王子の見合い1(マティアス視点)
今日は別視点で二回更新です。
アイリーテ=バーシュタイン、ロードクライン王国で四つあるうちの公爵家の令嬢だ。
公爵家の四つはそれぞれ微妙に、父上の弟でシュバルツバルト公爵家に婿入りした叔父君派。第二妃の縁者として、私の腹違いの兄を推す派のレーヴローゼ家。一つは父上を生んだおばあ様の実家ギルスレーヴェ家は、今29歳の王太子である父上の当極は譲れないがその次代はどちらの王子でも良いと思っている。バーシュタイン家は四公爵家の中で、唯一誰を推戴するか、旗色が鮮明ではない家だった。
強い後ろだてのない母上の苦労を見ていた父上からは、おばあ様の実家のギルスレーヴェ家かバーシュタイン家のどちらかの公爵家から、婚約者を迎えたいと言われていた。どちらも近い年の令嬢もいたからである。他の二つの公爵家にも令嬢はいたが、政治的立ち位置から考えて現実的ではなかった。
母上は父上が王太子になる前に結婚した正妃だった。最初は王位を継ぐことのない気楽な第六王子に、恋愛で嫁いだ伯爵家の娘だった為、父上が立太子した時には正妃をさらに家格が高い家から迎える動きがあった。母上には子供がまだ出来ていなかったためだ。それを父上は断固拒否、譲歩で子作りのため第二妃は迎えるが母上と同等かそれ以下の家格しか認めなかった。結果来た第二妃アンナ様は伯爵家の出である、ただその母は公爵家レーヴローゼの娘というオマケがあり、強力な後ろ楯があった。
今、その家格のせいでさらに跡継ぎ争いが激化しているのだと言う。そのため私や母上の毎日に、毒、暗殺、陰謀、中傷は日常のことだった。
そんな中自分マティアスが生まれる半年前に、アンナ様から兄デルリッツが生まれねじれはさらに加速した。母上父上の仲はそれ以降も良好で、二歳下の妹もいる。父上と第二妃アンナ様とは仲が悪い訳ではないが、子を成し義務は果たしたという面があるせいか、決まった日に顔を出す程度になっている。
母上はそうでもないが、父上は自分を次の王太子にと考えていた。王位を争い負けても死なないこともあるが、年が近すぎた。比較されやすいと負けた側には、大抵は理不尽な死が待っているからだ。五人の兄がいたと、過去形で語る父上の言葉は重い。身を守り争いを減らすためには、私の正妃には強い後ろ楯と、高い身分があった方がいいとはっきり言われた。
バーシュタイン家のアイリーテ嬢への訪問は、見合いを兼ねていることは聞いていた。あくまで見合いの前段階の顔合わせ程度だが。
それでも自分としてはこんな早く決められるのは不本意だし、仲のいい父上母上のような恋愛に憧れていた面があるからだ。
運命の女性に出会い、邪魔してくる全ての障害を乗り越え、何もかも捧げるような恋に。
アイリーテ嬢はというと、赤い巻き髪が印象的な、ちょっとキツい顔をした令嬢だった。綺麗といえば綺麗なのだが、なんとなく笑っても意地悪な雰囲気で、正直裏がありそうで何か怖い。彼女も見合いは言い含められているのだろう。六歳の令嬢だというのに、妙に卒なく動き、完璧な挨拶をし、合間をみて話しかけてくる。
父上は公爵と話して、子供は子供に任せる流れ。自由恋愛派の母上は、無理矢理アイリーテ嬢と話させたりはしなかったし、昔憧れだったというフィリスと話すのに夢中になっている。
あえて自分はアイリーテ嬢の方を向かないようにしていた。今軍の幼年学校に行っているルーデル=バーシュタインの話を聞きたかったのもある。彼は王宮で小さな頃何度か遊んでもらったことがある。そのせいで私の方が身分は上だが、ついルーデル様と呼んでしまう。鳥の雛の刷り込みのようなものだ。
それはともかく、敷かれた線路は理由なく拒否したい子供っぽい反発や、婚約者になるかもという照れ臭さもあって、アイリーテ嬢の存在をスルーし続けた。
最初アイリーテ嬢は会話にも参加できずに、所在なさげにぼんやりと座っていた。
「マティアス様、よろしければ季節の花が綺麗なので、お庭でも一緒に歩きませんか?」
意を決して彼女がぎこちない笑顔で話しかけてきた。緊張しているせいもあるだろう。彼女も親にやらされているのだろう、私に対する好意があるとかいう感じはしない。
私は容姿と血筋のせいで、中身を知ろうとも知らない憧れや一方的な好意はよく向けられる。同時に血筋とそれに付随する利益に対して、笑顔を作って寄ってくる者も多く、そういった者が裏で陰口を言っていたり、暗殺者だったりしたので、初対面の人に対して疑心暗鬼は拭えなかった。
潔癖なまでの真面目すぎる面があると、両親には言われていた。
二人じゃなければ、散歩をしてもいい。私はまだ反発モードが切り替えできずに、アイリーテ嬢の兄、ルーデル様に話を振る。彼は今日の茶会の意味を理解しているのだろう、二人で散歩するように勧めてきた。だから、私は拒否した。
アイリーテ嬢はちょっと困った顔をしたが、兄であるルーデル様に対しては子供らしくふてくされ、兄と一緒に後で散歩できることには甘えたように笑った。
義務のような私への笑顔と違う、子供らしい笑顔。そんな彼女は次はお茶を勧めてきた。自分で淹れようとポットのあるワゴンに近づく、侍女がそんな彼女を静止する。
「大丈夫淹れられるわ。私すごく練習したのよ。」
「いえいえ、お嬢様が怪我をされたら、私たちの責任にもなりますから、お客様のお相手にお戻りくださいませ。」
主人である令嬢に意見をして、アイリーテ嬢の前に立っていた、侍女が怯えたような顔になり、オロオロとし始めた。出過ぎた侍女に、アイリーテ嬢が怒っているのだろう。
「お嬢様・・・・申し訳ありません、私どうしたら」
意地悪そうな顔の通り、普段から我が儘が通らないと、使用人に罰を与えるタイプなのかもしれない。ルーデル様が妹の傍に寄る、ハンカチを渡し席に座らせた。ハンカチは持っているが、頑なに彼女は使おうとしない。あるいは自分の状態に気づいていないのか。
彼女は目に涙を溜め、それを変に我慢しているせいかすごい顔になっていた。
泣いている少女に対して、『すごい』と表現するのは普通は間違っているのは分かる。だが、口を『へ』の字に引き結び、テーブルの一点を、何かを耐えるように悔しそう睨み付けている。その視線が上がる、私は目が合いそうになって、慌てて反らす。
その時、ルーデル様にそっと耳打ちされた。
「ちょっと、ここは堅苦しいから、妹と三人で温室でも見に行かないか?珍しい南国の鳥がいるんだ。」
ルーデル様は涙ぐむ妹に気遣ったのだろう。涙を溜め親の敵でも見るような顔で、私と兄を見ている妹を。
アイリーテ嬢の姿に些か罪悪感を覚え、温室行きを了承し、彼女と少し話してみようと考えたその時だった。
ふっ、と彼女が笑ったのだ。ひきつったような作り物ではなく、涙はそのままだがふわっと花が咲くような優しい笑顔で。私はその視線の先を見て、変な白いものに気づいた。生垣の上で揺れる二本の白い何か。
不審に思うのと同時に、彼女を微笑わせた何かを見たかったのだ。その動く白いものを確認に行こうとすると、アイリーテ嬢が焦ったように引き留めようとしてきた。隠そうとするのは余計気になる。彼女の制止を振り切り、ガタガタ音がした生垣の裏を覗きこんだ。
そこにはこけた台のそばで、銀髪の妖精のような少女が地面に倒れていた。
読んでいただきありがとうございました!




