鍵の獲得候補者を始末せよ
バイオンへの哀れみの言葉はさておき、フィツロイは話を戻す。
「いいですか明山さん。話を戻しますよ。
私が言ってるのは獲得候補者にあなたが選ばれたからです。
鍵穴のようなシミが出来てたって言ってたでしょ。
それが候補者の証なんです」
ここまでフィツロイの話を聞くと、明らかに理不尽ではないだろうか。
つまり、魔王は他の鍵の獲得候補者に鍵が渡したくないから暗殺するということだ。
こんな理不尽な事があるだろうか。
その時、俺の怒りの矛先は近くにいたフィツロイに向いてしまう。
「お前ふざけんなよ!!
俺だってこんな変なシミ出来て困ってんだぞ!!!」
怒りの感情にもまれながら俺は本音を思いっきりフィツロイに向けてぶつけた。
「やめてください、そんな事言わないで~。
八つ当たりしないで~。魔王様の命令なんです~。
それ以外は何も聞かされて無いんですよ。
理由だって知らないんです。うぅぅ……」
あっ、しまった。怒りに任せたけど、彼女は泣きそうだ。
「すまん。そうだよな。
魔王のせいであってあんたのせいじゃないしな」
これでは完璧に八つ当たりである。
彼女は命令されて殺しに来ただけなのだ。
「悪いことを言ってしまったな」と思いながら、俺はもう既に涙がこぼれ落ちそうになっているフィツロイを宥める事にした。
しかし、フィツロイの話を聞いたことで明らかにこれからの平和な生活が守れなくなることを知るはめになる。
確かに異世界物語らしく、魔王の軍勢との戦いが始まると考えても良い。
一応、魔法もモンスターもあることが分かっている。
このまま伝説の勇者的な存在を目指して暮らしていくのも悪くない。むしろ良いのではないか?
だが、魔王の幹部とこんなに早く一対一で戦うことになるなんて思ってもみなかった。
普通はクエストとか依頼の中で沢山の人と、もしくはパーティーで戦って攻略する物のはずだ。
と考えていると、すっかり泣き止んだ様子のフィツロイは再び能力を発動させてくる。
「……!?」
またもやフィツロイの能力が発動した。
油断していた。敵同士だったということを忘れかけていた。
流石に息ができないのは辛いが、もう何度も経験したので冷静に物事は判断できるように……。
「───────」
フィツロイがまた何かを言っているが聞こえない。
しかし、こいつが俺の呼吸をできなくする方法はなんだろう。
魔法は使ってはいないと言っていたが、これは何の能力なのだろうか。
そう考えている内に能力は解除された。
その状態を見ていたフィツロイは不思議に思っていた。
「あら? 明山さん。落ち着いていますね。
あと、数秒ほど能力が続いていたら失神していたでしょうに」
……と怖い事を口に出してきた。
性格も言葉遣いも優しそうなのに、命令となると豹変するフィツロイは怖い。
確かに呼吸がずっとできないと本当に死んでしまう。
「あんたこそ、俺に何を求めてるんだ?
ジワジワと苦しめてから殺すのか」
「それが、早くあなたが死にたいならそうしますが。
私はあなたが人生を振り替える時間を与えているだけですから」
やっぱろ、こいつ性格は凄く良い奴だと思ったが、やっぱり魔王軍幹部だったか。
その時、
「させません。明山さんは殺させません」
端の方で倒れて意識を失い、死にかけだった英彦がゆっくりと立ち上がった。
「「生きてたのか!?」」
「勝手に殺すなぁぁぁ!!!」
悲痛な英彦の叫びがこの階に響く。
生きていた事に驚きながらもフィツロイは英彦に言う。
「英彦さんあなた本当に運が良いですね。
でも、諦めてください。
先程の攻撃であなたの付喪神は崩壊しました」
今にも倒れそうな英彦を哀れみ、フィツロイは言葉をかけたのだ。
そういえば、魔法や俺が狙われる原因について聞いていたせいで、英彦の契約していた付喪神の能力を失うことについてすっかり忘れていた。
確かに今の英彦では一瞬で殺されてしまうだろう。
だが、英彦は諦めてはいなかった。
彼の目はまだ燃え尽きてはいなかったのだ。
「フィツロイさん。あなた僕が運が良いとか言ってますけど。
あなたもこうなると信じていたんですよね。
だから、僕をあの衝撃から守ったりここまで運んだりしてくれたんですよね」
俺は思わず、フィツロイを見つめた。
言われてみれば、確かにそうである。
英彦をわざわざ運ぶ事などせずに置き去りにしてくれば良いものを……。
フィツロイはここまで運んできてくれたのだ。
「それは……あれです。私は対象者以外を殺そうとは……」
「でも、あれは僕がまだ経験も力も権利もなく自業自得の結果です。
あそこで死んでもおかしくはなかった。
それは貴方が殺したという訳じゃない」
二人の意見の言い合いの間で俺の存在は完璧に空気の状態になってしまっている。
「英彦さん。私の善意を侮辱する気ですか?
私だって幽霊ですけど、元は人間の魔法使いの家系。
人は殺したく無いんですよ。
でも魔王様のため、私は恩を返すため。私は魔王軍幹部八虐になったんです。
はぁー、あなたと話していると決心が揺らいでしまう。
やはり今ここで明山さんを殺します」
「やっと話が進む」と思う前に、俺はまた呼吸ができなくなっていた。
「やめろぉぉ!!」
そう叫びながら、英彦の拳がフィツロイの顔に当たりそうになる。
だが、彼女はそのこぶしを華麗に避けた。
「邪魔しないでください!!!」
英彦の行動に注意しながらも、俺にかけているの能力を解除しようとはしなかった。
「……!?」
何度も諦めずに殴ろうとする英彦。
それを霊体状態になりながら避けていくフィツロイ。
「何度殴ろうとしても無駄ですよ。私は幽霊。
霊体になって当たりませんから」
ヤバい。能力をかけ続けられて十秒ほど過ぎてしまった。
人間は何秒間、空気の吸えない環境でも生きていられるのだろうか?
どうする? このままでは本当に俺は殺されてしまう。
目の前では何度も諦めずに英彦は殴っているが、そんな中、俺はとある違和感を感じた。
こいつ……いや、まさか…………?
俺だけが分かる違和感。
恐らくフィツロイも気づいてはいる弱点。
偶然にも今、見つけたこの現象。
もしかしたら今までの暗殺対象者には分からなかったかもしれない。
だが、もう既に二十秒ほど時は経っている。
俺は手に着けていた時計を覗き込む。
俺が失神するか、あいつがうまくやるか。
この賭けの結果は神に任せることにした。




