お姉ちゃんと呼ばれたい
「そんな…技が出ない。あっ……あり得ない」
俺の技が出ないのだ。
もう一度言う。俺の技が出ないのだ。
俺の付喪人としての能力の発動は小銭を使う。
戦う度に小銭を使うというリスクと、変な眼鏡かけるというリスクを背負わなければならないが、人力を超える程の力を引き出せる。
今までの戦いではずっと頼りにしてきたのだ。
だが、今何故か能力が使えない。
俺が焦って小銭を取り替えていると、四阿は不適な笑みを浮かべながら……。
「さぁ、最後くらいはお姉ちゃんが手を下してあげよう。恨むなら自分の運命を恨むことね」
山上の偽者を後ろに下げさせると、四阿は椅子から立ち上がる。
そうして俺の前に立ちはだかった。
このままでは殺られてしまう。
俺一人なら逃げる事は出来るかもしれないが、それは二人を見捨てるという事。
そんな簡単に人を見捨てるなんて俺の性格では無理だ。
しかし、このままではあのお姉さ…………四阿によって全滅してしまうのだ。
俺は何か策はないかと考えてみるが、なに一つ策を考えることが出来ない。
黒が心配そうに頼っている中、俺は何も思い付かない状況に悔しくて両手を力強く握りしめる。
「ん? この小銭の触り心地……この大きさ……。何か違う」
手に握っていた小銭がいつもと違う触り心地だった。
俺は思うことがあり財布の中身をぶちまける。
「あっ、お金が……」
黒の何考えてるんだという目付きは無視して、俺は自身の小銭を踏みつける。
黒はその行動に理解が追い付かないようだ。
「あなた何をしているの?」
黒は驚きの表情を浮かべて俺の行動を見ている。
「あははは。気づかなかったぜ。確か、四阿の能力って偽物を創る能力だったよな。こいつは偽物だ」
俺は四阿に向かって指を指して能力が使えない謎を解き明かした。
そう、これがお金が使えないという理由だったのだ。
「ばっばっばっばっばかかかかかかかなそんなわけない。お姉ちゃんがそんなわけない。そんなことをするわけがないじゃない!!!
そんな卑怯な事をするわわわわわわわわわけないわ」
四阿は、焦りで表情も言動も不安定になっている。
四阿の事前の準備をこうもあっさりと覆されたのだ。
彼女は様々な情報を調べあげてきた。
もちろん、毎日あの場所で特訓をしていた事を彼女は知っていたのだ。
それほど、四阿は今日までに完全なる下準備をこなしていた。
受け取った情報からフィツロイやバイオンを倒した者を探し出すのは簡単だった。
あとはそいつの能力の元を断つだけ。
彼女はコーヒーで吊った時に、隙を見て小銭を入れ替えておいたのだ。
しかし、タネが分かったとしてもどうにもできない。
何故なら俺は戦うことができないからである。
小銭がすべて偽物だったなら攻撃手段もない。
このままでは本当に天に召されてしまう。
こんなお姉さんに殺されてしまうのだ。
やはり敵でも……敵と脳ではみているのにやっぱり異性としての感情が…。
俺は走馬灯のように頭の中で考えをまとめていた。
俺はどうすればいいのだろう。
…というか何で狙われているのだろう。
何で俺には鍵穴の形のシミがあるのだろうか。
何で鍵穴の形のシミの者を狙っているのだろう。
何で鍵の獲得者候補をなぜ狙うのか。
──もしかして魔王は鍵を狙っているのだろうか。
自分以外の物に鍵を渡したくないからだろうか。
それではなんの鍵なのだろうか。
金庫の鍵? 家の鍵? 車の鍵? 機械の鍵?
俺の今の思考では全くわからない。
魔王軍幹部の八虐を使ってまで何をしているのだろう。
そんなことしている暇があるなんて羨ましいものである。
魔王軍はバカなのだろうか。
そんな事を考えていた俺へ、遂に四阿の能力が周囲から襲いかかる。
何だか泥のような形の物体。
それでも、まるで生きているようだ。
そんなものが地面を通って、まるで鮫のように俺の周囲を巡回し始めたのだ。
すると、俺の周囲を巡回していた物体は、俺の喉元に目掛けて一斉に飛びかかってくる。
もちろん、その物体を俺は簡単に避けることができた。
だてに1人で修行してきたわけではないのだ。
「むむ~能力が使えない付喪人の癖に生意気よ」
「能力が使えないとしてもあなたに拳の1つくらいは当てることができる!!!」
俺はそう言うと四阿に向かって走り出す。
跳び跳ねる魚のように俺を襲おうとする物体。
俺はそれをギリギリの所で交わしていく。
走る。走る。走る。
例え、能力が使えないとしても、付喪神に頼ってばっかりじゃいられない。
自分で出来ることは自分で解決しなければならないのだ。
着々と四阿との距離を積めていく。
「なぜ、当たらない?
当たれ、当たれ、当たれ!!!」
四阿は焦りはじめて、地面を泳いでいる物体を無我夢中で俺に当てようとしてくる。
鮫のように泳ぎながら、物体は跳び跳ねる。
一瞬、その物体を見たときに分かったのだが、そいつには口のような部分に鋭いギザギザとした牙がついている。
まるで肉食の生き物のようだ。
「あっぶねぇ~だけど!!!」
俺はますます、注意して四阿に近づいていく。
油断はしてはいけない。とにかく前へ前へ。
しかし、俺と四阿までの距離があと数メートルといった所で俺の足が止まる。
「……!?」
足が前に動かせない。まるで鎖にでも繋がれているかのように身動きがとれないのだ。
そう実際には繋がれていた。
人に飼われる飼い犬のように、俺の足には紐が結び付いていた。
「偽者野郎め……」
四阿を守るようにして、立っていた偽山上。
彼を目の前にして俺の足は動かせない。
その瞬間、偽山上に気をとられた瞬間。
俺の目の前には先程まで俺を襲ってきた物体が……。
俺は喉元を食い破られると思ってしまい、恐怖で思わず目をつぶってしまう。
その時、突如放たれる槍。槍は宙をまっすぐに進み。
その槍は四阿の胸元に向かって突き進む。
そして、鈍い音が響いたかと思うと、四阿の体を槍は貫通していく。
鋭い痛みが四阿を襲った。
「グックゥ……」
四阿はあまりの痛みにその場に崩れ落ちる。
もちろん、肺を完全に突き刺されているのだ。
「ヒュゥ……ヒュゥ……」
過呼吸になった状態で必死に生き続けようと粘るその姿は、生への執着そのものだった。
すると、偽山上も襲いかかってきた物体も主人のピンチに動くのを止めた。
四阿は俺の方を見ながら涙を流している。
その姿を俺はあの時の美しいお姉さんと重ねてしまった。
敵として戦うと決めたのだが、今の俺はその決意を後悔している。
「おっ、お姉ちゃんもここまでね。ああ、魔王様。私はもう駄目ね。
ふふふ、明山君これからはもっと恐ろしい奴らが貴方を狙うわ。強くて残酷で個性のある奴らがね。あなたは私が殺したかった。殺してあげたかった。最期くらい貴方の口からお姉ちゃんと聞きたかった……………………」
そう言い残すと彼女は物音ひとつたてなくなった。
そして、彼女が従えていた粘土の付喪神たちも物音一つたてずに崩れ去っていく。




