恋に失恋は憑き物です
宙吊りになった俺の目の前に四阿の顔がある。
「──こんにちは~」
「こんにちは~。
じゃあ、明山君。死んでもらうよ。お姉ちゃんがしっかりと送ってあげるね」
宙吊りにされた俺の拳は四阿には届かなかった。
これ以上ない悔しさが俺を襲う。
「攻撃に気づかなかったの? 粘土を地面に落としてたのに…。やっぱり一人でも出来た。一人で殺せたわ。じゃあね明山君」
そう言うと四阿は偽の剣を創り、俺の心臓に向かって…。
「殺せた……じゃないぞ。まだ俺は生きてる。そう言うのは終わってから言うものじゃないのか? 四阿のお姉ちゃん」
一瞬、四阿の動きが止まった。
俺にしては見事な時間稼ぎである。
この男、主人公ながら数秒でも生きようとしていた。
無様にも話題を作り、生きようとしていた。
「いいえ、今終わるのよ」
四阿は再び、剣を俺の心臓に向かって……。
だが、その時間稼ぎが奇跡を起こすなんて誰もが考えもしなかった。
四阿の使っていた剣や、首に紐が縛りついてきたのだ。
「!?」
突然の出来事で四阿は思考を回転させ状況を理解しようとしている。
しかし、結論が浮かぶより早く紐が首を絞め、その勢いで首は切断された。
「これが仲間との連携攻撃だぜ。お姉ちゃん」
一瞬でも粘土から解放された俺は首だけになった四阿に向かって拳で殴りかかった。
「『百円パンチ』」
パンチの衝撃で後ろの木々はまるでドミノ倒しのように倒れて、先にある湖がハッキリと見える。
そして、その勢いに呑まれながら、四阿も吹き飛ばされていく。
「大丈夫か? 明山」
そう言いながら俺に手を差しのべてきたのは山上であった。
正直、俺より大丈夫ではないはずだ。
体を貫かれたのだから。
しかし、どこを見てもそんな外傷は見られない。
「……お前。黒に回復魔法をかけて貰ったんだな」
「ああ、そうでもしないと生きてない」
きっとあの場所から黒もサポートしてくれていたのだろう。
今度、何か奢ってあげてもいいかもしれない。
そんな事を考えられる程の戦いの後の平和な雰囲気。
彼らは勝ったのだ。
魔王軍幹部と戦い、勝てたのだ。
そう、遂に魔王軍幹部の八虐の謀大逆を倒した。
…かに思えた。
「───言ったよね。私は死なないって……。今は体が復活してないけど……。ふふふ、お姉ちゃんは不死身なのだ~」
この声がどこかから聞こえるまでは……。
おそらく地面に潜んでいるのだろうが、よく場所がわからない。
「仲間との連携攻撃?
そんなものは無駄だったのよ。あなたの敗けなの明山君。
今、この瞬間じゃ黒には勝てないけど。あなたを殺すことは出来るのよ」
俺は警戒を解かなかった。
いつ襲ってこられても、今の金欠の俺には戦えないのだから。
せめて、警戒を解かないままでいることが大事だと考えたのだ。
その時、道の向こうから生徒会役員達がこちらへと向かってくるのが見えた。
遂に二つの隊が合流できたのである。
そして、その先頭で八剣が大声でこちらに情報を言ってくるのが聞こえた。
「弱点は水よ。水に入れてたら弱体化す……」
そう言いはなった瞬間。
八剣はある物に気がついた。
八剣が見たものは俺の後ろから近づく巨大な粘土の物体であった。
俺に迫ってくる巨大な粘土の物体。
音もなく静かに誰にも気づかれずに姿を見せたのだ。
声に集中させておいて、肝心の四阿は地面に潜っていたのだ。
これならば、誰にも気づかれずに殺害を行う事ができたのだろう。
この時、俺たちは物体に気づいていなかった。
八剣は覚悟を決めて技を放つ。
「左に避けてろ。明山ー」
八剣に言われた通り、よく分からないまま、俺は少し左に移動する。
すると、大量の流水が一直線に地面ごと粘土の物体を削り飛ばした。
「まさか? そういうことだったのか」
八剣に気づいてもらえてよかった。
流水は襲って来ようとした物体ごと飛ばしているのだ。
そして、流水が進む先は先程言った湖である。
流水は湖に向かって流れていった。
湖の中に女性は一人。
大の字になってゆっくりと沈んでいった。
粘土の付喪人である彼女は、その湖から脱出することは出来ないのだろう。
何もかも諦めた表情を浮かべている。
「これが仲間……。なんて強いの。お姉ちゃん1人じゃ、かなわないわ。これが仲間なのね。
人数が集まるだけの事なのに……。
はぁ…私も…私にも欲しかったな。仲間……」
四阿は湖に沈みながら考えていた。
太陽の光がよく見えない水の中。
静かな水の中。
「あのメイドさんは仲間に入るのかな?
私の付喪神達は仲間に入るのかな?
お姉ちゃんもう分かんないな~」
そうして、四阿は生きたまま思考を停止した。
俺の恋した女性は……みんなのお姉さん的な女性は、もう姿を見ることは出来ないかもしれない。
こうして偽者騒ぎを起こしていた魔王軍幹部の八虐の謀大逆である四阿は倒されたのだ。




