王子様(仮)は結構厳しい
ユーリにドレスを着せたのは、私のほんの気まぐれだった。トレーニングの時に見たユーリのドレス姿が、あまりに似合って可愛かったから。
ユーリの瞳に合わせた薄紫のドレスに、差し色で白の大きなリボンを腰に結んで、髪も二つに分けて編み込み&三つ編み結ぶリボンはもちろん細い薄紫。止めに本当はエプロンにメイドみたいなヘッドドレスにしたかったんだけど無かったから。カチューシャみたいに頭の上に白と薄紫のリボンを重ねてるところに、ピンでナプキンと厚紙で作った白いウサギ耳がピョコンって立たせた。超可愛らしいバニーちゃんユーリ。
こけて痛がっているユーリの前で、マティアス様の頬が染まっている。しまった!しまった!ユーリに可愛い格好なんてさせるんじゃなかった!!出入りの八百屋とか肉屋とかだけじゃなく、またファンが増えちゃったじゃない!?
人が恋に落ちる瞬間を見た気がしていた。
だが、次のマティアス様の言葉は予想していていた甘いものではなく、怒気を含んだ厳しいものだった。
「バーシュタイン公爵、獣人の格好をした傷だらけの娘がいるのですが、公爵のご趣味ですか?倫理的に問題があると思うのですが。」
「いえ、そういう趣味はないのですが」
マティアス様は興奮で頬を染めて、本気で公爵を詰問する。どうやら怒っていたらしい。事態の把握が出来ていないお父様は、戸惑いつつどこか歯切れが悪い、そのため身内から見ても大変怪しく見えた。
そういえば、この国では獣人の血を引く人はすごく見下されたり、いい仕事につけないって聞いたことがあった。女性では色を売る仕事に付く人も多いらしい。
ただ全ての場所で偏見があるわけではなく、例えば多種族が住む魔王の国と呼ばれる場所では、獣人は一種族として認められ、貴族もいるし、身体的特性を生かし軍人になる者も多い。
とりあえず、そんな訳で流れ弾で幼女趣味と疑いを持たれたお父様は、ユーリの姿を見て咄嗟に言葉が出なかったようだ。
「それに、彼女は怪我を随分していますが、何故このようなことに?」
「それはこけたためです、護身術の授業中に。」
確かにユーリの手足には、護身術とやらでドレスで逃げる練習をしたせいで、こけまくったため擦り傷やアザが沢山ある。
やっぱりお父様の説明が、事実なはずなのに歯切れがわるい。ドレス姿にもびっくりだが、事実を事実のままに説明するととんでもないことになるからかもしれない。
バニーちゃんならぬ獣人の格好だけでも、結構倫理的に問題ぽいのに、美少年を女装させてるとなったらどんな反応になるのだろう。ヤバい!ヤバいよお父様の名誉!少女趣味の少年趣味って、なんか高尚な貴族趣味といいつつ、闇で子供を買ってそうなくらいヤバい。怪我してるせいで虐待とか、鞭と蝋燭もオプションで小道具でつきそうな勢いだ。
もちろん、元凶の私は『ごめん、お父様』と心で詫びつつ、一生懸命フォローを入れた。
「私です!私がやったんです!お父様は関係ありません!」
「彼女手足に怪我もしていますよね。アイリーテ嬢は立場の弱い使用人にこのような格好をさせて、貶めいじめているのですか?」
お父様をあらぬ疑いから守るため、自分が犯人だとちゃんと告白したはずなのだが、何故か良い方向に転がらない。
「違います!私が遊んでいただけです!」
「こんな辱しめを立場の弱い相手に、遊びだと言って強要するのか?」
ああっ!顔が意地悪すぎて、そっちにとられたか!私は次の言葉を探す。公爵令嬢と使用人立場が違い過ぎて、何を言ってもいじめをごまかす言い訳にしかならない気がする。言ってから気づいたが、遊んでいただけなんて、いじめの言い訳の最たるものだ。
婚約もしていないのに、真実の愛に目覚めた王子に断罪されるのだろうか?
その時ユーリは何かをつぶやいた。私には聞こえなかった、それが聞こえたのか、マティアス様が振り返る。ビクッと身を縮めるユーリが小動物めいて、怯えた時でも可愛い。
その時、フィリスが場に割って入った。そして、ユーリに顔を寄せ、並べて見せる。
「マティアス様落ち着いてください。彼女は怪しい者じゃないです。彼女は私の親戚です、ほら」
「まぁ、ほんとに昔のフィリス様にそっくり。」
シェーラ妃殿下はなんだかとても嬉しそうだ。フィリスが言葉を続ける。
「彼女はサントカル国で商人の妻をしている、従姉妹の娘なんです。ずっと疎遠だったのですが、公爵家に私がいると伝わったようです。それを口実に突然行儀見習いに来たのです。まぁ、顔を繋いで、あわよくば公爵家と商売上か血縁かでつながりを持つためでしょうが。」
公爵家のお金かルーデルお兄様狙いでしょうと言外に言い、呆れたような演技をフィリスが続ける。サントカル国は隣の隣の国で、隣との間には広い海があり、すぐに確認をとれる距離ではない。ちなみに、魔王の国は荒野と小規模な砂漠を隔てているが陸続きである。
女装を説明するとややこしい説明になるから、どう話しても言い訳くさくなるし、とりあえず適当に嘘をついたと、フィリスは後で語った。それが良かったのか、悪かったのかはその時の判断で変わることになる。
「また、獣耳に関しては国が違えば、受け入れられ方も違います。あちらは混血が多いですし。子供同士で気軽に遊んだとしても不思議はないでしょう。あと、傷だらけなのは、私がアイリーテ様と一緒に護身術を教えたせいです。」
私はコクコク首肯きつつ、はしたないのは承知でドレスをめくり、「私も同じように怪我をしている」と訴え、擦り傷やアザの出来ている膝を見せる。そして、泣きそうに見えるように目を伏せ、しおらしくしてフォローを入れる。
「その耳は私とウサギちゃんごっこをしてたせいですの。お騒がせしてごめんなさい。」
六歳の子供のお遊びです。お父様が幼女趣味じゃありません、そして意地悪令嬢のいじめでもありません。純粋なウサギちゃんごっこ、子供の遊びです、一生懸命アピールする。
フィリスが王太子夫妻とマティアス様にひざまずく。嘘をついて親戚としたとはいえ、ユーリ=息子の関わる話だ。最初問題になったウサギ耳より論点をずらしつ、フィリスは強い意思を持って、ユーリをそして私たち親子を庇う。
「それでも、私の親族が無断で王太子殿下に近づこうとしたのは、大変な不敬かとは思います。その罪があるのであれば私が受けます。ただ、見ての通りまだ幼い子供です。できましたら、当人には寛容なご判断をお願いいたします。」
フィリス自身はどんな罪でも受け入れますと、深々と頭を下げた。
読んでいただきありがとうございました!