死神さん夜の街へ行く(narou)
ここは店街。
店の灯り灯りがまばゆく光る。
社市にある夜が訪れない通り。その名もコウモリ通り。
男女が夜な夜な遊ぶ道。
ここは暴落と熱愛に快楽と堕落の満ちたラビリンス。
一度入れば明けるまで脱け出せない。
それがこの通りである。
「ねぇ~伊作さん今日も遊びましょう」
和服を着た男女がこの通りを進む。
今宵も2人の夜は長く。
「もちろんだ。花さん今夜は寝かせないからね」
愛する2人の愛と遊戯。
今宵も彼らは2人店を選ぶ。
そんな町にやって来たのは、巨漢の筋肉質の男と、ちょび髭の侍。
彼らの名前は乗鞍と塩見。
今宵彼らが着たのは大人の遊戯故ではない。
この通りに夜な夜な現れる死神姫を捕らえるためである。
死神姫とはこの通りを通る男女を襲う謎の人物。
彼女は月のきれいな夜にしか現れず、男女の仲も肉体も裂いてしまう。
既に、何人かの付喪人も狩られてしまったということで今回は王レベルが呼ばれてしまったのだ。
「なぁ~塩見。お前はこういうの興味あるか?」
乗鞍は夜を誘ってくる女性を笑って断りながら、道を歩く。
塩見の方は…というと、彼の鋭く尖った目線と殺気溢れるオーラで誰一人として女性が近づいてこない。
「まったく興味なんて無い。くだらねぇ。それよりお前はどうなんだ?」
「そうさな~。吾輩が興味があるのは筋肉のみ。確かに筋肉のある女性は好みだな。
いれば、朝まで腹筋で競いたいものだ。ガハハハハハハッ!!!」
乗鞍の言っている事は冗談ではない。
彼は本当に筋肉と筋トレの事しか頭に無いのだ。
「まったく、王レベルの拙者たちがなんでこんなことになったんだろうな。最悪だぜ」
今回の依頼にあまり乗り気ではない塩見。
そんな塩見を乗鞍は頑張って励ましてあげていた。
「依頼は依頼だ。困ってる奴を無視してはおけんだろ? だが、そこまでお前が帰りたいのなら、死神姫とやらを早く討伐して帰ろう」
彼らが2人こうして話ながら見回りをしていると。
1人の女性が声をかけてくる。
「王レベル? 死神姫…? あのすみませんお二方。」
だが、2人はどうやら引き娘と思ったのだろう。
「悪いな嬢ちゃん。吾輩達はそういうのには興味がないから」
「誘うなら他を寄ってくれや」
青い髪の美女は2人の態度に慌てて、誤解を解こうと必死に説得した。
「違います違います。勘違いしないでください。私は死神姫を探して暗殺を頼まれた者です。死神さんと言います。是非ご一緒させて……」
「死神姫…暗殺…死神?」
塩見の座右の銘。それは『それは疑わしきは罰せよ。』と『火事と喧嘩は江戸の花。』。
塩見はこの疑わしい女性に向かって剣を抜くと思いっきり斬りかかろうとする。
「えっ、ちょっ待っ……!?」
あまりの速さに恐怖を感じていた死神さんだったが、
「おいおい、塩見。話くらい聞いてやろう。名前が似てるなんて度々あるだろ?
お前の癖は危険すぎるぞ」
塩見の和服を乗鞍が掴み、塩見の動きを止める。
「……ふぅ。ああ、すまなかった」
乗鞍にしばらく押さえつけられていた塩見はようやく落ち着きを取り戻した。
「すまなかったな。吾輩は乗鞍で、こいつが塩見。こいつの性格は殺人マシーンみたいなもんなんだ。じゃあ、嬢ちゃんあんたは?」
「はい、私は死神さんと呼ばれている者です。
武器はこの大鎌。先程も言った通り、死神姫の討伐にきました。実はですね」
死神さんはそういうと、回想を始めた。
回想。
ある日の付喪カフェ。
その日は火曜日だったので、妙義がバイトリーダーとして頑張っていたのだが…。
「痛ッ」
彼女はその時に足を捻挫してしまった。
その様子を見ていた死神さんと黒が心配そうに妙義に駆け寄ってくる。
「大丈夫? 妙義。」
「すぐに病院に連れていかないと……。黒様早く救急車を……」
黒に救急車を呼ぶように頼み、死神さんは妙義に自分の肩を貸して別の場所に座らせようとした。
その時、妙義の手が死神さんの肩をギュッと掴む。
「大丈夫だよ。これくらい自分で歩いて行けるさ」
口ではそう言っているが、さすがに1人で連れていくわけにはいかない。
「何を言ってるんですか? 早く病院に行かないと……」
「ダメだ。病院に行ったら安静にしろって言われてしまう。私には付喪人としての依頼が来てるんだから」
無理してでも仕事を優先するなんて、そんなことはいけないはずなのだが、今さら断れないのだろうか。
死神さんにはこの世界の仕事とかがよく分かっていないので、なかなか口に出すことができないようだ。
そんな中、珍しく黒が頼りになる時が来てしまった。
「救急車呼んだわ。それに話も聞かせてもらった。安心しなさい妙義。私と死神さんがあんたの依頼を手分けしてすべて解決してあげるわ」
普段は絶対にそんなことを言い出さないはずなのだが、
「そんなのダメだよ。迷惑をかけるなんて」
「気にしなくていいわよ。その代わり、私たちに今度焼き肉奢ってね」
「黒様の言う通りです。今は休んでください妙義さん」
その後、食べ物目当ての黒と、黒を慕っている死神さんの快い返事を聞いた妙義は嬉しさのあまり涙を浮かべる。
彼女は2人との友情に涙を流したまま、救急車へと乗っていった。
そして、回想は終わり時は現在に戻ってくる。
「……という訳で私が依頼を解決しに来ました」
死神さんの回想を聞いていた乗鞍は感動の涙を浮かべて号泣している。
「泣ける友情だなー。
なるほど、ガハハハハハハッ!!
お前らいい奴じゃねぇか。気に入った」
そう言って死神さんの頭を撫でる乗鞍。
こんな通りで頭を撫でられて死神さんが恥ずかしがっている…ということに気づいていないのだろうか。
塩見はそんな彼女がかわいそうに思えたようだ。
「チッ、さっきは悪かったな。それと頭を撫でるのはやめてやれ」
「おっ、すまねぇな」
塩見に言われてようやく気づいたのか、乗鞍は死神さんの頭を撫でるのを止める。
ようやく、乗鞍から解放された死神さん。
話を戻すために彼女は頭を下げて2人に頼み事を言ってみた。
「いえ、気にしないでください。それより死神姫についてお話を聞こうと思いまして。
私…まったく情報を得られていないので、お二人の情報を教えていただけませんか?」
すると、乗鞍はニッコリと笑顔を彼女に見せて、
「ああ、もちろんだ。協力者は多い方がいいからな」
……とまた死神さんの頭を撫でながら呟いた。
「拙者たちのまとめた情報はこの2つだ。
1つ目、死神姫はカップルを殺す。
2つ目、死神姫は丑三つ時しか現れない」
塩見は自分達が得ている情報を死神さんに伝える。
情報は2つしかないのは残念だが、これも仕方がないことなのだ。
「なるほど~。あっ、でもそれって?」
「どうした嬢ちゃん?」
「いえ、もうあと数分で丑三つ時ですし、男が2人女が1人ってカップル的な配置は片方だけ成立してます。この状況ってヤバくないですか?」
黙りこむ3人。
塩見が時計を確認してみると、午前1時58分。
丑三つ時まで2分しかない。
「「「ヤバい!!」」」
既に条件は揃ってしまっている。
もう死神姫との本番勝負である。
雲が夜空を覆い月がかける。
瞬きをする間もなく。
月の色がピンクに変わる。
いわゆるピンクムーンである。
今日は予報でもピンクムーンではなかったはずなのだが。
そこはまるで異界。
ここだけ現実とは違う場所になってしまったようだ。
そんな月夜の下に2人の異形な男女がいる。
「今宵も恋人狩りに参りましょう。すべては主人のためですわ」
「麿も参りましょう。姫を守るが男の定め。享楽におもてなしいたしましょうぞ」
和服の乱れた男女。
白粉肌に4つの紅の瞳が今宵も獲物を見定めた。




