借りを作らせるのは得意です
あの時、英彦が暴走していたあの日。
回想はあの日に遡る。
「ぐぁぅ」
「プシュぅ」
「ろりぇぅ」
痛みも感じないまま燃え尽きていく付喪神達。
笑い声と悲鳴。
それでもなお、襲いかかる付喪神達。
「おい、君は誰だ。暴走していると聞いたが、そいつはどこに………。英彦君? 君は英彦君か?」
その時、駒ヶが呼び掛けてもそいつは暴走を止めなかった。
まるで駒ヶの声が聞こえていないかのように、ただ獣のように悪魔のように…欲望のまま殺害を楽しんでいるように見える。
運良く近づけた付喪神には、首をちぎり足をもぎ捨て胴を裂く。
攻めようとしている付喪神には焼き焦がす。
「アハハハハハハハハ!!!!」
沢山の血を雨のように浴びながらも行動を止めなかった。
駒ヶにはそいつは近づいてはいけない者だと分かった。
だが、それと同時に助けたいという気持ちが強くなっていく。
「それ以上は止めろ。さもないと俺はお前を斬らねばならない」
そう言って剣を構える。
すると、ようやく気づいたのか、そいつは振り返り駒ヶを見つめる。
やはり、それは英彦であった。
だが、英彦ではない。
駒ヶに気づいた英彦がまず行った行動は、宣戦布告であった。
何も躊躇わず、呪文も唱えずにいきなり最終奥義を駒ヶに放ったのだ。
激しい轟音と共に焼き付くされる木々。
「───危なかった。本当に危なかった」
駒ヶは生命の危機に陥っていた。
何とか技の範囲外に避難できたのだが、駒ヶは改めて最終奥義の威力を知ることとなったのだ。
本来、“ラグナロク”とは世界の終末。
神と怪物によって世界は燃え、大地は沈む程の戦いの事…と駒ヶは昔何かの本で読んだが、神が放った時こそ世界は終わるのだろうか。
そして今、目にしたのは禁断の魔法とも呼ばれる炎の柱。
この炎なら最大火力で世界を燃やし尽くせるかもしれない。
「──なら、俺でもまだあいつを止めれるかな?
あはは」
駒ヶには勝てないと分かっていても、相手が人間だからという謎の自信が生まれる。
絶対に勝てないと分かっていても、彼の戦意だけは消えなかった。
黒煙の中からゆっくりと立ち上がった駒ヶを見つけた英彦は三度瞬きをすると、また笑みを浮かべて連続で放っていく。
何度も何度も、駒ヶに向かって最終奥義を放ち続けるのだ。
「お前………………バカッ……………もう少し……………加減を…………」
全速力で技の範囲外に逃げている駒ヶ。
付喪神達を殺しながら駒ヶも殺ろうとする英彦。
駒ヶはしばらく逃げ続けていたが、今度は英彦に向かって走り始めた。
駒ヶは剣士である。
駒ヶには斬撃などはできないので接近戦でしか戦えないのだ。
仮面を被ってて接近戦なんてできるのかよ…と思われても仕方がないが、その状態でこれまで戦ってきたのだ。
その腕前は素晴らしく王レベルの付喪人にいた塩見よりは劣るがそれでも普通の人よりは良い。
想いを込めて斬る、または突く。
駒ヶの人生についてはいつか答えるとして、それが駒ヶの戦いであった。
間合いは良い。
英彦の技を避けながら駒ヶは近づく。
英彦本体にとっては戦うには早い相手であるが、今の英彦とは……。
駒ヶは剣を抜く。
地面を蹴りながら走り、間合いを正確な位置にする。
「この技はお前の味わう最期の一撃だ。
『終幕・泣斬馬謖』」
激しい風圧と共にまばゆい光が発光し放たれる一撃。
そして、英彦に鋭い一太刀を浴びせた。
駒ヶの放った剣技は英彦だけでなく、その後ろにいた付喪神達にも当たった。
その衝撃波によって何体かの付喪神達が消し飛んだのだ。
「英彦……。目を覚ませ」
そう言って駒ヶは振り降ろすのを止めて、剣先を英彦の首に向ける。
だが、肝心の英彦からは下を向いて反応がない。
もう攻撃をすることもなく、ただその場に立っていたのだ。
「まさか、英彦を殺ってしまったのか?」
駒ヶは不安になり、一瞬躊躇ってしまう。
だが、それが英彦の狙いだったのだ。
顔をあげて駒ヶを見ると、英彦は首を掴んだ。
「グッ…ぁ……」
駒ヶを見つめる顔は笑みを浮かべていたが、見開いた目は正気を失っているような虚ろ目になっていた。
じわじわと首を締め付けられていく。駒ヶは次第に息苦しくなってきた。
なので、その状況から抜け出そうと暴れるが、英彦はそれを見て楽しんでいるようだった。
そんな中でも無限に付喪神達が襲いかかるが、その度に消されていく。
もうこの場に英彦を止められる者はいなくなったのだ。
駒ヶは悔しさを胸に次第に意識を失っていった。
「若者よ。生きたいか? そいつを救いたいか? 未練を残したまま召されるのは腑に落ちないか?」
意識を失う寸前に聞こえた声……。男の声だ……。
駒ヶは搾り取られたような小声で返事を返す。
「あ…あ………」
「ならば神は君を生かすであろう」
近くで激しく響く銃声音。
締め上げられていた手が離れ、駒ヶはギリギリのところで意識を取り戻すことができた。
銃弾は英彦の体に撃ち込まれ、彼は数歩後ろに下がったかと思うと、地面に倒れる。
駒ヶは辺りを見渡して何があったか確認しようとすると、彼の視界にある人物が写った。
その人物は生死を確認するためにこちらに向かって歩いてきている。
「ハァハァ…お前は?
いや、とにかくありがとうな。それよりも英彦君は無事なのか…?」
二人は側で倒れている英彦を見る。
先ほどまでの姿とは全く同じなのだが、表情は安らかそうに眠っていた。
「睡眠弾を撃ち、彼の暴走は終わった。それが結果だ。
うむ、呼吸はしているから生きているか。こいつは可哀想だな。まぁ、とにかく君に借りを作ることはできた」
「借りって、俺に何かさせるつもりだったのか」
驚いた表情で駒ヶは男を見る。
親切心で助けてくれたかと思っていたが、男は何か企んでいたのだ。
すると、男は駒ヶを鼻で笑った後、
「君には私と、とある人物を殺害してほしい。それだけだ」
そう言い残し、立ち去ろうとする男に駒ヶは質問する。
「なぁ、今回のこいつの暴走について知りたい」
男は振り返らずに駒ヶに質問を返した。
「仮に私が知っていたとしてお前教えることに何の得がある?」
「誰にもお前に出会った事を話さない……というのはどうだ? お前嫌なんだろ。自分の事を調べられるのは」
男はようやく振り返り、駒ヶを睨み付けた。
しかし、男は大声で笑い始める。
「見透かされていたか。フハハハハハハ。
若者よ いいか?
そいつの暴走は付喪神によるものではない。そして本人の本当の性格でもない。
これは──────の仕業だ」
その発言に駒ヶは驚いている。
彼の常識を覆す一言を男から聞いたのだ。
そんな驚きを隠せていない駒ヶに男は冷たく言い放った。
「若者よ。等価交換には君の条件は余るものだ。いずれこの分は返してもらうぞ。
それほどの情報だ。お前らの常識を覆すもの。フッ、その時を楽しみにしてそれまで生き延びろ」
そう言うと、男は駒ヶの前から姿を消した。
しばらく、その場を動かない駒ヶ。
死んだように眠っている英彦。
それから数分後、四阿は戦闘不能になってしまうのだ。
駒ヶが回想していた時刻から時はさかのぼり。
時刻は昼。
遠くの国の遥か上空で空を飛ぶ飛行物体。
その上に乗っている二人の人物がいた。
「先輩~。ほんとに行くんですか?」
「ああ、当たり前だろ。なに馬鹿なことを言ってんだ? 」
近くから見ると、まるで虫のような飛行物体である。
「だって先輩と行くの。嫌なんですよ。他の人からの視線がですね。だって先輩見た目が…。
恐怖 奇異 意外 奇怪 異質 疑問なんです。
これはやはり神からの天罰ぅ?
なら私どんな裁きでも受けますよ。神神神神神神神神神ィィィィィィ。あははははは」
「奇異と奇怪と異質はテメぇだろ。その仮面被ってるからじゃねぇのか。あと、神神神…ってうるさいぞ。この破門信仰者がァ!!!!!」
「あいつらは神を絶対と思っていないんです。でも、私のもとに集ってくれた信者は違う。
彼らと共に私は真の教えを旧い考えの奴らに教えてやるのですよ。神のために…神のためにィィィィィィ。婀頗頗頗頗頗」
「感情が高ぶりすぎてるぞ。落ち着け!
うん、まぁそうか…だが魔王軍内には広めるなよ」
二人は端から見れば、まるで仲のいい?先輩と後輩のようであった。




