元の世界へ
目が覚めるとそこは夕方の鉄橋であった。
そばには大きな川が夕方の闇に隠れながらも流れている。
普段なら、車が行き交うような通行量の多い鉄橋なのだろう。
しかし、今宵は車の1つもその橋を渡ることはない。もちろん、車が渡っていないというだけで、人間がいない世界などと思われてほしくはない。
この鉄橋を越えた先にあるコンクリートジャングルからは電気の光が輝かしく光ったり、鉄道の窓には数人の人影が映っている。
人間はいる。この世界に人間はいる。
ただ、この鉄橋だけがこの世との繋がりを持たないかのように静かな時の中にいるのである。
先程まで俺がいた半壊にも等しい魔王城とは違う開放的な舞台に圧倒されそうになりながらも、俺は自分が移動してこれたという事実を身をもって確認できた。
「やはり、追ってきたか」
その声のする方向へと顔を向く。こんな場所で俺を待っているのは1人しかいないはずだ。
「ああ、お前が裏切った妖魔王のお陰でな」
「フッ、裏切ったとは人聞きの悪いことを言われるものだな。我らは奴の仲間に堕ちたことなどなかった。だが、感謝してやるのもいいかもしれん。こうしてお前をここまで運んでくれたのだからな」
「───俺を待っていたのか?」
「ああ、待っていたとも……。どちらにしてもお前なら来ると考えていたし、来るなら来るでトドメを刺さねば我らの計画も達成できなくなる」
俺というルイトボルトである存在はヘレシーにとっては害であるということだろうか。
そういうことならありがたい。少しは自分に自信がつく。
「お前に我らの願望を覆されてみろ。
我らが教えが確定になる時、我らはその世界を見届けて消える。
その後の世界に貴様がいれば計画は無になる。
我らの消滅は無駄になる。
我らは教えを育むことはない。キッカケ……土台を作るのみなのだ。だが、それだけでもいい。我らが教えを疑う者は異端者となる。要は多数決だ。疑う者は罰せられる。罰せられていた側が罰せるのだ。」
新世界の礎に自らがなるといったところだろうか。エルタからは自分が消えたとしてもどうでもいいというように、自己愛が存在していない感じがする。
【皆の事を想った行動】か……。
結局、俺たちは自己愛が少ない人間だったのかもしれない。
「我らと貴様らは互いに相反している。要は光と闇のようなものだ。光は闇を照らし、闇は光を呑み込む。ここに力の差はない」
俺はあいつを終わらせられる唯一の存在で、あいつも俺を終わらせられる唯一の存在であるということだろうか。
勝敗を決めるのはそれ以外……。
「勝敗を決めるのはそれ以外ってやつか?
分かりやすいもんだな」
「いや、そういうことではない。それもあるかもしれない。だが、忘れていないか明山? お前はまだ羽化前……。完全に人間を捨てきれていない存在ではないか?」
「あっ……!?」
そういえばエルタの言う通りであった。
この不死身性を持ってしまってから人間を超えていたと思っていたが。
俺はまだ完全にはルイトボルトになっていない。人間を捨てられていない。
俺はまだ不死身の人間なだけ、不死身の神ではない。
「つまり、まだ力の差は埋まっていないということだ。我らとお前には圧倒的力の差は存在している……」
その台詞を言い終わる前にエルタの姿が俺の目の前から消える。
始めからそこにいなかったかのように、俺の目の前には誰もいない。瞬間移動なんてもんじゃない。移動する素振りなんてなかった。
そして、次の瞬間に俺の視界に映ったのは、奴の腕が俺の心臓を掴んでいるシーンであった。
俺の心臓を握りしめながら、エルタは冷静な表情で語る。
「このようにいつでもお前の心臓など握りつぶせるのだよ。いや、お前は死なないか。
鍵を奪えばいいんだったかな?」
そのまま、俺の胸からエルタは自身の腕を引き出す。
すると、俺の体は支えを失ったように後ろへと倒れかかる。倒れかける。
すんでのところで俺の胸に空いた傷は塞がれた。塞がるまでの時間0.3秒。
「カッ…………はぁ…………」
痛みに耐えながら、倒れることはない。そんな姿の俺を見てエルタは感心するように言った。
「ほぉ、1秒以下。なかなかのものだな」
そう言いながら、エルタは自分の腕についた俺の血をパッパと払い飛ばす。
そして、その腕で俺の髪の毛を掴み持ち上げると、今度は片手で俺の体に向かってパンチの連打を与えてきた。
「オリャオリャオリャオリャオリャ!!!!
ハハハハハハハハハハハッ!!!!!」
まるで肉のサンドバッグ。
パンチの一撃一撃が鋼のような鱗で覆われた拳で行われる。
「…………オリャァ!!!!」
そして、最後の最後にエルタは手のひらを広げて、そのまま横薙ぎに俺の胴に向かって放たれた。
その手のひらはまるで切れ味のよい剣のように俺の上半身と下半身を切断。
今、俺は髪の毛を掴まれた状態で下半身を薙ぎ飛ばされてしまった。
「…………てっ、てめえ………」
「そう怒るなよ。不死身なんだろう?
我らはただ自分の力を試しているだけだ。復活したばかりでな」
そのままエルタは「悪い悪い」と適当に謝りながらも、俺の髪の毛を掴んだまま、おもいっきり地面に向かって投げ飛ばす。
「ッ…………!?」
俺の体はまるでボールのように跳ねながら、ゴロゴロと橋の上で転がっていく。
そして、数メートルほど投げ飛ばされると、その頃にはもう俺の体は復活していた。
復活したての足で立ち上がる。
「……ひどいことしてくれるじゃないか」
遊ばれている。バカにされている。口で文句を言うことしかできなかった。
「ハハッ、だから悪いと言ったではないか。謝っているわけだ。許してくれてもよかろう?
それが嫌なら鍵を渡せ。今度こそ、丁寧に敬意を払いながら殺してやるから」
あくまでも、あいつの目的はやはり鍵のようだ。
今のエルタにとって厄介なのはルイトボルトしかいない。あの悪魔を止められるのはルイトボルトしかいない。
そして、完全なるルイトボルトになるためには鍵が必要となる。
だからこそ、エルタは自分に対することができる存在を生み出すわけにはいかない。
差がある勝負を互角にするわけにはいかないのだ。
確かに、そんな死に地獄を味わい続ける理由もない。俺が生きていく必要があるわけではない。このまま、エルタに鍵を渡しても、俺が死んだ後の世界だ。仲間もみんな死んでいる。それに、きっと生まれ変わった俺はそんな世界に対応できるだろうし……。それが普通と思いながら生活をするのだろう。
逃げてもいい。死んでもいい。
「もう疲れているのだろう?明山。
貴様は充分に生きた。もう楽になればいい。ラスボスに殺されるというのも華やかな死ではあるぞ?」
……………だけど、逃げるのは最終手段だ。
逃げてばかりじゃいられない。
俺は今まで逃げずにやって来たんだ。だったら、最後の最後、出し尽くす寸前まで抗ってやる。
例え、この身が人でなくなったとしても俺は生きる。今の俺で生きたい。
「充分に生きた……?
俺はまだまだ生きたりない。俺は生きてあいつらとまた日々を送りたいんだよ!!!!」
約束したんだ。
また、カフェに戻ってこようと約束したんだ。
どんな形になってもこの約束だけは守ってみせる。
もう覚悟はできた。俺は完全なるルイトボルトになる!!
俺は人間を捨てる。




