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1-2 当然の不条理

曖昧な記憶の中で、あの日のことは強く心に残ってる。

たしか、僕が10歳になった頃だったと思う。



屋敷の人から無視されていた僕は、いつものように屋敷の時計台から外の街の様子を眺めていた。


長い冬が終わって暖かい春を迎えた、作物の取れる季節になった頃。

冬の間の活気のない街並みとはうって変わって、大通りは様々な人たちの喧騒に包まれていた。


城壁からそんな街道を存分に眺めている。


僕が何でこんなことをしているかというと、屋敷には多くの貴族が来ていたからだ。

父は僕の存在を隠しておきたいのだと思う。

だから僕は貴族の目に付かないところにいなさいと、使用人のおじさんにも言われていた。


屋敷から豪華な馬車が出ていくのが見える。

どうやら、貴族の客人たちが帰っていくようだ。


カンっと子気味良い音がした。

城壁の少し離れたところにいる、兵士の人達が貴族の馬車に向けて敬礼していた。


そんな兵士の人たちは、もちろん僕のことを完全に無視している。

本来なら僕も敬礼をすべきなのだろうけれど、僕は足をぶらぶらさせながら座っている。


ちなみに、そんな態度が貴族に見つかれば処刑されるというのを知ったのは、ずいぶんと後のことだった。


まぁそんな当時の僕には、兵士の雰囲気に気圧されたのと貴族の客人が帰った喜びしかなく、足早に使用人小屋へと向かった。



すると、家ではおじさんたちが荷物をまとめていた。


いつもの陽気な雰囲気とは程遠い、陰鬱な雰囲気に包まれた使用人小屋。

そこで、おじさんとおばさんは無言で荷物をまとめていた。


冬の前に荷物を纏めるのは見てきたけど、暖かくなってからしているのは見たことがなかった。

異様な雰囲気と無言の2人に驚きながら、恐る恐る聞いてみる。


「おじさん、何で荷物をまとめているの?」


手を止めたおじさんが、こちらを振り返る。


「イルか。……そうだな。これも運命だろうな。」


「え?どういうこと?」


おじさんが僕の目の前にしゃがみこむ。真剣な話をするときは、おじさんは決まってこうするのだ。

手を掴んで目を合わせたおじさんは、ぽつぽつと話し始めた。



今日は領主会議なるものがあって、父の納める領地の地主や貴族が集まっていた。

客人への対応として、おじさんたち使用人も、奉仕していた。

そんな中で、とある貴族にフロー姉さんが愛人として見初められたそうだ。


そうして、フロー姉さんは連れていかれたらしい。



僕は混乱した。今までにもこうやって奉仕していたことは合ったけどこんなことは初めてだ。

それでも、おじさんが言うにはよくあることらしい。


「そ、それで、どうなるの?」


「・・・この屋敷を出ていくことになった。私たちがフローについて行ってやらんと。

たぶん、向こうで使用人として働くことになる。

わからないが、もうここには戻ってこれないだろう。」


おじさんは、苦々しそうにつぶやいた。


僕はおじさんの言葉をさえぎって、すぐさま聞いた。


「それって、断れないの?」


「・・・できない。やるべきことがあ・・・。」


「じゃあ、フロー姉さんとはもう会えないの?」


「・・・もう行ってしまったからな。」


つま先の床が濡れる。

涙がポロポロと頬から零れ落ちる。


情けなかった。何もできない自分が。

そして、おじさんを問い詰めているような気がして。

もっともっと苦しいはずのおじさんを問い詰めている気がして。

胸が苦しくなった。



そうして僕は、走り出していた。

おじさんの静止の声を無視して、父の所へ向かった。

屋敷では使用人の人たちが後片付けをしている。屋敷にいる僕を見てぎょっとするも、誰も注意はしてこない。

貴族の客人はみな帰ったということだろうか。


もう会議は終わったとしたら、父はダラダラ長引くのが嫌いだから、書斎にいるはずだ。

そんな僕の幼いながらの必死の考えは、幸か不幸か珍しく当たっていたのだった。


父の書斎の部屋の前に立つ。

息を整えて、震える手で扉をノックする。


「誰だ。」


鋭い声が耳に入る。

震える手でドアを開けると、書類に目を通している父の姿が目に入る。


地面にしゃがみこんで臣下の礼をとりながら、言葉を待つ。

父が椅子に腰かけながら、こちらを睨んでいるのが伝わってくる。


「口もきけないとは・・・どんな無礼者かと思ったが、お前か。

出来損ないが、屋敷に何の用だ?来ていいと誰が許可したんだ?」


罵倒に耐えて考える。

どんなことから聞くか、どんな言葉遣いをすれば良いのか。

何も考えずに来てしまったからか、長らく話していなかったからか、言葉に詰まる。

そして口を開こうとしたとき、父は細事を思い出したかのような声で言った。


「あぁ。そういえば、あのキールの娘は妾として連れていかれることになったな。

まさかとは思うが、そのことじゃあるまいな?」


一瞬、顔が熱くなるのを感じる。

伏せていてよかったと思いながら、言葉を絞り出す。


「・・・そうです。なぜ父様は許したのです。そんなの父様らしくな・・・。」


そこまで話した途端。


「黙れ無礼者が!」


父の罵声が飛ぶ。

あまりの大きさに、父の顔を見上げてしまった。


立ち上がっていた父は、怒髪天を突くといった様子だった。


滅多に僕に感情を示さない父が、初めて怒りの顔をしている。


「お前ら平民は何時でもそうだ!何を思いあがっているんだ?」


父が怒りをあらわに近づいてくる。そして僕の髪を乱暴に掴むと、耳元で叫ぶ。


「平民の愚かなお前たちを、貴族である俺が使ってやっているんだ‼」


「無能な馬鹿どもに言葉を教え、仕事を与えてやっているのは誰だ?

お前らがほざいている神だとかいうやつか?」


僕が何も答えられずにいると、父は更にヒートアップする。


「何も考えずにのうのうと生きている無能は、黙って従っていろ‼」


ガツンとあたまが地面にたたきつけられる。


火照った顔のせいか、絨毯の冷たさがいつにも増して感じられた。

景色が曇り始めるのを感じる。


少しは気分が晴れたのか、父はいつもの鋭い声で言う。


「・・・分かったら帰れ。」



腹の底から出るうめき声を必死に堪える。

何とか声を上げずに立ち上がりドアノブを掴むと、父の声が聞こえる。


「お前はスペアだから生かしてるにすぎん。

次に私のことを父と言ったら殺す。」



そう言われて、部屋を出た。




頭を腫らして泣きながら使用人小屋へ戻ると、おじさんとおばさんは待っていてくれた。

僕を見ると、おばさんはすぐさま布を取り出した。優しく巻きながら話しかけてくれる。


「どこに行っていたの?」


「と、・・・城主様のところ。」


「・・・そう。大変だったわね。」


そう言って、おばさんは僕を抱きしめた。

おじさんが口を開く。


「イル。」


僕が目を向けると、おじさんは悲しそうな、涙の溜まった瞳で言った。


「私たちを恨まないでくれ。」


「・・・当たり前だよ!僕は幸せ者だよ。おじさんとおばさんが居なかったら僕は・・・。」


おじさんからはいろんなことを教わった。

文字の読み書きを習ったおかげで、今でも覚えて使っていられる。

幼いころはよく遊んでもらっていたのを覚えている。

最高の思い出だ。


おばさんは怒ると怖かったけど、家事のことを習った。

家事は嫌いだったけど、お手伝いして一緒に作ったポタージュは絶品だった。

それと、今みたいにケガにきれいな布を巻いてくれた。


そして、フロー姉さん。

昔話を教えてくれたり、お花で王冠を作ったりした。

チャンバラごっこには付き合ってくれなかったけど。

仕事のできるお姉さんだった。


懐かしい日々が思い出された。涙が勝手にあふれてくる。


「・・・行っちゃうのは嫌だけど、しょうがないんだ。

フロー姉さんのためだもん。」


最後は元気を振り絞るように、そう伝える。


おばさんが口を開く。


「イル。世界を恨まないでおくれ。

イルのお母さんだってイルを愛していたよ。」


おばさんは事あるごとに僕にそう言っていた。


でも。


「分かってる。でも、僕にとってはここが家だよ。

みんなが家族なんだ。」


「・・・あぁ。もちろんだ。おじさんも、イルのことが大好きなのさ。」


おじさんは、いつもの笑顔を浮かべながらそう言った。


そうして3人で抱き合う。書斎での嫌な記憶が洗い流されるかのような気がした。



荷纏めも終わり、おじさんとおばさんが出かける時間になった。


「じゃあ、行ってくるな。」


おじさんが言った。


おばさんは僕を抱きしめて、頬にキスをした。


「辛いけど頑張るのよ。おばさんも頑張るからね。」


「うん、行ってらっしゃい。元気でね。」


僕の顔はもうそれはひどいものだった。

止まらない涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。


そんな僕を撫でて、ふたりは馬車に乗る。




手を振る。

大きく。空元気でもいいから。


城壁から去っていく馬車。僕から少しずつ離れていく、夕焼けに赤く染まる馬車を、僕は飽きることなくずっと見つめていた。


馬車が街道の中に消えて行っても。日が暮れるまで、ずっと。

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