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1−1 当然の不条理

僕が物心がつく前のことだから、これは聞いた話になってしまうけど。


父はここ一帯の領主であり、貴族だった。

階級については詳しくは知らないけど、ラルクの街といえばこの国の3本の指に入る城塞都市だから、とても偉い人なんだと思う。国王と面会することだってあるそうだから。


けど、母は貧しい村の、ただの村娘だったそうだ。


そんな両親の出会いは、貴族の集会の帰りに立ち寄った村。


おじさんが言うには、母は本当に美しい女性だったそうだ。

灰色に近い銀髪に、薄い金色に透き通った瞳。極めつけは、小鳥のさえずりのように小さく美しい声だ。


これだけ聞くと、よく分からないと思うでしょ?

でもね。

おじさんの話は自然とイメージが湧くんだ。

こんな見た目で、こんな話し方をしたんだろうなって。


僕は覚えていないはずなんだけどね。


そうして父に見初められた母は、半強制的に妾として連れて行かれたらしい。


その時の母の胸中は知らない。


でも、内心は喜んでいたんじゃないかな。だって、貧しい生活とサヨナラだからさ。


だけど、その時の父にはもうすでに妻がいた。

結婚してから3年間、子宝に恵まれていない貴族の女性が。


まぁなんやかんやで、そんな平民の母と父との結婚は認められるはずもなく。

でも、母が住むことは認められた。


そこの経緯は全く知らないんだけど、誰に聞いても話してくれなかったんだ。



そうして、1年くらいは楽しく暮らしたんじゃないかな。

その時の母はラルクの国の語り草だったらしいよ。


魔女が貴族を誑かしたって。

まったく、モノは言いようだよね!


だけど、そこからの母の人生は急転直下だ。


本妻の人と同じ時期に、母が妊娠したんだ。


そこから先はもう、語るまでもないよね。

後継について揉めるのは、貴族の文化みたいなものだもの。


ただまぁ1つだけ言えるのは、母は死んで僕は生き残った。


それだけ。



※※※


僕は息を吐いた。

身の上を自分で語ったのは初めてだった。

屋敷では誰が聞いているか分からないし、そもそも話す人なんていないから。


でも改めて言葉にすると、忘れていたはずの感覚が蘇る。


『何で僕には優しい家族がいないの?』


不条理を諦められなかった頃の、何度も湧き上がってきた疑問や叫びが、また色を取り戻したみたいで。


ふと暖炉の火を見ると、まだゆらゆら燃えていた。少しは時間だったはずなのに、薪はまだ燃えていた。


老婆は黙って僕を見つめてくる。話を急かすでもなく。何を言うわけでもなく。

その瞳には暖炉の火が映っているが、どこか、暗闇を彷彿させるものがあった。

まるでそこには一切の光がないかのような。そんな気がした。


パチッと薪が音を立てる。


僕にはこの老婆のことが少しだけ、異様に思え始めた。


※※※


ここからの僕の幼い頃の記憶は、よく聞く童話と一緒だ。


まるでそこにいないものであるかのように扱われ、使用人の生活とほとんど変わらない。

食事は他の使用人と同じものだったし、部屋だってそう。

もちろん父に貴族の客人が来ている時は、使用人の住処から出ることはできなかった。


仕事なんてもちろんない、退屈な日々。何もせずに屋敷にいる限り、お咎めのない生活。


ただただ、寂しかった。


でも寂しくて泣いている時は、不思議と兄がいつも僕のところへ来た。

兄というのは父の正妻の子どもだ。


なぜか僕が泣き止むまで、優しい言葉で撫でてくれた。

そして僕が泣き止むと、泣きそうな顔で決まってこう言っていた。


「父上のことをどうか恨まないでくれ。」


そうして僕は、黙ってうなずくんだ。



こうやって兄と話す機会は、本当に限られていた。

父と話すのなんて、滅多にない。

奥様、兄の母様と話したことなんてないと思う。



物心ついてから、いや、そのずっと前から父にとって僕は風景だった。いや、屋敷にとってなのかな。

いなくても変わらない。気づいても特段何もしない。無視されるだけの日々。

誰かに話しかけたって、話すことは許されませんと言われるだけ。


僕を認めてくれる人は本当に少なかった。



でも恨んではいなかった。

もしかしたら兄が違ったら、恨めたのかもしれないけど。



だって、みんな僕をどうしたら良いか分からなくなってしまったんだろうから。



父に見放された愛人の子ども。領主の血を引いている子ども。

絶対にありえないけれど、家督を継ぐ可能性のある子ども。


どうしようもないってことくらい、あの頃の僕ですら分かっていた。


僕が悪いわけじゃない。父が悪いわけじゃない。兄が悪いわけじゃない。



でも、そんな思い出したくない日々も、完全に孤独だったわけじゃない。



使用人のおじさんたち家族は、僕とも話してくれていた。

僕の母の弟であるおじさんは、母にお世話になったと、そう言って。


おじさんは僕に、いろんなことを教えてくれたんだ。

文字の読み書きや、計算の仕方。

言葉遣いや食事の仕方などのマナーもそう。

一回だけ、釣りだって教えてくれたんだ。


おばさんは家事についてよく教えてくれた。

掃除の大切さとか、身なりの整え方。

いつも服を仕立て直してくれていたのも、おばさんだ。


一人娘のフロー姉さんも話しかけてくれた。

仕事で大変そうだったけど、父がいなくて手が空いているときは必ず遊んでくれた。

唯一思い入れのある人達だ。


そして、僕は使用人でいいや、とも思った。


使用人の暮らしも大変そうだったけど、村での暮らしの方がよっぽど恐ろしいことも知っていた。


貴族の厳しい徴収に耐え忍ぶ日々。

豊作だったら税が重くなって、不作だったら物乞いをする。女・子供を売り出す生活。

今の生活は、それと比べたらずっと幸せだ。





・・・でもね。


気づいていたんだ。

最初からずっと。


現実から目を背けて、気づかないふりをしていたけど。



兄がいたから。年の近い、母が違うだけの人がいたから。


兄には優秀な家庭教師が付いて。頭もどんどん賢くなって。

たくさんの使用人が居て。

色んな人に囲まれながら生きていくんだろうな。



そう。

人生に、どんどん差が広がっていく。

そうしてこの差は、きっといつか埋めがたいものになるということ。



そしてその差は、誰が親なのか。

それだけで決まってしまうんだ。


こんなことにならなくたって、気づいてしまっていたんだよ。

僕の感情は、気づいていたんだと思う。



孤独に僕が耐えられなくなるのは、きっと時間の問題だったんだ。

物心がつく前なので、ここまではイルの独白です。

次話からは対話形式になります。

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