本当にカップルではございません
その時、良い雰囲気を壊すようにして、一人の男が店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ。お席はこち………」
「いや、飯食いに来た訳じゃない」
彼は妙義からの席案内にも耳を向けずにまっすぐ俺たちの席の方へと歩いてくる。また、黒が何かをやらかしたのだろかと思い、黒に疑いの目を向けると、黒は首を横にふって見せた。
どうやら黒に用があるわけではないようだ。
「あの、ちょっといいですか?
おっと…カップルですか…。安心してください二人の時間は取りません。ちょっと教えて欲しい事があるんですよ」
どうやら俺たちに聞きたいことがあるらしい。
なぜ、わざわざ俺たちに聞きに来るのかと疑問には思った。
しかし、そんな男の発言に黒は赤面しながら、
「バッ…バカ。カップルだなんて~そんな私たちがカップル。変な事を言わないでよ!!」と恥ずかしそうに男に向かって答える。
すると、その発言を聞いた妙義は、
「おい、お前らそういう関係だったのか。クッ…羨ましい。早く私も彼氏を作りたい」
激しい熱意とやる気を出してまるで何かに燃えているようだった。
二人の様子がおかしいのはひとまず置いて、俺はその男の話を聞くことに……。
「なぁ、それで聞きたいことって何なんだ?」
「あっ…はい。実はですね。物を失くしてしまって。大切なもの何です。町のどこかで落としてしまって、町中で見ていないですか?
錠前付きの箱なんですけどね。大事な物なんですよ。
鍵がかかってまして……錠前なんですけどね」
町で失くした鍵前付きの箱ってそんなのを俺たちに聞く意味がないはずだ。
よっぽど大事な物なのかもしれないが、周辺にいた人や警察に尋ねるか、盗まれているであろう事を諦めるか。
その二択のはずなのだが。
鍵前付きの箱…鍵前付きの……鍵前…………鍵…?
「お前まさかとは思うが……」
俺には嫌な予感がしていた。
こいつの本当の目的は落とし物ではないのでは……。
最近何度も何度も耳にするあの言葉。
俺の周囲の空気だけが重く感じ始める。
「もしかして知ってるんですか? 私の大事な錠前付きの箱を?」
男はニヤリと薄ら笑いを浮かべた。
やはり、何か企んでいるのだろう。
「───ああ、知っているぜ。まぁ、外に出よう」
そう言うと俺とその男は店の外へと出ていった。
二人は店から出るとお互いの顔を確認する。
見覚えのあるかどうかを見極める為であったが、ここまで来たらお互いやるべき事は分かっていた。
「では、教えていただけませんか? 錠前付きの箱のありかを」
「なぁ、確認してもいいか?」
俺は答えを確実にするために、男にとある質問をする事にした。
「なぁ、お前の狙いは錠前付きの箱じゃなくて鍵穴じゃないのか?」
俺は男を睨み付けながら質問する。
すると、その男はその質問に答えずに黙り混む。
やはり、こうなる運命なのだろうか。
「ご名答。俺の名は『岩菅』。
先日、とあるお方たちに真ルイトボルト教にお誘いいただいてその教えに心を打たれ、今までの罪を洗礼することにした信者。
あのお方の力で俺は素晴らしい能力も手に入れ今ここにい。」
真ルイボルト教……そういえば黒も先程、~教がどうとか言っていた気がする。
また面倒な奴に絡まれてしまったようだ。
「さぁ、教えてくれないか?
鍵穴の者を…。神のため、神の意思。鍵穴の者は堕落を極めし者。神の裁きが必要なんだ。
使命 目的 試練 なんです。神のためぇぇぇ」
突如、発狂したように豹変した男はまるで水に放たれた金魚のように元気になっている。
最初に店内であった時とはまた違った印象である。
長文で奇怪な自己紹介を聞くと、さすがの俺も引いてしまう。
今の自己紹介を聞いていたが、どうやらこいつは魔王軍幹部ではないらしい。
だが、きっと幹部からの追っ手であろう。
倒しておくべき相手だろうが、明らかに関わりたくないと思う。
こんな変人を相手になどしたくはないのだ。
しかし、こいつは真ルイトボルト教であり能力も手に入れたと言った。
先程の黒が言っていた宗教名に似ているが、やはり、関係はあるのだろうか?
色々と気になることはある。いつものように簡単に済めばいいのだが。
こいつも能力を持っているということは厄介である。
「おい、鍵の獲得候補者を探してるのか?
なら、俺に勝ったら教えてやる」
俺はメガネをかけて、数少ない小銭を握りしめると戦闘の体勢を整えた。
店の前で営業を邪魔するかのように戦いが始まろうとしている。
しかし、岩菅のとある一言が俺に一瞬の隙を作ってしまった。
「おや、もしかしてあなたですか?
鍵の獲得候補者は…なるほど、なら良かった。あなたを殺せます。
地獄 黄泉 冥府 煉獄の炎で炙られながら料理ができますからね」
これまで何のヒントも情報も与えていないつもりだったのだが。
「なぜ、俺が鍵の獲得候補者だと?」
驚いていた俺に岩菅はニヤリと笑いこちらを見ながら、
「たった今情報がきたんですよ。俊敏 速攻 です」
そう言うと岩菅は地面に座り込み、両手を付いた。
その行動からして、更に奇妙である。
ただでさえ奇妙な男なのだ。いや、そんな男だからかもしれない。
それよりもこいつにバレたことが最も痛手である。
おそらくこのままこいつが情報をばらしてしまえば、それこそ俺の日常が崩れてしまう。
毎日毎日、押し売りのように魔王軍の関係者が襲ってくるのだ。
それこそ、俺の異世界?ライフが滅茶苦茶にされてしまう。
それだけは避けなくてはならないのだ。
俺は今ここで、この岩菅という男を始末しなければならないのだ。
俺は岩菅に向かって走り、拳をお見舞いしてやろうと思っていた。
気絶させて簀巻きにでもしておけば、まず俺の情報が漏れることはないだろう…と考えたからである。
「!?」
しかし、彼を殴り飛ばすために近づこうとした時、俺は思わず奴との距離間を広げてしまった。
地面が燃えているように足元が熱かったのである。
まるで灼熱の太陽に晒された砂漠に裸足で走り回っているようだった。




