店長のご登場
「ぁ……明山……明山さん……明山さん」
近くで誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。うっすらと誰かが俺を呼んでいる。消えかけそうな視界を頼りにぼんやりと映し出された人物像。
「なんだ? 俺は生きてたのか」
「明山やっと目覚めたー。はぁ、まったくどれ程心配したか」
ベッドの上から黒が俺の顔を覗いている。
彼女はすっかり安堵した表情で嬉しそうに俺の顔を覗いてくれている。
頭から出ていた血も止まっている。おそらく黒が看病してくれたのだろう。
「看病してくれたのか? ありがとう黒。だけど、ベッドの上に寝かせるとか考えなかったのか? 体痛いんだが?」
俺は床の上に何も敷かれていない状態で横になっているようだ。
すると、黒は少し困ったような顔をして照れくさそうに頭を撫でながら口を開く。
「いやー、死人をベッドの上に寝かせるのも、どうかと思っちゃって…………………」
「まったく死人を粗末に扱うなよ。ちゃんと棺桶に……って俺は生きてるぞ!!」
「うん。ナイス乗り突っ込み!!」
ダメだ。こいつといると調子が狂う。速く話題を変えなければ、弄ばれてしまう。
「そういうつもりじゃ……。あっ、そう言えば英彦は?」
黒とくだらないやり取りを終えて、俺は英彦が見えない事に気付いた。
「それは………………あっ、でも安心して?
生きているわ」
黒の顔は明らかに何かがあった事という事を物語っている。
英彦の奴は白魔との戦いでさんざんな目に合っていたからな。
だが、とにかく英彦が生きているということを知れたのはありがたい。
俺がベッドで黒から近況を聞き込んでいると。
「明山君。目覚めたようだね」
ドアを開けて男が一人部屋に入ってきた。
その男、漆黒のコートを羽織り、手にはメニュー表を抱えている。
白い髪が右目を隠すくらいに伸びていて、ピンク色の瞳がキラッと光る。
「君が黒君か。初めましてだね。明山君から話は聞いているよ。私はこのカフェの『店長』をしている者だ。これからよろしく」
にっこりと軽く微笑む店長。
そんな彼の様子に緊張しているのか。あわてて黒は返事を返す。
「はい。こっ、こちらこそ」
黒に挨拶を済ませた店長は俺の方を見て、心配そうに俺の体調を尋ねてくれた。
「明山君。君、怪我は大丈夫かい?」
「………………はい。心配させてすみません」
「そうか。それはよかった。あと3日くらい停まってくれても構わないから。元気な姿でまた頼むよ?」
こうして、店長は俺が無事な事を確認すると、颯爽と部屋から出ていった。
この部屋に残されたのは俺と黒の2人だけ。
「店長って理想の大人像って感じね。イケボだし」
黒は既に店長が出ていったドアを見つめて言う。
「あっ、話を戻すぞ。英彦はどうしたんだ?」
「英彦は病院よ。あいつとの戦いで相当堪えたみたい。今は首の皮一つ繋がってるって所かしら? 」
確かに白魔に散々やられていたからな。
生きている事だけでも凄いと思う。
俺でもなんとか相討ち程度で終わることができた相手なのだから…………。
そういえば、あいつ最後に何か俺に伝えていたような?
なんか気絶する前だったから覚えていないが、なにか引っ掛かることを言っていたような気がする。
「あっ、あいつと言えば、あの戦いの後しばらくして立ち上がって明山にこう言ってたよ。政剣によろしくって」
「そうか。でも何で政剣に?」
「私の事は忘れていたのに政剣さんの事は覚えているのね」
そう言われてみると自分でも何故、政剣の名を知っているのかと疑問が生まれる。
何故この世界にいる者の名前を知っているのだろうか。
黒が頬を膨らませて拗ねているアピールをしてくるが気に止めず、政剣についてあんまり考えすぎるのもいけないので、俺はここで思考を閉ざした。
「とりあえず、色々とありがとな黒。」
「大丈夫よ。それよりも明山。後で店長に謝っておきなさいよ」
そう言って黒はドアを開けて部屋から出ていこうとしている。
「黒。どこかに行くのか?」
俺は単純に行き先が気になったので聞いてみることにした。
すると、黒は振り返って俺の方を見て口を開く。
「英彦のお見舞いよ。あっ、明山は寝てて。だって今日は木曜日でしょ?」
確かに壁に掛けられたカレンダーに書かれている日付を見てみると確かに木曜日であった。
白魔と戦ったのは土曜日の夜から日曜日の早朝。それから数日経って目覚めていると言うことは俺は結構な時間を眠っていたのだろう。
こりゃ確かに心配かけた。「ほんとに悪かった」と申し訳ない気持ちになりそうだ。
その言葉を発しようとしていたのだが、既に黒はドアノブに手をかけている。
「…………そうか。気をつけてな」
俺がそう言うと黒は笑顔で返しながら部屋から出ていった。
ああ、言えなかった。




