王宮の白い物体
王妃様とお茶をした帰り道、侍女に先導されながら王宮を歩いていた。あと、少してで家に帰れる、緊張の糸が切れかけたその時だった。
「お祖母様に呼ばれた令嬢とはお前か?生意気そうな顔だが名前は何と言う?」
突然、福々しい体格の少年に声をかけられた。態度も体格と同様で、でかくて偉そうである。私としては人に聞くなら名乗れと言いたかったが。場所柄もあるし、服装からして身分は高そうな少年には警戒せざるを得なかった。身を固くして、私の斜め後ろに控えた侍女の態度からしても、王妃様を『お祖母様』と呼ぶ関係性からも答えは見えていたからだ。
「バーシュタイン公爵家のアイリーテと申します。」
私は面倒だなと思う内心の葛藤を押し隠し、ドレスをつまんで、礼をとり自己紹介をする。
私の自己紹介を聞き、態度の大きな少年はさらにふんぞり返った。
「公爵家の娘ということは、お前が僕の嫁ということか?」
「はっ?」
私は素で驚いた。そこから動揺を抑え、頑張って丁寧な態度に戻す。
「私は王妃様からは、そういった話は承っていませんが?」
「王となる僕の嫁は、公爵家からと聞いている。かなり美人になりそうではあるが、僕としてはもっと優しそうな子が好みなんだが。」
「だから、貴方のことなんて存じ上げませんわ。お名前も聞いてませんし。」
名前は憶測では間違ってた時に困るので、知らないアピールをする。
「おう・きゅうで・この・ぼくを・知らないなんてあり得ない!!!」
なんだか、彼は知らないと言われたことにプライドが傷ついたのか、息も絶え絶えになりながら、最後は怒涛の勢いで叫んだ。
「失礼いたしました。私は王宮に来るのは初めてですの。お名前を教えていただけますか?」
相手するのも馬鹿馬鹿しいが、とりあえず低い姿勢から聞いてあげることにした。彼のプライドは復活し、またふんぞり返る。
「初めてなら仕方ない!我が名はデルリッツ!王太子カルドラインの長子にして、いずれ、王となる者だ!」
王も王太子もいて、それで王になる者って公言してたら、子供でなかったら反逆疑われないかな?ちなみに、カルドライン殿下はどう聞いても、弟であるマティアス様に継がせたいみたいだし、先程の王妃様の雰囲気も言外にそう言っているように聞こえた。
そんな内心を押し隠し、うやうやしくドレスをつまみ私はお辞儀をした。
「それは存じ上げず失礼いたしました。デルリッツ様。」
「王宮一の美貌だから、皆すぐ僕が目に入るらしいのだ。次からはもう間違うまい。よく、覚えておくがいい。」
私は返答する言葉を失った。
彼の部屋に鏡はないのだろうか?
周辺もデルリッツ様をこんな性格を育てるくらい、ひたすらおべっかばかり言う人なのだろう。この性格では政治なんて無理だし、マティアス様が負けて王位継げなかったら、冷遇だけではすまないよね。・・・・だから、うちを取り込むのに必死な訳か。デルリッツ様を知って、色々見えてきたような気がする。
「はい、次は鏡餅みたいなデルリッツ様をすぐ見つけられると思います。」
「ん?カガミモチとは何だ?」
考え事しながら返してたら、つい口が滑ってしまった。そこをデルリッツ様に聞き返される。
「あ、それは気にしないで、忘れてください。」
「気になるぞ、怒らぬから早く言え」
「いえ、遠い国の風習でして、新年に飾るものです。ただ、遠い国過ぎてご存知ないかと」
遠い遠い国、異世界にある遠い故郷、日本という国の風習を知っている人もいないだろう。
そんな私の言葉に、デルリッツ様はプルプルと肉を震わせ、大声で叫び出した。
「不敬だ!お前、僕を物がわからないとバカにしてごまかしたな!牢屋に入れてやる!」
「えっ?どうしてそうなるの?」
馬鹿にしてないとは言わないが、予想より斜め過ぎる。遠い国の風習だから知らないだろうと言っただけで、瞬間沸騰器過ぎる反応に、私はオロオロしてしまう。すると、私の背後より知った声が飛んできた。
「兄上ちょっとお待ちください。アイリーテ嬢ここにいたのか、お祖母様に呼び出されたと聞いて飛んできたんだが、何をしているんだ?」
「マティアス!この娘を牢に入れろ!私の悪口を言ったんだ!」
鏡餅の意味がわからなくても、マイナスの意味だと気づいているのか。意味が分からなくても、すごく自信が無くて猜疑心が強いのか。
「兄上、アイリーテ嬢は顔も言葉も悪人ぽいし、傍若無人ですが、多分悪い人間ではありません!そして、口が滑ることはあっても悪意はありません。」
うわぁ、きっぱり言い切ったわ、この人。正解だけど、全然フォローになってないよ、マティアス様。
「お前だって、兄と呼びながら内心ではバカにしてるんだろうが?!父上もお前ばかり可愛がり、私には叱責ばかりだ!」
おべっかばかり言われていても、内心バカにされていると普段からから感じているのだろう。同い年の弟では比べられることも多いんだろう。弟のマティアス様相手に激高するデルリッツ様。私は火を消すためにさらに火を、理不尽な怒りに負けない高笑いを私はぶつけた。
「ほーっほっほっほっ、デルリッツ様、マティアス様は随分仲がおよろしいんですのね。」
「今の状況で、どうしてそうなる。アイリーテ嬢。」
「マティアスと仲など良いものか!」
「ほほほ、喧嘩するほど仲がいいと良く言いますでしょ?その証拠に私の存在なんて忘れてらっしゃるし。」
とりあえず、デルリッツ様が怒っているのは変わらないが、一瞬ひるんだ。
「カガミモチは遠い異国の食べ物で、新年に神様に供えるとてもおめでたく尊いものですの。だから、尊いデルリッツ様にはぴったりだと申し上げましたの。ただ、異国といっても遠すぎる国の風習で、例えとしては分かりにくすぎたので、ご説明差し上げるのを躊躇ったのですわ。」
さらに、私は怒りを沈めるために、デルリッツ様を思いっきり持ち上げてみた。
「思わせ振りな態度で誤解させてしまって、本当に申し訳ありませんわ。」
とどめにできる限り腰を低くして詫びる。デルリッツ様は見事に策にはまり、コロッと機嫌がよくなった。
「そうか!新年を祝う尊い食べ物か!それは私にぴったりな食べ物だな。名前から想像はつかないのだが、カガミモチはどういう形状の食べ物なのだ?」
「穀物を固めて、一年の無事を願う食べ物です。形は白くて丸い食べ物ですわ。」
「白くて丸い・・・」
「アイリーテ嬢、公爵が急いで帰れと呼んでいたから、今から送っていく。さっさと来い!兄上失礼しました。」
私は焦ったようなマティアス様に引きずられるように、デルリッツ様の前から辞し、そのまま王家の馬車に乗せられ送られることになった。