暴走は止まらない
「父さん?」
白魔は何かを感じ取っていた。
暴れ回っている自分の体の奥底にある何かのせいで心が苦しい。
その苦しみはどんどん体の外へと出ようと広がっていく。
それは、無力な自分への恨み。
父が死んだことを理解した衝撃。
哀しみ、そして犯人への怒り。
様々な物が混ざりあって溢れ出す。
「ウッウッ…………。ヴウッ。うわぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
彼の大切な者はもういない。感じ取ってしまったのだ。
離れていても気づいてしまったのだ。あふれでてくる。
何かが自分では分からない何かが………。彼は葛藤していた。
知りたかった。悩んだ。怒った。哀しかった。
そんな時、自分でも分からない時、人は成長する。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
もう彼には分からなくなった。
自分が誰で、何をしようとしていたか。
だが、目的は見つけた。
この感情を止められる方法を…………。
彼は歩き出す。一歩ずつ一歩ずつ。
英彦を無視してゆっくりと歩き出した。
「うォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!」
もう誰も彼を止められない。
彼は自身の限界を超え、さらに成長していた。
精神的な暴走状態に入ってしまったのだ。
「マジかよ。更に状況が悪くなってる」
それは、俺は死神さんと別れた後で黒と合流し、このヒョウタンの説明をある程度終わらせ、作戦を建てている時だった。
「これは負けイベントね。戦ったら確定で負ける奴だわ。
悔しいけど、今の私達じゃどうにもならない。
これに頼るしかないわ」
最早打つ手はこれしかない。このヒョウタンを使うしかないのだ。
「よし、行くぞ黒」
「ええ、主役の力を見せてあげるわ」
覚悟を決めて飛び出そうとしていたが、俺は再び黒を連れて草むらに戻る。
そして、改めて確認をとっていた。
「主役は俺だぞ? 黒」
すると、黒はまるで人を見下すような目をこちらに向けて………。
「今はね。でも、そのうち私は主役になってみせるわ」
「いいや、主役はこれからもずっと俺だ」
「へぇ? じゃあどっちが主役にふさわしいか、審査してもらいましょう」
「いいぞ」
審査などしなくても俺が主役なのは明らかである。それでも草むらの中で睨み合っている二人。
「ねぇ、そこの貴方」
黒は丁度、草むらの中を進んでいる男に声をかけた。
彼は振り向きこちらをじっと不思議そうに見ている。
すると、黒は手を振り、彼をこちらへ近づけさせようとしている。
彼は自分が呼ばれていると分かり近づいてきた。
そして、ある程度の距離まで近づくと、黒は自分と俺を指差してこう言った。
「私とこいつどっちが主役っぽい?」
黒にそう問いかけられた男は少し呆れた表情をしている。
うん。これはいきなり聞いた俺達が悪い。
「軽く謝っておこう」と思って口を開けようとした時だった。
男は片方の手のひらを俺達に向けてきたのだ。
「………どうでもいい」
そう言うと男は手のひらから爆弾を発射した。
そう、これも作戦だったとは彼も気づくのが遅かった。
俺と黒が考えた奴を弱らせる作戦である。
「あっ、やっぱりそうだよねぇ……」
「でもこんなに近くまで近づいてくるなんてね」
男は気づいた。足元には先ほどと同じ…………。
「はっ、しまった!?」
俺たちの目の前で激しい爆音と共に爆弾は爆発した。
「あははははは。貴方同じ手に引っ掛かるなんて情けない死にザマよね」
黒は腹を抱えて笑っている。
俺たちが弱らせられないなら、自分の攻撃で弱らせるしかない。
そう考えて行った作戦である。
黒が高笑いして勝利を確信している様子を見ると、どっちが悪役か分からなくなってしまう。
「さぁ、明山。そのヒョウタンにこいつを封印するのよ。
はぁ~やっと終わったわ。初依頼達成ね。
あっ、さすがに報酬は貰えるわよね。
でも、爆弾魔退治って言えばきっと貰えるかしら………?」
俺に聞いているのだろうが、はっきり断言しておけば貰えないと言っておこう。
というかこいつ金の事になると豹変するな。
──そんなことを俺は考えている。
「ちょっと明山。ねぇー明山」
「ハイハイ。言っておくが報酬は無しになるだろうな」
すると、黒は少し青ざめた顔で指を指している。
彼女は俺が持っているヒョウタンを指差しているのだ。
あれ、ヒョウタン…………?
なんと、それはただのボトルビンだったのだ。
俺たちは必死になってヒョウタンを探し回っていた。
「おいおいヒョウタンは…ヒョウタンはどこだよ」
だが、どこにもヒョウタンはない。
俺はまっすぐ前を見て黒に話しかける。
「黒、やっぱり主役やっていいぞ」
すると、黒も前を見て、
「私………あの後、考えてみたんだけど………。やっぱりまだ主役としては未熟者だから…………。」
こうやって、話している俺たちの後ろに激しい怒りを持った者がいるようなそんな気がする。
怒りのオーラを激しく感じるのだ。
正直後ろを振り向くのが怖い。逃げたい。帰りたい。
だが、この物語が始まって以来のバトル展開である。
俺の覚悟は既に決まった。
前の世界では一度も慣れなかった主人公。
それはどんな形でも良かった。
俺は本当に主人公になりたかったのだろう。
今、少しだけあの女性に感謝している。
こんな事を考えるとは自分でも驚いている。
俺は後ろに振り返り、男を見た。
やはり、男は怒っている。
今にも堪忍袋が爆発しそうなほどに…………。
俺は男の顔をもう一度見て宣言した。
「俺の全財産630円を賭けお前を倒す」
俺から白魔への勝利宣言だ。
だが、白魔は本当は、戦いたくなかった。
今すぐにでも父を殺した犯人をなぶり殺さなければいけなかったからである。
しかし、それと同時に頭の中を駆け巡ったモノ。
それは明山をここで消さなければならないという危機感だった。
白魔にはその理由は分からない。
だが、本能的に感じ取ったのだ。
もはや彼は戦わなければならなかった。
「こい!!
相手をしてやるぞ。ただし、4分間だ」
俺は言われた通り、白魔に向かって走った。
「『10円パンチ』」
激しい連続のパンチが白魔を襲う。
だが、やはり彼には効いていないようだ。
パンチを喰らわせるために一瞬宙に浮いてしまった俺に、白魔は強烈な拳の一撃を喰らわせる。
更にそれと同時に手から爆弾を出し、瞬時に爆発させて、強烈な拳と爆発、そして爆風を添える。
「ぐはぁぁぁ!??」
俺の体は吹き飛ばされ地に転がり落ちた。
「くっ、多少頭から血が出始めている。
あいつ自分が怪我をするとわかっていながら………。」
対して白魔の方は手から少しだけ血が出ている。
どうやら自分も危険な距離で爆発させたようだ。
「これしきの痛みは………痛みは…………このオレがこれから乗り越える罪への代償だ。オレはお前を殺すその罪へのな!!」
白魔は怪我をおった状態でこちらに走りだし、俺の頭を掴み拾った。
そして、走りながらあちらこちらの地面に俺を叩きつける。
激しく上下する頭。
その後に感じる地面との圧力。
地獄のような痛みが全身を奮い立たせた。
死んだ方がどれ程楽だろうか。
そうして、叩きつけ終わるとボロボロになった俺の胸ぐらを掴み、顔面に目掛けて力強く拳をぶつける。
「明山ーーーー!!!」
黒の心配も虚しく、俺の体には限界がきていたようだ。
為す術もなく無惨に散った俺はただ時を止められたかのごとく動かなかった。




