【3話】満月は闇夜に包まれ
「ここだよ」
俺は廃工場の前に立って言う。魔女……火水は一瞥した後に眉を顰める。
「どうしたの?」
そんな彼女に訝し気に俺は訪ねる。なんとなくだけど身が引き締まったような感じがする。気のせいだろうか?
……なんか、俺より大人びた感じがして止まない。
「……」
「……」
彼女が黙るので気まずい空間が流れる。
すると唐突に歩き出す。入り口の前に立ち尽くしてドアノブを見る。
それに釣られて俺もドアノブを疑視する。
「……これは!」
情けない声で俺は呟く。彼女はそれに触れて指で擦ってから
「血ね」と、呟く。
動揺する俺に対して彼女は頗る程落ち着きを保っていた。
この先には尋常じゃない程の霊気や妖気などのマイナスが取り囲んでいる。つまり、陰陽師の力の見せどころだ……! 落ち着けば大丈夫だ……満月輝。
自分にそう言い聞かせから顔を上げて彼女を見ると彼女はドアノブを開けて入ろうとしていた。
「ぁ」
俺はそれに続く。
IN【Retirementfactory】
暗い。兎に角、暗い……。1M先も見えない……。なんだ? この臭いは? 死臭とかいろいろな臭いが混じってやがる……。
正直、気持ち悪い。
吐き気がする……。
「……? 誰」
「え?」
火水の言葉に僕は情けない声を挙げる。
物陰から姿を表したのは銀髪で長身の青年、童顔ではあるが凛々しい顔立ちをした美男子だ。
「……く」
なにより、尋常じゃない程……強い! 次元が違いすぎてる、寿先生なんか目でもない……。圧倒的な実力の差がある。リラックス状態……力も何も入れてないのにこんな差があるなんて……!
「……ミュイリの記憶にあった……貴方は……」
ミュイリ? もう1人の魔女?
「……おいで、この工場の最深部に連れて行ってあげるよ。その間にこの工場について話そう」
青年は紳士的に言う。俺はその優しさが不気味で仕方なかった。
「……貴方は?」
火水が青年に声を掛ける。青年はその言葉の真意を探るように見てから彼は向き直り足を進める。彼が何を見たのか? 俺は何もわからないでいた、舌足らずの火水の言葉の意味すらもわからないでいた。
「……。そう君は知りたいんだ真実を……そして、僕も」
「貴方は知ってる筈だよ? 彼は生きてるって」
「………」
置いてけぼりだ……やっぱり。俺だけ、何も知らされてないし何もわからない。俺は……ちっとも優秀じゃないんだ。
俺は、弱いんだ。
「……。話を戻そう」
青年は一間空けてから喋り出す。
「この工場……何を作っていたか知ってるかい?」
青年は俺に向けて尋ねてくる。いきなり当てられた俺は少し退いてから、コホン。と、払ってから言う。
「……わかりません。でも、ここは30年前から機能してない筈です」
「なんでそう言えるの?」
「え?」
逆に質問。そしてその答えを探すのは楽であった。
「そりゃ、廃棄された後に誰かしら調べた……!?」
なら、さっきからする死臭って……?
まさか……?
「そう、調査に入った警察。それに業者、溜まり場にしようとした不良。それが……この死臭の正体だ」
……だけど、なんで? そう疑問が残る。なんで人が死んでいったのか、誰も居ない筈の廃工場で何が出来るんだ? 食料も無く? なんだっていうんだ……。
「だが、疑問が出来る筈だ、なんで誰も居ない筈なのに死体が出来るのか……。それが、さっき君に問い掛けた質問に繋がるんだ」
青年は立ち止まり、俺の方を向いて言う。
「廃工なんていうのは、実験の為のデマカセなんだよ」
「!?」
実験? 実験っていったいなんなんだ? 人を殺すような実験……毒ガスか? いや、そうじゃない……。何より気になるのは……死体がないのに死臭がしてる。
掃除をしてる? それは否だ、暗くて全然見えないんだが壁に血が付着してる。触った感じからして真新しかった。
それはおかしい……。綺麗にしてるなら無い筈だ、血なんか見つかれば詳しく調べられる筈なのに……。
いや、調べたとしても殺されるんだ。だけどなんで建て壊しをしないんだ? まるで、“何か”を隠してるみたいに?
何かって、なんだ?
「……死体が無いのは簡単」
火水が口を開く。俺は立ち止まって次の言葉を待つ。
「喰われたから」
「え?」
間抜けた声が工場の中に響き児玉する。
「そうだ、ここの隠された研究とは……」
『ぐぅぎゃああああぁぁぁぁああぁぁぁぁあああああ!!!!』
同時に響き大きな叫び声。
否、これは人の悲鳴!? なんだってんだ!!
「伏せろ!」
銀髪の青年の恫喝に動きかけてた俺は倒れ込むかのように倒れる。倒れた瞬間に赤い閃光のような物が駆けた。その閃光は空を駆りまた闇に溶ける。
「敵?」
「それ以外になにか?」
「……」
火水の厳しい言葉に少し傷が付く。
「ここの実験。それが生体実験だ」
「な……?」
「黄昏の夜」
「知ってるんだ…」
「私とミュイリは記憶を少し共有してたから」
銀髪の青年は何も言わない。ただ、目を瞑っているだけだ。精神統一だろうか?
「常夜の闇は終わらない」
何を言ってるんだ?
「大きな闇は砕かれても蛆虫如く矮小な闇が増殖する。至極真っ当にくだらん」
銀髪の青年の周囲に青白い火の玉がワルツを躍るかのように優雅に舞、火の玉は円を描き、そこから螺旋を描く。
綺麗だ。一言呟ける。しかし青白い火の玉は自分の周りだけを照らしなにも見えないのは変わりない。
闇に包まれた光は輝きを失う。そんな表現が正しいのかもしれない。
「滅されろ」
5つの火の玉から青白い線が見えてきた。これをなぞると自分が移動をしてた軌道に沿っている。
その火の印の完成は大きな“魔法陣”
「火竜の息吹」
その魔法陣から放たれるのは凄まじい熱量の業火。灼熱の息吹は少し上向きに放ち、全ての物体を全て焼き払う。
「すご…」
「………」
「甘いよ、僕を倒すには」
銀髪の青年は不気味に笑う。そして、上から何かが落ちてくる。姿はまるで蠍。紫の光沢をして目の部分が赤く光っている。しかし普通の蠍という大きさではない。体長は3mと言った所か?
先程まで黙視出来なかった筈の姿が見える……。先程の攻撃で壁が破壊されたんだ。だから、月明かりが漏れてるからだ。
「くだらない時間を取りたくはないんだ」
銀髪の青年の恫喝。それが工場の中に広がった