これが恋というものですか?(narou)
一方、話題にされていた明山は、一人で特訓を行っていた。
これも全て、500円が使えるようになるための特訓である。
「ヘックション……………。風邪か…?
今日は風が強いからな…。
早く帰っ……ありゃ、こんな所に女の人がいる。へぇ~俺以外にもこんな所に来る奴がいるんだなー」
見るとこちらをベンチに座りながら見つめてくる女性がいる。
俺より歳が上のお嬢さん。
もちろん、俺の知り合いではない。
その女性はこちらをジッと見ながら動かない。
まさか、幽霊か?
だとしたら、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
一方、先程から変な男の子がこっちを見て恐怖の表情を見せてくる。
私はただ、散歩から帰る途中なのだったが、数日前からこの場所で変なことをしている男の子がいるのを度々見かけるのだ。
今日はその子が何をしているのかを観察していたのだが。
「あのそんな目で私を見ないで貰いたいのだけれど……。そこまで怖がられると私としても後味が悪いのよ。
ねぇ、お願いだからそんな目で見ないでよ。私はなにもしてないじゃない。ほら、珈琲あげるから」
すると、予想外である。その子は何のためらいもなくこちらに近づき、私の隣に座った。
「君……ど……してこ……な所に……? 私はね……」
俺には最早、この人の声など聞こえなかった。
俺の目線は既にその人の顔に向いていたのだ。
この人美しいな。大人の女性の魅力というか、お姉さん的な存在に見える。
元の世界でもこんな理想のお姉さんが欲しかったものだ。
「……という訳なんだけど。そんな人は知らないわよね?
君…私の話をちゃんと聞いてる?」
「ハイ!!!」
「返事の勢いだけは良いのね」
それがオレの唯一の取柄でもある。
愛想笑いを浮かべながら返してきたその人は、そんな表情も美しい。
ナンパしちゃいたい。
あれ?
これって俺は今、駒々や英彦とキャラ被りしてるんじゃ。
まさか、これが恋なのか?
いや、それはないだろう。
確かに美しくて優しそうで可愛らしくて、頼りになりそうな女性だ。
だが、恋ではないと信じたい。
こういう人には絶対に彼氏がいるに決まっている。
だが、俺は変な考えを捨てても、その美しい女性の事が気になってしまった。
「あの……あなたは何故こんな所に来ていたんですか?」
「そうね~さっき言ったのも理由の1つだけど、本心で言うとね。
昔、この近くに豪邸があったの。私はそこのお嬢様だったわ。だから里帰り的な事をしに来たのよ」
「お嬢様、どうりでお綺麗なわけだ」
「お世辞が上手ね。まぁ、話を続けるわ」
そう言うとお嬢さんは思い出話を話してくれた。
彼女は大金持ちのお嬢様として生まれたようだ。
しかし、箱入り娘だった彼女は学校にも行かせてもらえない。
母親は彼女が生まれてすぐに他界してしまい、彼女のお父様はメイドさん達と彼女の人生を支えてくれていたらしい。
しかし、お父様が行ったのは金銭関係のみ。
それ以外はまるで商品でも眺めるかのような態度であったそうだ。
まるで血の繋がりなど無いような家族。
その生活の中でお嬢さんの心は暗くなっていった。
そして、彼女は同年代の友達を作れずに孤独な人生を過ごしていた。
そんなある日、一人のメイドさんが彼女の前に現れた。
そのメイドさんはお嬢さんと同い年。
彼女とお嬢さんは最初は立場上の関係で関わるのを避けていたのだが、しばらくするとすぐに仲良くなった。
同年代の初めての友達を嬉しく思うお嬢さん。
その生活は素晴らしい物だっただろう。
周りから見ても2人は親友のように見えたらしい。
お嬢さんにとっては毎日が楽しかった。幸せな日々だった。
しかし、その幸せはすぐに消え去る。
理不尽な理由でメイドさんがクビになってしまったのだ。
箱入り娘の彼女にはメイドさんと会う機会が豪邸以外にはない。
お嬢さんとメイドは涙を堪えて別れを告げる。
そして、また最初の毎日が始まったのだ。
その後……。
その時、突然お嬢さんの携帯が鳴った。
空気の読めない携帯め。
お嬢さんの思い出話を遮るように電話がかかってきたのだ。
すると、お嬢さんは携帯を開き電話に出ている。
しばらくしてその人は電話を止め、申し訳なさそうに俺を見てくる。
その表情も美しい。
「あのどうかしました?」
「いえ、ただごめんね。私これから仕事が入ったのよ。私の思い出話の続きは、また後日会った時に話すわ」
そう言ってその人はこの場から立ち去った。
その女性の去っていく姿を俺はただ見ていることしか出来なかった。
その人には恐らく、俺が見惚れていたことは知っていたのかもしれない。
俺はまた、ただ一人草原に取り残されてしまったようだ。
もう周りには誰もいない。
いつも通り一人だけである。
俺の間を風は静かに草原を駆け抜けた。




