不孝の八虐
もう辺りは夕方になってきた。
夕焼けが俺たちの背中を照らしている。
「ここかな?」
店主のお婆さんから聞いた住所の場所を目指しながら歩いていると、住所の場所には豪邸があった。
そこはかなりの土地の中に豪邸があり、この豪邸の持ち主がどれ程の財力を持ってるか。
もはや庶民の俺達には分からないほどである。
「すみません」
黒が門のチャイムを鳴らす。
すると、ひとりでに門が開き始めた。中に入れと言うことだろうか。
自動ドアみたいな仕組みで勝手に開いたのか、霊的な力で門が開いたのか。この場合だと前者を希望する。
恐る恐る警戒しながら素直に中に入ってみると、門はひとりでに閉まり出した。
「門がひとりでに開け閉めされるなんて何か、怖いですね」
これまであまりしゃべらなかった英彦が口を開く。
「きっとセンサー式の全自動門なんじゃないか?」
ホラーが嫌いな前者を希望していた俺は適当な理由で門についての話を逸らした。
さて、俺たちがしばらく門から続く道を歩くと目の前に一人の老人が立っている。
「お待ちしておりました。事の話は妻から聞いております。今回はわざわざありがとうございました」
老人は深々と俺たちに頭を下げる。妻から聞いているということはあの店主のおばあさんの夫なのだろう。
「いえ、あのこれを……」
俺は老人に矢文に付いていた手紙を渡す。
その手紙を丁寧に受けとるお爺さん。
彼は手渡した手紙を見ながら、何かに気がついたようだ。
「あの明山さん達に何かお礼をしたいのですが……。これは大事な手紙です。とても大切な事が書いてあります。お願いです。この感謝を受け取ってほしい。お礼をしたいので付いてきてほしいのです」
少しでもお礼をしたかったのだろう。俺達には分からないきっと重要すぎる手紙だったのだ。
それがなぜ矢文で、しかも付喪カフェに届いたかは分からないが。とりあえず、渡せたのは本当に良かった。
だが、その感謝をしたいと俺たちを引き留めようとするのは少し妙に感じた。
「せめて夕食だけでも……」
しかし、このおじいさんの事をそこまで警戒しすぎるのも初対面の相手に失礼だと思ったし、帰ろうとしてもお礼がしたいと引き下がらないので遠慮なくいただくことにした。
「カンパーーーーイ。ワハハハハハハハ!!!!!!」
結局、夕食を頂くことになった俺達だったが、お爺さんの酒の一口により、晩餐が宴会へと変貌する。
「お爺さんイエーーーーーーイ!!!!」
酔いがまわったお爺さんとジュースを持った黒が共に宴会を楽しんでいる。
もちろん、黒はお酒を飲んでいない。いわゆる場酔いというやつだ。
しかし、もうこいつのコミュ力は計測不能だ。
もしコミュ力計測器があれば、例え新品でも一瞬にして壊れてダメになるだろう。
もはや、空気というか存在すら無くなりそうな三人。
コミュ力が低い俺達は最早、彼女らという異世界を見ているようだ。
いや、異世界は既に見ているのだが。この宴会みたいな空気は俺にとっては苦手だ。
「なぁ、英彦。俺達もう帰っていいかな?」
「駄目ですよ。二人が意気投合して話が終わらないので……流石に黒さん一人置いて帰るなんて」
長机の中央に置かれた手紙を挟んで、異世界が合わさって存在している。
ふと、もう一度手紙を見たくなり俺は手紙を手に取った。
「結局この手紙には何が書いてあるんでしょうね」
隣に座っていた英彦が俺の持っている手紙を見ようと覗き込み言ってくる。たしかに結局この手紙の内容をおじいさんに聞くことが出来なかった。まぁ、あとで聞いておくことにしよう。
「あの……私にも見せていただけないでしょうか?」
「ああいいぞ」
俺は手紙を閉じ、反対側の席に座っていた女性に手渡す。
「あっ~」
覗き込みに失敗した英彦はガッカリとしてしまった。
隣を見ると、まだお爺さんと黒が楽しそうに会話している。
俺達は黙々と料理を食べ終わり、リラックスしていると、
「あの……突然こんなことを聞くのも何ですが、鍵穴の形をしたシミができている人を知りませんか?」と女性が変な事を聞いてきた。
「シミ? ああ、そういえば何か、俺の身体にあるけど?
それがどうしたんだ?」
「あの明山さん?」
英彦が俺の肩を叩いてくる。その顔はとても不安そう。
「どうしたんだ英彦?」
ジュースを少しずつ飲みながら英彦をチラ見をする。
「さっきから思ってたんですが、この方は誰ですか?」
俺たちの座っている席の反対側に、見知らぬ女性が座っている。
いや、見知らぬというよりかは、手紙を渡した女性なのだが。
俺たちがここに来た時もおじいさんと俺と英彦と黒の4人だった。
なぜか、この女性は4人の晩餐にきっちりと参加しているのである。
「…………英彦の知り合いじゃないのか?」
「いやいや知りませんよ」
不審に思い、本当に見覚えがない女性なのかを確かめるため彼女の顔をじっと眺める。
二人の視線を浴び、恥ずかしくなったのだろうか女性の顔が少しずつ赤くなって俯いてしまった。
「あの……私はあなた方には今日初めてお会いしたので」
チラ見をして女性はそう言うとまた俯いた。
恥ずかしがり屋さんなのだろうか。それにしては頬が赤く色づいていない。
少し青白い肌、肩まで伸びた美しい髪。
そして服はまるで魔女の着るような物であったが、俺より年上のようである。
しかし、その正体が俺には分からない。
「あなたはいったい? というかその手紙読めるんですか?」
すると、女性は席から立ち、背筋を伸ばして言った。
「ああ、自己紹介がまだでしたね。
申し遅れました私は『フィツロイ』と申します。
不孝の八虐でありブロードさんの跡を継いだ新入りです。そして、この手紙の受け取り主でもあります」
ご丁寧な自己紹介どうもありがとう。
なんて、今度はお返しに自分たちの自己紹介を行おうとしていたのだが、ふと彼女の台詞に聞きなれた単語を発見した。八虐………? ブロード………?
「聞いたか? 八虐だってさ。
アハハハハハ!!!
八虐だって……。八虐? 八虐……」
「明山さん。手紙の受け取り主だそうですよ。
アハハハハハ!!!
亡くなっている方が受け取り主なのに……。亡くなっている? 死人……」
二人の顔が急に青ざめてきた。
そう気づいてしまったのだ。
「「魔王軍幹部の八虐でここのお嬢様な死人!!!」」
俺達は席から立ち上がり壁に背をあてる。
「あっ、言ってませんでしたね。実は私の孫娘は幽霊なんですよ。ワハハハハハハハ!!!!」
当たり前かのように事の事情を話すお爺さん。
しかし、あのお爺さん。まだ酔ってるのか。
そんなことを考え、お爺さんを一瞬だけ睨み付ける。
一方で黒は幽霊なんて気にしてもいない様子でお爺さんとの会話を続けている。
恐怖で動くことができない俺たち二人にフィツロイは、
「ごめんなさい。いきなり幽霊だなんて驚かせてしまい。あのそれで、鍵穴の形をしたシミがある方はどちらですか?」
「あの……それはお……」
正直に答えようとしたのだが、フィツロイの次の一言は俺の意思を変えるものであった。
「困ってるんですよ。シミのある方を魔王様から抹殺しろと伝達で回ってきたので……」
「……前じゃなかったっけ? 英彦?」
友を売った。なんて人聞きが悪い。
俺は記憶力が悪い方なのだ。たしか、そんなシミは見たことがある気がするが、俺じゃなかったような気もする。あれ? 英彦は入院していたような気もするが。
まぁ、いきなり名前を売られた英彦は俺が何を言ったか、まだ理解できていない。
「いやいやいや、明山さーん?
酷いじゃないですか。無実なのに、シミなんて無いのに!!!!」
やっと、理解した英彦は俺に怒りをぶつけてきた。バレた……いや、俺の勘違いだったか。
「えっ? どっちですか?」
結局、どっちが抹殺対象か分からずフィツロイは困り果てている。
「ああ、正直に言うと俺だ。」
そう言って俺は戦う構えを取った。殺されるくらいなら返り討ちにしてやる。
例え、相手が魔王軍幹部だったとしても。
「覚悟を決めたんですね。では行きます」
フィツロイはそう言うと、俺の首を取りにかかってきた。
正直に言うとこんなに急展開で襲ってくるなんて、思ってもみなかったから、フィツロイの攻撃をなんとか避けて、そのまま逃げ去っていくのである。
廊下を真っ直ぐと逃げる二人を後ろから追いかけるフィツロイ。
英彦は涙目になりながらも必死に走っていた。
「何で僕も巻き込まれてるんですか!!!!」
「そんな事知るか」と言ってやりたいが少しでも油断すると、フィツロイに殺される気がするので今はとにかく集中して逃げるしかない。
だが、逃げてばかりでは殺されてしまうだろう。
その時、俺はあることに気づいた。
「あっ、英彦。どうしよう……」
ズボンのポケットから眼鏡を出そうと手を入れると、中に眼鏡は無かったのだ。
恐らくいつもの癖で食事中は外している。
というか、レンズに金と書いてある眼鏡を眼鏡と呼んでいいものだろうか。
まぁ、とにかく戦闘に必要な物をさきほどの場所に忘れてきたのだ。
「何やってるんですか!?
明山さん。これじゃあまた戻らないと……」
「そこで考えがあるんだけど……」
俺はそう言うと、走りながら英彦に作戦を発表する。




