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付喪神の暴走

 「何で? 何で? 何で? 何で?」


足がふらつく。走っていられない。床に倒れ混む飯野。その足は急にボイコットでも起こしたかのように機能するのをやめている。


「飯野ちゃん!?」


心配して駆けつけようとする黒だったが前に進むことができない。

この先に進めばどうなるか分からないと恐ろしくなったのだ。


「ぐっ……ギャァァァァァァッッッッ!!!!!」


悶え苦しみ始める飯野。それはあきらかにただ事ではない。

何が何だか理解できていない黒に山上が話しかける。


「おい、黒とか言ったな。お前気付かなかったのか? こいつから聞いただろ。不治の病だって」


「それが何。早く助けなきゃ……」


黒は恐怖を乗り越え、飯野の元へ行こうと一歩前にでる。それを肩を掴んで止める山上、黒はなぜ邪魔をするのかというような顔で彼の方に首を振り向かせた。


「こいつは数日前までは病室に引きこもって医者が薬を与えて寝かせられていたんだぞ?

お前にはどういうことか分かるか?」


だが、山上からの問いに思わず黒は立ち止まる。何か黒の中でも引っ掛かっていることがあるのだ。


「不治の病の奴がどうしてカウンセラールームに通っただけで今日みたいに走ったり出来ていたと思う?」


「何を言ってるの?」


「依頼主から俺たちは聞いてる。こいつは3か月前まではまったく動けずにベッドで横になっていたんだぜ。たくさんの医者に囲まれて治療薬を投与されてたんだぜ。そうしないとすぐに苦しくなる。あいつは3か月なんてもんじゃない。一生病室暮らしだったとさ」


黒は山上が何を言ってるのか分からなかったというより分かろうとしなかった。山上の説明が正しければ、怪しいのは1人しかいない。彼女が語ってくれた登場人物の中に怪しい奴は1人だけいるのだ。

だって、彼女は言っていたのだ。

人生を変えてくれた人だと、恩返しをしたいと、本当に感謝していると。




 だが、山上は彼女の馴れ初めを知っているかのように語り始める。


「俺たちは今まで何度もこういう事を体験を見てきた。依頼されたからな。

こいつは誰かによって付喪人になった。それも強制的に気づく暇もなく。

だから、病が気づかれない程、元気に見えてるんだ。


だが、お前も知っているだろ?

宿した付喪神の力を操れる支配力が基準より低いと、宿し主の体を使って乗っ取って自らの体を作るんだ。いわゆる【暴走】だ」


黒は山上の説明を聞き、再び飯野を見る。苦しんでいる飯野を見る。


「ねぇ? 飯野ちゃん。」


黒は飯野の事を心配して彼女に近づく。

だが、飯野の体が少しずつ人間では無くなっている。

もう下半身は完全に人では無くなっている。そして次第に上半身が変わっている。

これが【付喪神の暴走】。契約主の肉体の乗っ取り。

人型を保てないほど衰弱した付喪神が、人型に戻るために編み出した人間との共同形態。

付喪神は人型・・・肉体を再び手に入れるために人間と契約を交わす。

人間は新しい力を手に入れるために支配力の数値で押さえつけながら付喪神と契約を交わす。

それぞれの契約を利用した者。それが職業名ではないほうで形態名の付喪人。

だが、今の彼女は支配力が低下して、付喪神を押さえつける事ができていないのだ。


「飯野ちゃん……」


黒には苦しむ飯野を助けたいが、自分にはそんなことが出来る力がない。


「殺すなら今だぞ。今なら楽に殺せる」


「はぁ? 貴方いったい何言って?」


山上は無慈悲に飯野を指差すと、再び黒を睨み付ける。


「お前このままじゃ、こいつに殺されるぞ?」


「そんなことない。私はせっかくできた友達を切り捨てたりしない」


黒はそう言って見捨てたくないと思ってはいるが、黒の願いとは反対にもう完全に人では無くなっている飯野。

いや付喪神に近づいている飯野と言った方がいいだろうか。

飯野の自我はない。その付喪神は完全に正気を失うと、まっすぐに黒の元へと走ってきた。

飯野だった付喪神は手を尖った槍のように変型させる。

そして、勢い良く黒の腹部へ突き刺そうと突きを放つ。


「──飯野ちゃん」


その瞬間、ピクッと付喪神の体が、動いた。

だが、それはただの一瞬だけ。ふたたび付喪神は黒の腹部に向かってその槍のような腕を……。


「チッ、これだから……」


山上は頭を抱えて、ため息をついた。




 その後、黒の体が宙を移動する。

いや、正確には紐が巻き付いてきて引っ張られたの方が正しいであろう。


「あなたいったい何す…………!?」


山上の紐は黒の口や目を覆った。

これから始まる光景を見せるわけにはいかないからだ。

そして、黒の視界を覆い終わった紐は今度は付喪神の全身を縛り上げる。


「や………………め……」


黒の声は山上には聞こえない。

付喪神を縛った紐はまるで蛇が獲物を絞め殺すように巻き付いていく。


「グゥェィゲィィィィ。く…………お!!!!!」


そして付喪神の全身を縛り終えると、山上は力いっぱい紐を引っ張る。

すると、付喪神の体からは締め付けられた圧力により血が吹き出している。


「ギィャァァァァァァァァァァァ!!!!!」


そして、ゴリゴリとまるで骨が砕けるような音が聞こえ、それ以降は叫びと、血の吹き出る音しか聞こえない。

その声をかすかにだが黒は聞いていた。見ることはできないが、彼女は紐に視界を妨げられたまま泣いていた。

───だが、しばらくすると付喪神の叫び声も途切れ始めて屋上は静かになった。




 付喪神を殺しきった後、山上は紐に結ばれた黒に向かって、冷たく先輩としてのアドバイスを彼女に与える。


「───てめぇのバイト先には連絡しておいた。しばらくそのまま仲間を待っていろ。あと、これでへこたれるなら付喪人を止めるべきだぜ」


山上の歩く足音が聞こえる。去っていく。仕事を終えた山上は屋上から去っていく。

だが、黒には紐が絡まっているので見えない。

見えなくてよかった。見ていればおそらく黒は本当に立ち直れなくなる。

恐らくこれ以外に方法が無かったのだろう。

一人以上を守るために一人を殺す。

黒はその事を認めたくなかった。

ビルの下の方から大勢の人の足音が聞こえる。

だが、静かだった。彼らが去っていく音は静かだった。

それは勝ち誇った勝利ではなく。悲しい足音である。




 飯野は最期まで辛い人生だった。私は最期を見届けてあげられなかった。

だが、もし最期を見ていたら私の心は壊れているだろう。

黒は視界が使えない状態でそんなことを考えていた。

だが、同時にある疑問が出てきた。

支配力が低いと言っていたが、そもそも何故、彼女は付喪人になろうとしたのかという疑問である。

それに付喪試験には支配力の検査もあったはずである。明山は倒れている間に済まして貰っていたが。

そもそも、支配力が低いと好ましくないという理由で落とされるはずである。

それに3か月前から彼女が入院していたのなら、期間的にも付喪連盟試験は受験できない。

去年に受験したとしても、3か月でこの状態ならば1年間を過ごせているはずがない。

やはり、怪しいのは【カウンセラー】だ。

しかし、その他にも疑問があるが、答えを聞くべき相手はもういない。




 あれから三十分経った。

そこへ遅れてやってきた妙義は黒がす巻きにされている姿を見つける。

黒は妙義が紐をほどき、ようやく自由になったのだ。


「すまん、黒。私が来るのが遅かったから……」


妙義は悔し涙を流して言ってくる。

妙義はどうやら事の真相を知っているようで、飯野がいない理由も理解しているのだろう。

そんな彼女に黒は何かを決意したようにこう言葉を返した。


「違う。妙義のせいじゃない。行こう妙義、飯野との最後の約束を果たしに……」


「おい。黒、何処に行くんだ」


黒達は、静かに屋上を去って行った。

ここは付喪カフェの中。

俺は体を洗うためにシャワールームへと向かう。

本来ならシャワールームがあるのは変だが、ここは店長の家の一階をカフェにしているのでおかしくはない。

まぁ、この建物は俺が生まれる前からあったようだし…………おっと、話を戻そう。

俺は何日も風呂に入ってなかったので店長に無理を言って風呂を借りることに成功した。

服を脱ぎ風呂に入ろうとした時、ふと洗面台にある鏡に写る自分の背中を見る。


「ありゃ? こんなの前までは無かったのにな?」


ふと鏡を見た時に小さなシミを見つけたのだ。

最初はこいつが「入れ墨を入れているような不良青年だったのか」と少し悲しくなったが。

いや、よく見るとただのシミではない。


なぜなら、それは【鍵穴のような形】であったからである。



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今回の話もどうかあなたの暇潰しとして役にたちますように…。 気に入っていただけたら是非評価でもポチッと押していただけませんでしょうか。モチベーションに繋がりますので…。星1でも構いません!! ★これ以外の作品☆付喪神の力で闘う付喪人シリーズ
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