異世界転生準備部は今日も備えを怠らない
親を恨んだことはない。が、間違ったんじゃないかなと思うことはある。
俺は今、教室で一人だ。授業が終わったばかりの教室にはクラスメイトたちが会話をしているが、俺は己の席に一人でいて周りに話す相手もいない、つまりのところ「ぼっち」というやつである。
そうなってしまったのも、俺が季節外れの編入生というところにある。親の仕事の関係で急遽隣の県へと越してきた俺が編入したのは5月の終わり。高一のその時期なんて、4月の入学式からクラスがまとまりGW明けには付き合いが固定されて、初めてのテストが行われる準備で忙しい時である。
そんな何とも難しい時期にクラスに来た隣県の地味な男なぞ、高校生にもなれば男女ともに興味を持たれることもなく、気づけば俺は一人で行動するようになっていた。俺自身も無理やり誰かと行動しないと不安だとかはないので、積極的に声かけしなかったのもあるが、すっかり孤高の男になってしまったのである。
別に他人と話すために学校に来ている訳ではないのだから構わないのも本音だが、周りを見れば楽しそうにグループが出来ているのを見てしまうと、時期を間違えたなとも考えてしまい、思わずため息が出るのも仕方のないことじゃないだろうか。
教室にいても詮無いことを考えてしまうので、さっさと帰ることにした俺は、こちらに来て早くなった身支度を整えると教室を後にする。教室から出てしまえば俺も、ただのこの学校の一生徒になったようで少しは気が楽になる。更に学校から出てしまえば、それはもうただの学生服を着た俺でしかない。
同じ日本という国でも、今住んでいる県とは違う環境で生活していたのだから、今の俺は何処か違う世界の人間なのかも知れない。なんてふざけた事を考えていたからなのか。俺の目の前で、肩を超える黒髪をポニーテールにしている美少女が、「異世界転生準備部」というポスターを廊下の壁に貼り付けている場面に出会った。
ポスターに書かれている文字を理解しようと、思わず立ち止まってしまった俺に気づいた美少女が振り向くと、じぃと此方を見てニンマリと笑ったのだった。
「君は一年の時期外れの編入生くんだね。もしかして興味あるかい?それとも君が異世界転生者だったり?」
「は?」
もしかしなくても、やばい人物だったかもしれない。初対面の美少女は話し振りからして先輩なのだろうけど、そんな見た目から想像できる内容でも調子でもなかったせいで、俺の頭は考えることをやめかけている。そんな俺の様子を察しているのか、いないのか。目の前の綺麗な先輩はウンウンとしたり顔で頷いては、ビシッと俺を指差してはグイグイと話し始めた。
「いや、皆まで言わなくてよろしい。わかるぞ君は今こそ備えるべき時なのだ!そう、異世界転生に対する備えをだね!!」
「あの、突然何なんすか」
「ほらよくあるだろう、異世界転生や転移なんかに季節外れの転校生は巻き込まれやすいのだ。後は疲れた人だね。ふむ。君はどうやらどちらも素質がありそうだが、ちゃんと備えているかい?異世界転生はいつ来るかわからんぞ」
「いやいや、そんなの普通ありえないから」
「ふふふ。いいかい?世の中、人が考えることは実現できるという。ならばあり得ないことと言い切るのは不用心ではないかね?そこは君、備えあれば嬉しいな、の精神だよ!」
この先輩は人の話を聞かない人だということがわかった。俺とは違うのだろうが、何処か浮いている雰囲気の人だ。美少女でも口を開けば残念な人物というのを初めて見たが、こうして絡まれると中々に強烈である。異世界転生なんて荒唐無稽な話であるはずなのに、何となく説得力があるように感じてしまったのは、美少女に迫られるというシュチュエーションだからなのだろうか。街中で絵を売りつけられたような気分かもしれない。
「そんな訳で、今から一緒に部室に行こうではないか!」
「部活なんすね。俺、帰宅部するつもりなんで結構です」
「我が異世界転生準備部はだな、私が部長、もう一人が副部長だ。そして君が3人目になる」
「本当に人の話を聞いてないですね。俺、入るだなんて言ってないですけど」
「けれども君は、季節外れの転校生で疲れているだろう?まさに逸材!是非に部員になり備えをするべきだ。詳しくは部室で副部長も交えて話そうではないか!」
そこで強引に手を繋がれた俺は、この残念な美少女である先輩と一緒に副部長と呼ばれる人が待つ部室へと向かうことになった。決して初めて異性と手をつないで嬉しかったとか、黙っていれば美少女である先輩の手がとても柔らかくて離し難かったとかではないのだ。家に帰ってもやる事ないのだから少しぐらい見学してもいいと思ったからということにしておく。
そうして向かった先は、通常の教室のある東棟ではなく、西棟にある第二理科室と書かれている教室だった。ドアを開けた先には一人の、これまた綺麗系の眼鏡をかけた女性が座って本を読んでいた。此方を見た後、手を繋がれ引っ張られている俺で状況を察したのか、大きめなため息をつくと本に栞を入れてパタンと閉じた。
「薫子、元の場所に戻してきなさい」
「えぇー!嫌だ。ちゃんとお世話するから部員にしていいだろう?ね、巴ちゃん」
「人様にこれ以上迷惑をかけないと校長先生とも約束したでしょう」
「でもでも。今回は爆発してないよ?ほら、時期外れの転校生だから部員にするべきだよ」
「爆発させてないから人様に迷惑かけていない訳じゃないでしょう。彼だって嫌がっているのではないかしら?」
黙って聞いていたが、この二人は俺を捨て犬か何かだと思っているのだろうか。そこで初めて俺は、ここまで連れてきた残念美少女先輩が、ちゃんと俺のことを考えたのではないかと勘繰ってしまうのも仕方がない。俺の顔を見て、繋がれている手を見て、再び俺の顔を見た先輩は、首を傾げた後困ったように眉を下げる。もし耳や尻尾が見えるのならば、激しくションボリとヘタれているのがわかる。
「君はこの部活に興味がないのに、私が連れてきてしまって嫌だったかい?」
「あ、いや、困りましたけど、その……嫌ではなかったです。ポスター見て名前が気になりましたし」
「そうだろう!ほら巴ちゃん、彼は嫌ではなかったって言っているぞ」
「はぁ。君も困ったならキチンと言わないと、薫子は話を聞かないから気をつけなさい」
口を開けば残念なケモ耳と尻尾が見える美少女の先輩に、きっとこの眼鏡綺麗系お姉様な先輩も甘いのだろう。そしてそんな二人を見る俺も、多分この時点で覚悟を決めていたと思う。
とりあえず見学をということで、いよいよ異世界転生準備部なんて名前の部活動の内容を知る機会が来たわけである。三人で椅子に座ると早速部長であるという、薫子と呼ばれていた残念な以下略先輩が話始めたのだった。
「さて、我が異世界転生準備部なのだがね。実をいうと正式には同好会扱いだ。更に言えば加入者が私と巴ちゃんの二人しかいないので、三人以上の加入で認められる同好会でもない準同好会なのだよ」
「顧問を校長先生がして下さっているので一応活動を認められているけれど、放課後にこの教室を使う許可があるくらいね。部費とかもないけれど部活動会議なんかには出なくていいから楽ではあるわね。その代わり学校内では非公式活動のように思われているけれど」
いきなりの事実だったが、思えば確かに部員の数が少ないので然もありなんといったところだろうか。しかしながら、顧問が校長だというのには驚きである。だが、先ほどの二人の会話を聞いていると他の教師では務まらなかった可能性もある。そこまで学校が認める必要があるのか、もしくは認めざるを得ないくらいに注視しているのかもしれない。
「俺を入れて同好会になりたいというわけですか」
「別に同好会になりたいとか、部に昇格したいとかは無いぞ。準同好会であろうと異世界転生準備部は異世界転生準備部なのだからな!」
「そんな部長の方針だからね。私は君が加入しようと、どちらでもいいわ。活動内容だけれど、薫子が好きにしているのが殆どかしら。私はここで本を読みながら、時々薫子のやらかしを処理するって感じね」
「むぅ。私はやらかしなどしていないぞ!この間のは突然、異世界転移をしてしまって森の中で一夜を越さなければいけない時用の火起こしの練習だったのだが、ちょっと火の回りが早かったのが敗因だったからな」
「あら、やらしたって自覚あるじゃない」
何とも不穏な会話であるが、活動内容が少し聞けた。異世界転生準備部というだけあって、異世界に転生してしまった時に備えての色々を身に着ける活動ということらしい。
「サバイバル部ってわけでもないのですね」
「あくまで異世界転生、転移に備える為だからな!他にもこの世界でいう中世時代の文化レベルに転生した場合のチート知識の勉強などもあるぞ。そう考えると多岐にわたる知識や教養が必要だからな、きっと君のためになるだろう」
確かに、そう考えてみると異世界転生に備えて知識を蓄えるというのは、現代を生きる上でも為になる事なのかもしれない。決してその非日常な想定をして備えようとしている目の前の先輩が残念だが美少女だったからでもなく、もう一人の先輩もクールめな反応であってもどこか優しいお姉様な先輩だからというわけでもなく、俺はこの異世界転生準備部の3人目の加入者になることを決めたのだった。
好きで孤高な学校生活を送りたかったわけではない。このくらいの展開は別にいいではないか。そんな言い訳を用意しつつ、次の日学校に行ってみれば、俺が異世界転生準備部に加入した事が広まっており、俺は編入初日以来、久しぶりにクラスメイトと業務連絡以外の会話をしたのだった。
聞けば、異世界転生準備部の二人は有名な人物だった。特に部長の薫子先輩は全国模試トップクラスの学力、運動神経も抜群であるらしい。そしてあの美貌と口を開けば残念なところも人気があり密かにファンクラブもあるのだという。副部長の巴先輩も有名な病院を経営している家のところのお嬢様であり、また学力優秀な眼鏡美人なので高嶺の花なのだそうだ。しかし、色々と騒動をやらかすこともあるので、遠くから観察したい系の二人なのだとか。そのことを教えてくれたクラスメイトには、頑張れよと肩を叩かれた。
俺はこれからの学校生活で、どこか間違ったかもしれないと考えることもあるかもしれない。けれど、それよりも今は期待の方が大きい。他県から越してきた俺は、この新しい場所で生きるのだ。疲れた顔はするかもしれないけれど、これからは異世界に転生してしまうような疲れではないはずだ。俺にとっては、きっとここが転生先みたいなものなのだから。