一章2話 通り雨
今、林道叶人は人生で初めて、女性と2人きりで歩いている。
リアルにいた頃の林道は、男子校に通っていたために女子との交流は無いに等しかった。
高校時代に関わったのは、母と2人の妹と、58歳定年間際の小野先生だけ……こんな綺麗な人と話し、そして家に迎え入れられるなんて思ってもいなかった。
林道はまだ出会ったことの無いフラグに心ときめかせながら、ユルレイの隣をついて歩く。
「君、リンドウって言ったな? 珍しい名前だが、どこ出身だ?」
「あぁ、俺の名前林道じゃないっす、叶人の方です」
ユルレイのこの言葉からして、この国の名前は英語圏の表記法なのだろう。
「ん? じょう名か? お前の国はじょう名の国なんだな」
じょうめい? 聞いたことの無い言葉だ、こちらで言う和名の事だろうか?
「ははは、すまんすまん。 じょう名っていうのは、ここから遠く離れた"ジョウゲン"という国の言葉だよ。 この国や他の国とは文化が違うから私も行った時には戸惑ったよ。」
ユルレイが言うジョウゲンは、まさに日本のようだった。
そんな事を聞いていると、ふとリアルを思い出す。
――妹たちは大丈夫だろうか
彼女たちはまだ、小学生と中学生で、2人ともまだ親無しでは何も出来ない。
林道がいた時には、小さい時から家事をしていた林道が妹二人の育児役だった。
急に不安になる林道……急にリアルが心配になる。
そんな林道の頭にふと、頭痛と共に映像が流れてくる。
映像の内容は単純だが、とても気分を害するものだった。
――隣にはユルレイがいて、
きゅうに雨がめが降り始めて、
ユルレイがくしゃみをする。
その後、ユルレイの首筋から急に血が噴き出た。
映像はこれまでだが、とても不気味で縁起の悪い映像だった。
そういえば今、確かに天気が悪い。
林道は気のせいだと思いつつも、リアルのこととこのことで二重の不安が襲った。
「おおい、聞いてるのか?」
「ほぇ?」
気が付くとユルレイが立ち止まり、林道を見ていた。
心配しているのか、眉が険しい。
「リンドウ君……家についたら一回休もうか! ぼーっとしていたぞ?
きっと疲れがたまっているのだろう。 日々には休息も大事だぞ?」
休息は大事だか、林道は高校受験で燃え尽きたタイプなんで、
生活の半分くらいが休憩であった。
しかし、本気で心配してくれてる人にそんなことも言えず、
苦笑で流すことしかできなかった。
ポツ……ポツ……
「これは……雨か?」
さっきまでは曇っているだけの空から、
耐えきれなくなったのか大量に雨が降り始めた。
想像もしないような土砂降りで、さっきまで乾いていた服が一気に濡れる。
「リンドウ君、早めに宿に戻るぞ! ……ヘクチュ」
これまで聞いたことのない可愛らしいクシャミが林道に聞こえた。
しかし、林道は覚えていた。数分前のあの映像を……
――嫌な予感がする……
そう思った林道は、勢いよく後ろを振り返った。
すると、刃物を振り回す誰かが、こちらへ向かってくるのが見えた。
ユルレイはその姿に気づいておらず、楽しそうにしゃべっている。
こんな時にどうしたらいいのかもわからないので声も出ず、
ユルレイに教えることもできない。
そんなことを考えている間に通り魔は後少しのところまで迫ってきていた。
そして、振り回された刃物は、ユルレイめがけて振り下ろされる。
その時だった。
固まっていた足が動き、咄嗟にユルレイを突き飛ばす。
「何をするんだ! ……っ!」
突き飛ばされたユルレイも瞬時に状況を判断したのであろう。
刃物が、林道の背中に刺さっていることを。
「ガァァァァァァ!」
林道はその場に倒れこむ。
今まで感じたことのない痛みに、意識が飛びそうになる。
それはそうだ。今までで運動部にだって入っていなかった帰宅部で。
骨折さえしたことの無い少年が、こんな痛みに耐えられるはずがない。
「リンドウ君!!」
すぐに剣を抜いたユルレイが、通り魔に切りかかる。
しかし通り魔は煙になってその場から消えてしまった。
――幻影魔術とか、強すぎるだろ。
ユルレイが、林道に駆け寄ってくるが、
林道は痛みと熱さで声も出ない。
「リンドウ君!」
賢明な声掛けが聞こえる。
しかしこの出血量、何も考えることができない。
「リンドウ!」
しまいには、この言葉を最後に林道の意識は途絶え、林道は気を失った。