お茶会は高笑い禁止です
読みに来ていただきありがとうございます!
今回は切る場所が無く、場面の関係で長くなってます。
気合いを入れたマティアス様との出会いは超肩透かしだった。
見合いのはずなのに、見合いのはずなのに、勉強もトレーニングもおしゃれも礼儀も、すごい気合いを入れて用意をしていたのは私だけだった。
悪役令嬢っぽいから、破滅フラグな気がする婚約。それでも、金髪碧眼その麗しい容姿で名を馳せる未来の王子と、もしかしたらラブロマンスが始まるかもなんて、ほんのり少女じみた期待も無かったわけじゃない。
結婚への一歩としてのセッティングされても、同い年六歳のマティアス様にそれを想像するのは少し早かったのかもしれない。
いやいやいや、違う違う、今回の目的はあくまでフィリスたち親子の仕事の確保のための再訪の約束だ。婚約とか変なフラグを立てるためじゃない。
「マティアス様はじめまして。アイリーテ=バーシュタインと申します。」
「アイリーテ様はじめまして。私はマティアス=ロードクラインだ。ルーデル様もはじめまして、今日はお会いできて嬉しいです。あこがれのルーデル様にいっぱいお話が聞きたくて、昨日は夜も眠れませんでした。」
最初の挨拶で分かるように、マティアス様の視界には私はほぼ入っていなかった。最初の挨拶で、私と自己紹介しあった以外は、ルーデル兄様にベッタリになったのだ。横で聞いてる限りで、どうも彼の今日の目的はルーデル兄様。
しかし、何故マティアス様は、身分が下のお兄様に「様」づけ・・・はっ!もしかして、お兄様に恋を?美少年同士それは萌えるかも!・・・じゃなくて~!私と会話をしなきゃ、次に来てもらう約束も出来ないじゃない!?
ルーデル兄様は今九歳。普段は騎士を目指している者が九歳から入る幼年学校に通っている。この国での幼年学校の立ち位置は、本来身分の高くない騎士の子弟や、才能がある平民が通う場所である。平日は学校の寮に住み、週末や長期休みは家にいる感じだ。
本来幼年学校には貴族は入らず、家庭教師について学び、十二歳から入る王立学園に入学する。その際には貴族や騎士の子弟は同じ学園に入ることになる。まぁ、基本は三年の過程を経て、社会に出る。
もっと専門的に魔術や薬学を研究し極めたい一部の人や、身分とお金の関係で働かなくていい人が箔をつけるため、さらに三年いわゆる大学院みたいなものに入ることは可能となっていた。
つまり、今回のルーデル兄様の幼年学校行きは、貴族の慣例を無視したものだったのだ。それだけに貴族の間で、賛否両論話題になることが多かったらしい。
これは聖伐の際お飾りの司令官副官と言われ、苦労したお父様の方針だった。頭でっかちになりがちな息子を世間の荒波に揉ませ、騎士の子弟とのつながりを持たせるために幼年学校に入れたという。まぁ、お父様の場合はさらにナンパな放蕩者だったせいで周囲の目は厳しかったようだが、ルーデルお兄様は既に九才にして、真面目な中に優しく大人とも完璧な会話ができる立派な貴公子である。
ちなみに、私と同じ赤い髪金色の眼なのに、顔立ちはお父様に似て美形かつ、柔和で印象も優しいルーデルお兄様。最近は幼年学校の剣の実技や魔法でも頭角を表しつつあるのを、マティアス様が興奮しながら話すので知った。
話題は幼年学校の話が多かっただろうか、ほぼ男ばかりお馬鹿な子供たちの学校や寮での生活を、憧れに満ちてキラキラした目で聞いている子供、私と同い年の六歳児マティアス様。
ルーデルお兄様は妹の私から見ても、ショタ的視点を抜いても素敵だ。素敵なのは分かるんだが、私が会話に入る隙がない。
とはいえ、じっと座っていても始まらない。とりあえず、トレーニング中に考えた作戦その1を実行することにした。
「マティアス様、よろしければ季節の花が綺麗なので、お庭でも一緒に歩きませんか?」
お兄様との話が一段落して切れた隙に、マティアス様に声をかけてみた。この作戦はマティアス様ときゃっきゃうふふと散歩をし、最中に私がこけて怪我をしてしまう。一緒にいたマティアス様が令嬢に傷を負わせた責任を感じ、私のお見舞いに来るため再訪すると言う計画だ。別に傷物にしたから、責任とって婚約とかは要らないが、礼儀上ほぼ確実な作戦だ。
ちなみに、怪我は昨日の最終訓練で、足に擦り傷を拵えているので、ちょっとそこを擦ればしっかり怪我の出来上がりとなっている。
「うーん、ルーデル様は散歩に行かれますか?」
「私には自分ちの庭だからなぁ、特段散歩に行きたいとは。行くなら二人で行ってくればいいよ。」
お兄様、ナイスアシスト!
「じゃ、私も散歩はいいです。」
マティアス様はお兄様が行かないとなると、あっさり散歩を断ってきた。
「アイリーテ残念だけど、散歩に行きたかったら後で私と歩こうか。」
「おーにーいーさーまー」
「私では問題がある?」
「いえ、ありませんわ、嬉しいですわ。後でお付き合い願いますの。」
お兄様が悪い訳じゃないもの、久しぶりに二人で一緒にゆっくりできるなら、そう悪い話じゃない。マティアス様が不満そうなのはよく分からなかったが、私は気を取り直して、ちょっと会話に入れたこの隙に作戦その2を実行する。
私は席から立ち上がる。
「マティアス様、お茶がもうございませんのね。私お代わりをお入れしますわ。」
そう言って、お茶の葉とお湯が置いてあるワゴンに向かう。ちなみに、お湯は入れてある魔石で沸き立てのままだ。訓練された優雅な所作でお茶を入れ、それを運ぶ際にうっかりこぼして手に火傷をしてしまう。その後の流れは、作戦その1と同じ流れだ。
一人でこの場で出来る作戦だが、熱湯を手にかけるのは、正直ちょっと怖いが仕方ない。
「お嬢様、危ないので私がやりますわ。お座りになっていてくださいな。」
ポットに触れる前に、気を回したのか思わぬ邪魔が入った。声をかけてきたのは最近入ったお父様の侍女だ。前に私がやってメイドたちが怒られたのもあり、さっとワゴンから私を遠ざける。
「大丈夫淹れられるわ。私すごく練習したのよ。」
「いえいえ、お嬢様が怪我をされたら、私たちの責任にもなりますから、お客様のお相手にお戻りくださいませ。」
手にお茶をかけて、火傷するつもりだった私はもう何も言えなかった。これでゴリ押しすると、本当に彼女たちの責任問題になる。私は万事休す。作戦は残念ながら、その2までしか用意していなかった。
「お嬢様・・・・申し訳ありません、私どうしたら」
気づくと目の前で侍女が怯えている。侍女がいなければと思ってしまっていたのが出ていたのかもしれない。ちょっと睨んでしまった自覚はある。私よりはるかに年上の侍女が泣きそうだ、私は余程怖い顔をしていたのだろう。と思ったら、目から頬に温かいものが流れ落ちる。私はどうやら泣いていたらしい。
「アイリーテ、席に戻りなさい。好きなタルトをとってもらおう。使いなさい。」
「お兄様・・・・はい。」
ハンカチをお兄様に渡され、それを手に握りしめたまま私は座った。マティアス様が私を見ていたが、目が合ったらビクッとなってすぐ反らされた、やはり顔が怖かったのかもしれない。そして、お兄様が当たり障りのない会話をマティアス様と始めた。二人はもう私を見ない。
賭けに勝つには考えなければいけないのに、次の作戦が思い浮かばない。あれだけお父様に大見得を切ったのに。中身アラサーだから、何でもできるつもりだったのに。前世でもぼっちぎみで、一人行動の多かった自分には思っていた程、人を動かす能力はなかった。
お父様はカルドライン王太子殿下とお話でお忙しそうだ。当たり前なのだが、テストのようなものなので、助け船などない。
うちには母がいないので、奥様たるシェーラ王太子妃殿下の話し相手は何故かフィリスがしている。そちらもこちらを一顧だにしない。妃殿下の頬は薔薇色で、ルーデルお兄様を見るマティアス様のように嬉しさでキラキラしている。マティアス様に私とつながりを持たせたいのは、うちの家だけでシェーラ妃殿下も私の事が見えている様子がない。
もう、テーブルに立って高笑いでもしてみたら、私を見てくれるだろうか?
まぁ、見てはくれるだろうが、物狂いで病院か、スキャンダルを避けて修道院に一生コースだろうな。
困ったなぁ。かなり気持ちがめり込んでさらに視界がぼやけてきたその時、視界の隅に白いものがひょこんと動いた。
庭には遠くから視界を遮るために、少し高い生垣や塀がちょこちょこと配置されている。遠くからの狙撃を防ぐ、暗殺者対策だと聞いている。
その1ヶ所から二本白いものがひょこんと出でいて揺れている。さっき私がユーリの頭につけてやったものが突き出ているのだ。生垣の高さからして、何か台を持ってきて覗いているのだろう。
心配して覗きにきたのか、私の言葉の通り応援しに来たのか。
白い二本の何かがひょこひょこ動く。必死で隠れて覗こうとしているのだろう。だが、頭隠して尻隠さずの逆で、頭の上だけが見えているのに気づいてないのだ。
つい「クスッ」と笑いが洩れてしまう。
小さな忍び笑いだったのに、隣のマティアス様がこちらをガン見している。あ、まずい!と思ったが、もう遅かった。
マティアス様は私の視線を追って、ちょっと離れた生垣の方を見てしまった。彼はそこで見つけた動く不審な何かを、確認しようと立ち上がる。
「マティアス様、待って、お待ちになって。」
全身の血の気が一気にひいた。王太子殿下が来ているところを覗いているのだ、変にとられたらユーリに罰が下る可能性もある。後を追おうと慌てたため、自分のドレスの裾に引っかけて転びそうになり初動が遅れる。
「あわわわわっ、イタッ」
焦るようなユーリの声と、ガタンと台がこけて重いものが落ちたような音が続く。
生垣の切れた入り口までマティアス様が向かい、彼を守るように追い抜いてルーデルお兄様が先に立ち、生垣の裏を見る。一拍おいたくらいのタイミングでマティアス様が着く。
困ったように眉間にシワを寄せて黙りこむルーデルお兄様とは対照的に、マティアス様は何か驚いたように目を見張る。
「獣人?いや、その耳は作り物か。君は誰?どうしてここに?」
私が見た生垣の裏には予想通り。頭に二本の長いウサギ耳のついたリボン。ヒラヒラとした薄紫のドレスを着た銀髪の美少女。にしか見えないユーリが、こけて座り込んでいた。