お父様の条件
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私はカバンと上着といった家出荷物を傍に置いて、床にドレスのまま正座で待っていた。絨毯とはいえ西洋風に土足の床だが、そこは演出だから目をつむる。ドレスを洗濯するメイドには、心の中だけで詫びる。
そこに、お父様とフィリスが扉を開き戻ってきた。その目の前で、私は日本式に前に手をつき、三つ指をついて礼をとる。
「お父様長い間お世話になりました。」
「はやっ」
フィリスがから即時突っこみが入る。笑い声を押さえている彼女の横で、お父様が苦い顔をしている。決意は硬いアピールとしてはいい感じだろうか?
「待て待て待て、アイリーテ、用意が早すぎないか?」
「アイリーテ様そのカバン何が入ってるの?」
「ほーっほっほっほっ、それは秘密です。」
ちなみに、カバンにはクッキーと、お小遣いを少しだけ入れた袋、着替え1揃え入っている程度だ。取り上げられ中身を確認される可能性があるため、今回は子供が家出に用意するかなという程度のセットに留めた。
本格的に逃げる時は、子供一人で旅する不自然さを補うため書類を作るつもりなので、もっと色々入る。お父様の筆跡を真似るための見本や、バーシュタイン家の印章等を入れるし、服も平民用のものを用意するだろう。警備の位置や面子、巡回頻度、抜け出せる穴等は『もしも』の時に備えて下見してある。
お父様は諦めたようにため息をついた。
「アイリーテ心配しなくとも、フィリスは残る。ただし、それには一つ条件がある。」
お父様は私にはなんだかんだと言って甘い。そのお父様がとても真剣な顔をしている。
「アイリーテ来月に小さなお茶会を開くことは、言ったことがあると思うが。うちには女主人がいないので、アイリーテがご招待する形になる。だから、招待客は最低限。個人的にカルドライン王太子ご夫妻と次男のマティアス様をご招待する予定だ。」
「ええ、先週お父様からお聞きしましたわ。あれって、軽い茶会という名のお見合いですわよね?」
娘のストレートな突っ込みに、お父様はボディブローを食らったように呻いた。どうやらそこは触れて欲しくなかったらしい。
「ぐっ・・・・見合いなんて言われるとお前が嫁に行くみたいで悲しくなる。あくまで、子供同士で遊ぶ会だと思ってくれ、アイリーテ。」
自分で設定したというよりは、王族からの要請で断れなかったという面もあるのだろう。お父様の口調は本気で嫌そうだ。
マティアス様は次男とはいえ、正妃の一番上の息子なので、次の王太子になると目されている。正妃のシェーラ妃殿下には他に妹姫がいるが、あえてマティアス様だけを連れて来ることになっていると聞いていた。あくまで、私的なお茶会という名目で、私と同い年のマティアス様が引合せるための会だ。
つまり、未来の王候補との見合いなのだ。
ロードクライン国には大きな四つの公爵家があり、今それぞれ次代の王候補につながりを持とうとしている。マティアス様を擁し、婚約者を差し出そうとする家。王太子殿下の長男であるデルリッツ様を推し、その婚約者を用意する家。
ただ、今の王太子カルドライン殿下ではなく、別の王子を擁立したい家もある。そのため、王太子殿下が即位するまでに、もう一波乱ある可能性もある。そのため、正式な婚約ではなく、あくまで皆言い訳のできる範囲で、どっちに転んでもいいように、ツバをつけておきたいと思っている。私もマティアス様も、まだ二人が幼いのもある。そして、娘の経歴に傷をつけないため、マティアス様が王太子になるまでは正式な婚約はないが、仲良くさせたいと思っているのだろう。
今度のお茶会はそんな本音と建前が乱立する、政治的思惑の絡んだお見合いだ。
私が素の年齢の六歳の頭なら、美形の未来の王最有力王候補の王子様と会えるというのだけで舞い上がるところだ。しかし、三十歳を越えてしまうとそんな裏事情が、色々な人が匂わせる言葉から分かってしまう。
しかし、茶会は女主人が主催が基本とはいえ、六歳児にさせる?お父様も随分無茶を言ってくる。
「とはいえ、王太子ご一家に子供だからと言って失礼をしてもいい訳じゃない。アイリーテは淑女として茶会を上手に乗り切り、その上でマティアス様にもう一度来るという約束を取り付けて欲しい。」
それは初対面の格上の相手に、素で考えてもかなりハードルの高い、お父様の要求。何か弱みでも握れないかしら、とあまり夢のない思考を巡らせる。
「もし、その約束が無理だった場合、フィリスにはこの館を出てもらう。この館で働けなくなっても、フィリスには別の仕事はちゃんと用意するから、路頭に迷うことはない。お前が心配する必要はない。」
本気で条件のクリアを目指させるためだろう。フィリスにはもう会えないようなニュアンスでお父様は畳み掛けてくる。それだけ、マティアス様確保は、バーシュタイン家としては大事なんだろう。
私は負けるわけにはいかない。弱気を悟らせないために、腹に力を入れて本気の高笑いで返す。
「ほーっほっほっほっ、お任せくださいお父様。どんな手段を用いても、マティアス様にもう一度来たいと思わせてみせますわ!やはり、お色気攻撃がいいでしょうか?」
「六歳のお色気攻撃は、育ちが悪いようにしか見えないから、子供らしく頼む!」
「六歳特有の可愛らしさを目指せですね。了解ですわ!クマのぬいぐるみでも持ちましょうか?」
「親の私から言うのも何だが、ぬいぐるみあまり似合わないし、お茶会で持っているのは変かな?まぁ、アイリーテはそのままでも可愛らしいよ。すごい美少女だと思うから大丈夫、大人しくしていれば。」
お父様は娘への愛に、溢れた優しい顔になる。美少女って、私が自分を鏡を見ると随分きつい顔に見えるが、お父様には天使に見えてるんだろうか?と思う時がある。
サリアス=バーシュタイン公爵はハッキリ言って、金髪に金色の瞳の超イケメンの部類だ。私の目の色はお父様譲りである。ちなみに、先代、おじい様の代のの家族肖像画を見たことがあるが、描かれていた幼年時代のお父様はまさに天使のような少年だった。年はまだ三十才になったばかり。幼い頃から見てるから超イケメンに耐性があるが、前世の自分がそのまま来て、こんな顔を向けられたら絶対恋に落ちてしまう、と本音を告げた。
「ほーっほっほっほっ、やだわ、お父様そんなに褒められたら、照れてしまいますわ。お父様じゃなきゃ惚れてましたわ!」
本音も混じりつつ、お父様持ち上げ加減で冗談を返す。
「アイリーテ、私たちは親子だから、変な言動をしない。まぁ、私もアイリーテに、まだ見合いなんてさせたくないし、お父様の傍にずっといてほしいくらい、大好きで大事だけどね。」
あ、お父様がデレてらっしゃる。どうやら、娘に褒められるのはまんざらではないらしい。まぁ、それをわかってて言ってるのが、自分でもちょっと小ズルくて良心が痛む。
「あと大事なことだから言っておくが、アイリーテ。」
「はい、何でしょう?お父様。」
「お茶会では公爵令嬢に相応しい態度で頼む。マティアス様を怖がらせて、脅したりは無しだからね。」
「ほーっほっほっほっ、お任せ下さいお父様!って、お父様私を何だと思ってますの?確かにちょっとは考えましたけど。」
「アイリーテ、公爵令嬢は淑女らしさで勝負してくれ、偉そうな態度も高笑いも禁止だからね。」
お父様は私の高笑いに渋い顔をしつつ、ため息をついた。
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