諦めない心と少しのドーピング
その頃、英彦は未だに付喪神の霊からの試験を受けていた。
しかし、やはり向こうは付喪神である。
なかなか勝負がつかず試験は終わらなかった。
その試験内容とは彼の体に一発でも拳を叩き込む事であったが、これがなかなか難しい。
英彦は付喪人ではあったが、それは仕事上である。
今の英彦に能力はないのだ。
彼はただの一般人なのだ。
それに対して、付喪神の霊の方は姿こそは人間だが、人間ではない。
攻撃しようとしてもすぐに避けられてしまう。
もう、ここまでの時間は数時間以上は越えているのだろう。
しかし、一発でも拳を叩き込む事が出来ていなかった。
「そろそろ終わりにするか。貴方は私を諦めて別の付喪神と契約を結ぶんだな」
「待ってまだです。まだ…………」
もう諦めムードになっている付喪神の霊を英彦は引き留める。
英彦はまだ諦めたくなかったのだ。
しかし、これ以上は何の意味もないと分かっているのか、付喪神の霊は彼に言い放った。
「いや、これ以上は意味がない行為だ。いきなり得点が百倍になって確定勝利するようなスポーツのクソゲーがあるか? 結果は決まった。
これが貴方の今の限界なんだ。いい加減認め……」
その時、付喪神の霊は異様な光景を目にした。
突然、英彦の精神が輝き出したのだ。
「なんだ? なんなんだ。何をしたんだ。まさか外の奴らか? しかしこれほどのパワーは……」
英彦の精神が光だし、どうやらパワーも上がっているらしい。
「こんな都合のいい展開が人生にあるのか?
こんな……こんな……」
付喪神の霊はそう言って再び構えをとろうとしたのだが。
最後まで台詞を言う前に付喪神の霊へ英彦の拳が当たった。
英彦の拳は決まった。
これで何はともあれ結果は決まったのである。
「───結果は納得いかないが、まぁ、いい。貴方としばらくの間契約を結んでやろう」
英彦は未だに自分でも何が起こったか理解していなかった。
買った小説を最後から見るような、そんな心境であった。
「えっ……いいんですか? こんな結果で」
「ああ、結果は結果だからな。しかし、気を付けろ。貴方にここまでのパワーを一時的に与えた者はかなりの強者だ」
そう言うと付喪神は手を差し出してきた。
その行動に何の意味があるのかと、首を傾げている英彦を見て、付喪神の霊は恥ずかしそうに彼に言った。
「握手だよ。ほら握手」
その手を握り二人が握手をすると、二人の握手をした手が眩しい光を出し始めた。
そうして、二人の契約は完了したのだ。
二人はお互いの顔を見つめる。
「分かりました。あのこれからよろしくお願いします。」
その言葉に微かに笑う付喪神の霊。
英彦は付喪神に改めて挨拶をすると、英彦は意識を取り戻した。
目が覚める。
「……はっ!!!! 駒々さんやりましたよ。契約を結んで来ました」
現実に戻ってきた僕はこの朗報を駒々さんに伝えた。
「よくやった。流石、英彦君だ。なぁ、あんた何をしたかは知らないが協力してくれて」
駒々は英彦を誉めながら、先程の男に礼を言おうと後ろを振り向いたのだが、そこには誰もいなかった。
駒々は店内を見渡してみるが、男の姿はない。
すると、再び店の奥から店員が帰ってきた。
「おめでとう。だけどこれからだ。もしそいつに嫌われたら契約が解除されてしまうから気をつけて……」
店員からの注意事項を聞き、僕は改めて自分に言い聞かせる。
「はい。これから頑張っていきます」
「よし、もうここには来ないことを祈ってるよ。で駒々、料金の話なんだけど」
店員は一番大切な話を話始めた。
「何で俺が払うことになってるんだよ。」
駒々さんの反応は当たり前の事だ。
しかし、店員は初めから見抜いていたらしく、
「奢ってやるつもりだったんだろ? だから高級品に焦ってたんだろ」
僕が駒々さんの顔を見つめると駒々さんは顔を少し赤面して、僕と目を合わせようとはしてくれない。
どうやら店員の言ったことは真実だったようだ。
「まぁ、今回は曲者を売り付けたんだ。それにそいつには値段は付けられない。タダでいいよ」
「マジか‼ 後から金を請求したりしないの? 期間限定だったとか言いつけてこないの?」
駒々さんは驚いていたが念のため確認を取った。
「しない。しない」
本当にタダで手に入ったようだ。
駒々さんは小さくガッツポーズをしてるが、心の中ではお祭り騒ぎなのであろう。
しかし、タダにした事で付喪神の霊が怒ったりしないのだろうか。
そんな事を僕は考えながら、既に店内から出ていこうとする駒々さんの元へと駆け寄る。
「じゃっ、また来るよ」
喜びで手を震わせながら店から出ようとする駒々さんだったが、次の店員の一言が彼を突き落とした。
「今回だけだぞ。コーヒーも次からはサービスじゃないからな」
その言葉を聞いた瞬間に駒々さんの顔色が変わったのを見逃す僕ではなかった。
その顔は正直に言うと可笑しかった。
そのまま扉は閉められ、僕たちは店を後にした。
今回の事で僕は少しだけ駒々さんの印象を引くレベルから驚くレベルに上げることが出来た。
そして新しい相棒も出来た。今回の事で僕は少し前に行くことが出来た。
これでまた二人に追い付ける。
それが素晴らしいことなのだ。
僕と、このターボライターの付喪神と一緒に自分の人生のために戦う。
それが大切なんだ。
「しかし早く出てこいよ。まだ飲むか? 」
一人だけになった店で店員は、コーヒーを入れ直している。
「頂こう」
本棚の影から先程の男が姿を現した。
店員は彼にコーヒーを手渡す。
男はコーヒーを持ちながら再び席に座る。
そうして今度は10個の角砂糖を入れてコーヒーをかき混ぜた。
「なぁ、あんたなんだろ?
あのショーケースの中にあの付喪神を入れたのは……。これでも私は完璧に商品は暗記していた。だが、あれは見たことがない代物だった。それにあのケースに入れたってことはあの付喪神の事を知っていたな。
何故あれを入れたんだ?」
店員は男を怪しみながら睨み付けた。
「あれはあの少年が持つべきものだった。それは運命だった。それ以外には何もない」
男はコーヒーをジャリジャリとかき混ぜている。
「えっと、あんたは今日なんのためにここに来たのか? 最近ずっと来ているけどもしかしてあいつを待っていたのか?」
少しだけ冷や汗をかきながら店員は質問をした。
「確かに人を待ってはいたがあの少年ではない。これ以上は解答はしないでおこう。それがお前のためだ……。それに私はただのカウンセラーだぞ?
表向きはな……。フハハハハ!!!!」
そう笑いながら角砂糖率高めのコーヒーを飲み干すと男は店を出ていった。




