フィリスはもっと厳しい
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結果から言うと王太子ご一家は許してくださった。
むしろ、私は眼中になかったシェーラ王太子妃殿下が私に話しかけ、私の隣で謝りながら緊張で固まっているユーリに、ニコニコ話しかけている。
フィリスは騎士見習いとして半年、騎士団に所属したが、凛々しくて王太子殿下やお父様たちに次いで、女子の黄色い声を集める存在だったらしい。その中でも、妃殿下はラブレターを送ったほどのファンだったとか。その思い出話の中でフィリスが、訓練等で後輩や同輩を身分関係なくぼこぼこにしていたこと。銀の髪と笑わないことから、『氷の騎士』や『菫の騎士』と異名もあったという話まで出てきた。
その過去があり擦り傷やアザは、王太子ご夫妻に氷の騎士フィリスが鍛えていたなら、仕方無いと受け止められた。
ちなみに、今のフィリスは厳しく無茶もするが、茶目っ気もあり優しく笑う人だ。冷たい氷というよりは流れる水が似合う。
「結婚前に集めた思い出の品があるの。フィリスやサリアスにも関係するものだから、機会があればアイリーテちゃんに見せてあげるわね。」
一度話し出すと、私にもシェーラ妃殿下は気さくで、フレンドリー全開で王族ぽくない。そんな妃殿下をカルドライン王太子殿下は、幸せそうに見ていた。結婚して十年近いはずだが、仲睦まじさは王国の皆が知っていた。
また、その中で話の便宜上、その場で女装ユーリの名前は『ルチア』嬢となり、公爵家にはあと一ヶ月程滞在予定となった。マティアス様は
「バーシュタイン公爵、この庭が気に入ったのでまた来ていいだろうか?」
とお父様に問いかけ、私に与えられた課題『再度マティアス様にうちに来てもらうこと』は無事クリアとなった。多分気に入ったのは庭ではないと思うが。
おかげで、フィリスの仕事も住む部屋も、今まで通りに落ち着いたのだった。
後半気がぬけた感じではあったが、王太子ご一家の滞在は、それなりに楽しく終わった。帰られた後は、我が公爵家の面々はほっと一息ついた。
私は疲れた顔をしているユーリに優しく声をかけようとした。最中もかなり半泣きで謝り通しだったユーリ。だが、私もかなり気が抜けていたのだろう。
『良かったぁ無事にすんで、話を聞いてくださって良かった。びっくりしたよね、ごめんなさいね、ユーリ。』
心の中ではそんな感じの言葉だったのに、気を抜くと悪い癖が出て女王様口調に変換される。
「ほーっほっほっほっ、私のおかげで無事だったんですよ!感謝しなさいな!ユーリ!」
お父様の表情も声もブリザード並みに、急速に冷えきった。
「まだ懲りていないようだな、アイリーテ。フィリス、軍隊式を許可する。」
「公爵閣下、承知いたしました。」
フィリスがちょっと変なオーラが出ている。どこからか馬に使う鞭を持ち出し、フィリスの手でピシィッと乾いた音を立てた。
「アイリーテ様壁に背をつけて立ちなさい!」
ピシィッ
慌てて私は壁に背を向け、気をつけの姿勢をする。
「姿勢が悪い!まず、今日何が問題だったかを述べなさい!」
ピシィッ、背筋が伸びた。
「えっと、ウサギの」
「声が小さい!やり直し!」
ピシィッ、お腹に力を入れて声を出し直す。
「ウサギ耳をつけたことです!」
ピシィッ
「母さん、公爵様僕も悪いんです!リーチェ様だけが悪いんじゃない!」
「そうね。ユーリも立ちなさい。貴方は何故止めなかったの?意味は知ってたわよね。」
ピシィッ、鞭音がユーリの顔の近くで鳴る。壁に当てたのだ。どこか、苦い顔でユーリが応える。
「リーチェ様が嬉しそうで、すごく楽しそうだったから。」
「間違ったことを主人が選択しても、それを諌めないの?間違いを教えないの?理不尽な逆恨みによる人殺しでも?」
「僕はリーチェ様が望むなら何でもします。」
ユーリは天使のような顔で、フィリスに毅然と答えた。その顔はあまりに真剣で、横から見ていた私はちょっと照れた。
「ユーリ、かっこよく答えても。根本的に間違ってるし、危険過ぎる。そして、何より貴方のその考えは、アイリーテ様のためにならない。でも、その話は時間がかかりそうね。貴方と話すのは後にしましょう。さて、話を戻して」
ピシィッ、フィリスが顔を私に向けた。
「アイリーテ様は、何故怒られているのか理由を述べよ!」
「ユーリに獣人の真似をさせたからです!」
「説明が足りない!やり直し!」
「えっと・・・」
考えていると、また鞭が鳴る。今度は肩に当たった。
「アイリーテ様体をグネグネ動かさない!直立不動!」
「母さん!」
「ユーリも直立不動!そして黙ってなさい!」
このやり取りは約一時間続いた。その中で獣人の女性の立ち位置や、獣耳の女性がどう見られるかの解説がされ、自分でそれを復唱させられた。
差別と偏見で獣人がつける職業が少なく、色街に堕ちる女性が多い。また、逆に色街方面では獣人娘は人気もあるため、普通の女性が色街では獣耳をつけたりもするらしい。それが、真贋問わず獣耳の女性に対する、偏見を生んでいるのだという。その中では猫耳に次いでウサ耳の人気は高い。
逆をかえすとまともな感覚を持った、普通の家や貴族の使用人が普段そういう耳をつけることはあり得ない。
獣耳をつけた少女=お父様がそういう目的で囲っている少女となったのは、不名誉ではあるが妥当な結論だったのだ。
そういった不名誉な疑惑をかけられたお父様は腕組みをし、私がフィリスに怒られているのを口出しせずに見守っていた。
「ごめんなさい、そんな意味があるなんて知りませんでした。私が全て悪かったです。もう、悪ふざけでユーリに耳をつけたりしません。ごめんなさい。」
一時間後、私は涙でぐしゃぐしゃになりながら、直立不動で皆に謝った。
ちなみに、鞭が当たったのは壁ばかりではない。主君の娘に鞭を打てる厳しい乳母。はからずも『フィリスが訓練したなら仕方ない』、王太子が言ったその根拠を、身をもって知る結果となったのだった。




