僕のことも気づいているだろう。それでも、僕の盗み聞きに対して何かをすることもない。

無能は屋敷の中では邪魔をしなければ良い、とか考えていそうだ。

それか、単に興味がないのか。面倒なのか。

なんにせよ、今回ばかりは聞きたいと思っている。絶対に聞きたい。



書斎のドアが丁寧にノックされる。

騎士長のゲイルが一礼をして中に入る。聞こえてくる声は深刻そうだ。


「失礼します、ロック様。

レイモンド卿から速報が入りました。彼の農村にて、反乱が起きたそうです。」


レイモンド卿。聞き覚えがある。たしか、フロー姉さんを攫っていった貴族だ。

ということは、フロー姉さんも少し危ない。

心臓が少し跳ねた。


「そうか、続けろ。」


「はっ。昨日の朝、農民たちがレイモンド卿の屋敷を包囲したそうです。

その数は1000人ほど。今頃には恐らく・・・。」


「・・・ふぅむ。おかしな話だ。税率は下げろと言っていたはずだが?

それに、キールは何をしている?」


「私もそのようにお聞きしております。ですが、レイモンド卿ですので。

キールが手綱を握れなかったということでしょうか?」


少し間が空いた。

棚から書類を出す音が聞こえる。

おそらく、父が何かしら考え込んでいるのだろう。


「・・・そうとしか考えらえれないか。

ただ、この時期か。今から向かっても雪道を移動することになる。

体調を崩す者も出てくるだろう。あまり得策ではないが、少数精鋭で行くことにする。」


「左様でございますか。分かりました、では私どもの方も準備をしてまいります。

失礼します。」


「ご苦労。兵士のほうはゲイルがやっておけ。明日出発だ。」


話はついたようだ。

もしかしたら、おじさんたちが危ない目にあっている?

それよりも、久しぶりにおじさんたちのことを思い出した気がする。


今では、遠い昔のことのようにさえ感じていた。


しかし、遠征に行くなら何とかして付いて行きたい。

こんなチャンスが二度と来ないであろうことは僕にも分かった。


「そこにいるだろう、無能よ。」


使用人小屋へ走り出そうとしたとき、書斎の窓からはっきりと父の声がした。

見上げると、父が僕を見ている。

慌てて下を向いてしゃがみこむ。


「今回に限り、お前は連れていく。不愉快だがな。」


「・・・ありがたき幸せです。」


「・・・お前を連れて行くのは、お前のためではない。

今回のようなときにお前は何をするか分からんからだ。

さっさと旅の支度をして、屋敷の正門まで来い。」


「はい。」



僕は急いで使用人小屋へと向かった。




その日の夜。胸中は不安でいっぱいだった。

農民の反乱。それがどんなものなのかは知らなかったけれど、

どんな状況になっているのかは不思議と想像ができていたんだ。

分かっていたはずだった。


それでも、おじさん達に会えると微塵も疑ってなかった。

だから出発の朝に僕は少しの不安と期待を胸に正門へ向かった。

今思えば、僕は屋敷のことしか見ていなかったんだろう。

たかだか数十冊本を読んだだけで、知りもしない世界のことを、分かったつもりになっていただけだったんだ。




正門には、騎士100人ほどが集まっていた。

父の姿だけはなく、兄もいた。


僕を見つけた兄が話しかけてくる。


「久しぶりだな、イル。」


「・・・ギルバート様、お久しぶりでございます。」


まわりの目もあるので、硬い口調で返す。

使い慣れていないせいか、おかしなイントネーションになってしまったのはご愛敬だ。

そんな兄は少し笑うと


「さて、話は聞いているか?農民の反乱とのことだ。

どうせ、あの悪名高いレイモンド卿のことだ。馬鹿みたいな税をかけたんだろう。

こう言うと不敬になってしまうだろうが、でもまぁこの失態、生きていても打ち首だろう。」


そう言って兄は肩をすくめると、周りの兵士たちは苦笑していた。


「・・・承知しました。」


「問題はあの土地をどうするのかだが。・・・父上も頭を抱えていたよ。」


兄が意味深なウィンクをした。


僕は頭を下げる。

ふぅむ。もしかして、俺が領主になる可能性が出てきているってことか?


でも今は、おじさんが生きているかの方が気になってるけど・・・。


「・・・まぁ、キールも生きていると良いな。」


「・・・ありがとうございます。」



そう言い残して、兄は隊列のもとへと歩いていく。

兵士たちの様子は少しあわただしいが、いつも通りだ。

夏に父と領地の見回りに行くときの格好より、少し着込んでいるけれど。




集まった兵士へと、父の声が響いた。


「集まったな。これより、レイモンド卿の領地で起きた反乱を鎮圧する。

季節と時期を鑑みて、行軍を早くしたい。したがって、この人数で行う。

他の点はいつもと変わらない。反逆者は常に死刑だ。殺して構わん。」


「また、倅のレイモンドを連れていく。

洗礼もまだ受けていないひよっこだが、厳しく指導してくれ。」


兵士からは大きい声が上がる。兄は兵士たちの中で認められているようだ。


「以上だ。

何か疑問のある者はいるか。なければ、進軍を開始しろ。」


兵士たちが騎乗して門へと向かい始める。


どこに行けば良いのか分からず困っていると、肩を叩かれる。


「やぁ少年。」


振り返ると、騎士長のゲイルが立っていた。

慌てて跪いて答える。


「・・・騎士長のゲイル様。何か御用でしょうか。」


「城主様に少年の監視を任されたのさ。

ま、いつも通り兵糧の馬車の護衛もなんだがな。」


「左様でございますか。ありがたき幸せです。」


「・・・。まぁいいや。

ついてこい。荷馬車に乗せてやる。」


立ち上がってゲイルについていくと、兵糧で重そうな馬車についた。

わき腹を掴まれて荷台へ乗せられる。

体が軽いと感じるほどに、力のある手つきだった。


「さて、馬車に乗ったことは?」


「ないです。」


「そうかい。腰が痛くなるはずだけど、我慢してくれよ。

あと、荷物に手は出すなよ。ぶっ殺すからな。

こちとら飯番は得意だが、子守りは苦手だぜ。」


そう言ってニカッと笑うと、自分の騎馬の方へと歩いていった。


僕はいつものように荷馬車で足をぶらぶらさせていた。

ただ、ひとつだけ言わせてほしい。


馬の臭いがここまでくさいなんて、完全に予想外だ。





街の城壁の外に出たとき、自由を感じた気がした。

眺めるだけだった景色へと向かっていく感覚。


あの時の心の高鳴りを、僕は忘れることがないだろう。



***



言われたほど荷馬車は揺れなかった。

雪が積もっているからだろうか。雪道に馬と車輪が足跡を残していくのは、見ていて気持ちがよかった。


美しい騎馬に跨った騎士長のゲイルが話しかけてくる。


「さて、少年。お前にはいくつか聞きたいことがある。」


その表情の中に、さっきまでの明るさはない。


「・・・何でございましょうか?」


できる限り低姿勢になるよう努めながら答える。


「何でお前さんは、心がきれいなんだ?」


「?。・・・どういうことでしょうか。」


訳も分からずそう返すと、ベイルは笑った。

やっぱりこういうのは合わねえな、と言いながら。


「忘れてたぜ。俺には少しばかり魔術の素養があってだな。

お前の感情が軽く読めるんだよ。」


「・・・初めて見ました。すごいですね。

僕にも、魔術の素養があったらいいのにな。」


心が読める魔術があるんだ。じゃあ、兄はどんな魔術を受け継ぐのだろう。


「いや・・・少なくとも城主様がいるだろ・・・。

まぁそれはそうと、お前さんこの環境が憎くないのかい?

それとも、うまく暗い感情を隠しているだけか?」


真剣な顔つきになる。まるで、何か非があれば許さないかのような。


「・・・憎しみですか。あるかもしれませんね。」


僕はそうつぶやいた。


ゲイルは不思議そうな顔をする。


「そうかい?・・・俺には全く見えないな。

普通お前みたいなやつは、もっとドス黒いんだがな。

城主様が悪いとは思わねえのか?」


「・・・誰も悪くないんですよ。この世界は平等ではないだけで。

貧しい農村に生まれるよりは、ずっと幸せだと思います。

それに、今回絵の遠征は良いことが起こるかもしれないし。」


ベイルは少し歯噛みしていた。何か痒い所に手が届かないような。

そんな感じだった。


「ふーん、そうか。そういうやつがいても良いのかな。

確かにまぁ、この旅はいい機会になるのかもしれんわな。」


納得がいったのかいってないのかわからない顔をして、ベイルは去っていった。



離れたベイルはつぶやいた。


「・・・城主様が嫌うわけだぜ。これは殺せんわな。」




***



しばらくすると、野営地についた。

どうやら遠征の時はいつもここで野営するらしく、慣れた手つきで兵士たちが火を起こし、テントを組み立てる。

僕はというと、隅っこで邪魔にならないように立っていた。


あたりが暗くなると、兵糧が配られる。

僕の分はほんの一握りだ。すぐに食べ終えてしまった。

少しひもじく思いながらも、初めての経験に心が躍る。


邪魔にならないように気を付けながら、少し散歩をすることにした。

見張り番であるゲイルに声をかけて、荷物を置いて歩きだす。




兵士たちもいろいろだ。

槍を持つ者、剣を持つ者。はたまた、弓を持つ者。

中には、オオカミを連れている者もいた。



少し野営地から外れて歩いていると、木を叩く音が聞こえてくる。

不思議に思ってそちらへ向かうと、兄がいた。


木の棒を振っている。

僕は黙って、それを見つめることにした。


きれいな所作で振るその姿には、努力の跡がはっきりと分かる。

一段落した兄が僕に気づいた。

怪訝な顔をして兄が聞いてくる。


「イル、か。こんなところに来て何の用だ?

何か話でもあるのか?」


「もしよろしければ、剣を教えてくれませんか?」


「・・・持ち方と振り方だけだぞ。」


「ありがとうございます。」


「右手を上に、左手を下に。左手でしっかりと持ち手の端を握る。

そう、良いね。」


「そのまま、腕を振り下ろして。

・・・うん、悪くないんじゃないか。」


「実際には、真剣は重い。だから腰で支えて振り切らないと、振り回されるんだ。

だから、そこは訓練あるのみだ。しかし、木剣の練習も必要だ。イメージの練習ができる。」


兄からの指導を聞きながら、兄から声がかかるまで飽きずに僕は棒を振っていた。



***


野営地に戻ると、ゲイルがすぐさま気づいた。

腕を組みながら木にもたれかかっている。


「おー。逃げたのかと思ったが、そんなこともなかったようだな。」


「・・・心配をおかけしました。」


兄とのことは、秘密だ。



テントなどないので、馬車の上で横になる。


冷たい風に震えながら空を眺めていると、ふと、不思議な感じがした。



今までは城壁の中で、屋敷から一歩も出ずにいた。

それなのに今は屋敷の外にいて、寒さに震えている。


星空はまるで僕に話しかけているかのように瞬いて、兵士たちの話し声が冷たい空に響いていた。

時々聞こえる薪がはじける音が、耳を優しく撫でる。


僕はまだ、この世界のことを何も知らない。


棒の感触を強く思い出しながら、僕は目を閉じたのだった。

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