ストレス解消に高笑い
今日二本目です。見に来ていただきありがとうございます!
高笑いを練習した五歳のあの日より、自分が二重写しになる私の中の違和感がどんどん強くなっている。なんだか、度の合っていない眼鏡のせいで、いつも世界の焦点が合わなくて、揺れているような気持ち悪さ。
私が前世だと感じる記憶の中では、街の夜はギラギラした光が満ちて人が沢山いる。昼は灰色の箱が立ち並ぶところに通う、そんな景色が浮かぶこともあった。また、ある時は自室だと思われる物置小屋のように狭い、飾り気のない部屋を懐かしく思うことがあった。
その頃には漠然とした誰かの記憶の知識から、それが前世ではないかと思い始めていた。三十歳で最近正社員になれたばかり。やっとこれで生活に不安が減るはずだった。ちなみに、そこでは、ご飯は自動で出てくるものじゃないし、品数もすごく少ない。
休日は家でスウェットやジャージで、ゴロゴロアニメ見るのが趣味の女性。今の私から見るとずごく変な服装だけど、誰も会わない家の中で着るその服には、とても楽で幸せなイメージが残る。
二重写しのその前世は、何にしても自信が無く(特に容姿)、ちょっとひねくれているところがあったらしい。アイリーテである私の自信も困ったことにどんどん無くなるし、容姿を誉められても素直に受けとることが出来なくなったのだ。
ついでに油断すると、体がソファーにゴロゴロ寝転んで本を読み、クッキーを食べたりしてしまう。あー、できればポテチとテレビが欲しいと呟きながら。もちろん、見つかると大目玉の行儀の悪さだ。
前世なのか日本で生きた誰かの方が、生きた時間が長かったせいか、その記憶な考え方の影響は大きかった。それは無意識下に根付いて、意志では簡単にコントロールができないものだった。
あと、前世なんて話をすると、気が狂ったと思われるのではとか。偽物のアイリーテだと思われて、追い出されるんじゃないかと不安だったりもする。
だって、親の立場で考えてみてよ?可愛い盛りの五歳の娘が、三十才前後の振るまいをしたら、変よ変!あと、問題は年だけじゃない。自分の中身は貴族の公爵令嬢じゃなくて、日本にいた平民の干物喪嬢でしかないのよ!
あと、実はどこかに私と交換された本物のアイリーテがいるかもしれない・・・・。まぁ、ずっと小さい頃からアイリーテとしての記憶もあるから、そんなことはないと信じたいんだけどね。
だから私はとりあえず、何か不審がられて追い出されたりとか、ことがあれば逃げ出すことを想定して、脱出経路や必要物資の下見を始めた。そういうところでも自信のにさが反映されている。
そんな感じで自分でも二つの記憶で混乱する中、大声を出すのは、いい気分転換になった。
「ほーっほっほっほっ、私は誰にも負けなくってよ!」
「ほーっほっほっほっ、私は公爵令嬢様よ~!」
なんて調子で、不安を吹き飛ばすために、高笑いをしたりするのだ。異世界という舞台で、公爵令嬢の演技をしているようでちょっと楽しくなるのだ。
あと、ほら公爵令嬢って高慢なお嬢様が定番じゃない?高笑いして偉そうにしてれば、ちゃんと公爵令嬢に見えると思うの。
ガラスでできた公爵令嬢という仮面を被るのよ~!
そんなノリで、メイドに「ほーっほっほっほっ、貴女お茶の淹れ方がなってませんわっ」とか、意地悪を言いつつ、カップを温め、一分蒸らして美味しくなったお茶を飲ませてあげたり。
腰を痛めた従僕には、「ほーっほっほっほっ、貴方の仕事を取り上げて差し上げたわ!」持つべき荷物を、自分で持って移動して困らせてみたりもした。
一見、ただの親切な人に見えるだろう、だけど彼女たちは私のせいで上司である侍女長にしっかり怒られた。ついでに、私も。だから、れっきとして悪行なのである。怒られたのが痛々しすぎて、二度とやらなかったが。
そんなちょっと、何でも無意味に高笑いをつけた馬鹿馬鹿しい行動が楽しかった。私としては本気で悪役令嬢をやる気はないが、セリフをそれっぽくするのは、昔読んだイジワルキャラになりきるようで面白かったからだ。得てしてそういうキャラは根拠のない自信に満ちていて、つい逃げ出したくなる自分を奮い立たせるのにはちょうどよかった。
それに、なんだか意地悪キャラになりきって、高笑いをはじめとしたセリフを言うことは、コミカルな劇をやっているようで自分が、日本には帰れない現実を楽しいものに変えた。時折乳母も一緒に四阿で高笑いするのは、とても楽しかった。
日々練習した笑いは、ハイヒールで下僕を踏んでやるような全開の高笑いだけではない。お茶会で取り巻きに自慢をしながら高笑う少し控えめで高慢な感じのもの。さらに、「クックックックッ」という、陰謀を企む悪役っぽい含み笑いもマスターした。
乳母のフィリスや、乳兄弟のユーリを巻き込んで、悪役令嬢設定のままごともやった。勿論、練習の副産物として、ユーリは私にしいたげられる役が上手くなってしまったのである。
そうして、遊んでいるうち気づくと、悪役っぽい高笑いは、私の口癖になっていたのだ。
ついでの結果として、私は六歳になった頃にはお父様が可愛いと言ってくれても、「私なんて、可愛くないから無理して誉めなくていいですわ。ほーっほっほっ」なんてひねくれた答えを、口癖の高笑いまでつけて返してしまう。そんな変な令嬢の完成となっていたのだった。