イレギュラー
幼き兄妹の体に突き刺さる両剣。彼らの体に平等に貫通し、刃に血が流れ落ちる。
その小さき背中の後ろでは1人の男が殺意をこめて刀を押し込んでいる。悔しそうに背後を睨みつける。その兄妹の首筋からは汗が流れ落ち、口からは血が流れ落ちている。
「「きっ・・・・貴様・・・・」」
兄妹の背後で不敵に笑う1人の悪魔。彼は痛みに耐えている2人から剣を抜き取る。
剣を抜き取られた兄妹の体はそのまま地面に横になるように倒れる。
「────ふはっ・・・・ふははははははははははッ!!!!
やったぞ。ついに・・・この時を待ち望んでいた!!!」
彼は魔王を見下すようにその場で立っている。
漁夫の利という状況で3人の戦いの隙を探していた男。
彼はこの時をずっと・・・・ずっと待っていた。彼の腹から喜びの笑いと笑みがこぼれ落ちる。そんな彼の姿に俺は見覚えがあった。
「お前・・・・なんでここにいるんだ?」
本来はこの場所にいないはずの男。いや、完全に場違いな男。こいつの出番は既に終了し、ここにいるべきではなかった男。
藍色の髪の毛で、中世的な顔の持ち主であり、俺が初めて出会った八虐の男。
それは因縁の相手であり、またあの日以来存在を隠していた。
「そうか・・・・。貴様がルイトボルトの意思を継いだか。まぁ、いい。貴様に見られた所で何も変わらない」
「お前がどうしてここにいると聞いているんだよ!!!
ブロードピーク!!!」
その男が完全になぜここにいるか。俺には疑問しか浮かばない。
ただ、目の前で倒れている魔王を踏みつけている彼に対する怒りがわいてきた。魔王を倒すという目的は同じであっても、この光景を見せられて魔王に対する同情しか湧かない。
元部下に下剋上をくらって成功しているのだ。
「なぁ、お前・・・・なんで魔王を?」
「なにか疑問があるのか? 貴様は魔王を倒したい。我らも魔王を倒したい。
それは我らが同じ役目ではないか」
そう言ってブロードピークは魔王の腕を力強く踏みつける。
「幹部をやめてはいても、元仲間じゃないのかよ」
「元仲間? そんな情をこいつに与えるか? 貴様もこいつらに狙われていたのだろう?なぜ、情を持つのだ。ああ、我らと魔王が仲間だからという事か?
気にすることはない。我らは元々そのような感情はなかった。近づいたのも、この時のためなのだよ。我らは長き人生でひたすらにこの日を待っていた。礼を言うぞ。明山平死郎。なぁ・・・・魔王。先ほどからショックで黙っているようだが。貴様を倒したのは我らだ。つまり、どういうことか。分かるよな?」
「「────お前・・・・最初からソレが目的だったな?」」
恨めしそうに床に這いつくばいながら、2人はブロードピークを睨みつける。
「そうさ!!! これまで貴様に仕えてきたのはそういうことさ。いい加減に返してもらうぞ。貴様ら魔王に奪われてきた我らの力」
ブロードピークが宣言して魔王に向けて手を伸ばすと、魔王の力がブロードピークに流されていく。
「んんんんんン!!! 戻ってくる。やはり、馴染む馴染む」
そうして、全ての魔王の力がブロードピークに吸い取られていき、2人の兄妹魔王はただの人間に成り下がってしまった。ただ、人間が胸に刃を貫かれただけである。
そして、魔王の力とブロードピークの肉体は協調、ブロードピークの肉体が膨張し、藍色の髪の毛は逆立ち、腕には黒き竜のような鱗が浮かび上がっている。
『かつてあった6つの思想が外道という呼称を与えられた概念。
ここではその名称を基として階級を騙し6柱。
それは教えであり悪ではない。ただ外されてしまったもの。教えは違えど行き着く先は真理の会得。
ただし、騙る者はその基を守ることはせず己と論を合わせて自らの都合よく動く。
その目的は思想の証明、採用、変換。その世界にすでに根ずく教えの崩壊。
内道を否定しさらに外道を騙るその名付けられし名はヘレシー』
変わり果てたブロードピークの姿はもはや人間だったころの姿とはかけ離れている。
まるで悪魔、黒き竜人のようなその姿が俺の目の前に現れる。
「改めて自己紹介と参ろうか。我らが担当は【道徳否定】。この世に善悪などなく、全て人間が決めただけの勝手な主観。その概念を正す者なり。我らが名は『エルタ』。ヘレシー『エルタ・レメゲトン』である!!!」
力を取り返した竜人は、八虐幹部の悪魔と同じ名を語り、その喜びをあふれ出るような笑い声で表現していた。
目の前にいるブロードピークが名乗った名前は、魔王軍幹部の八虐の1人であったエルタの名前であった。
さすがにこんな時に何を言っているんだと考えたが、もしもその名前が真の名前であった場合、納得ができるはずもない。
「お前が・・・・エルタ?」
驚きに目を丸くして3人はエルタと名乗る怪物を見つめる。
「ブロードピークなど仮の姿。いや、エルタももはや仮と言っても構わんだろう。我らは魔王に力を奪われる代わりに魂の不死を手に入れていた。この呪いが解けるまで我らはこの世にしがみ付かねばならなかったのだ。この地獄!!! まさに地獄!!!
我らに魂の安らぎは存在せず、何度も何度も転生を繰り返した。その度に我らに新しい人格が芽生える。貴族 王妃 商人 旅人 奴隷 あらゆる人生を我らは人間として過ごしてこなければならなかった。我らには天国も地獄もない。この世に縛られた獣だったのだよ!!!」
エルタは悔しそうにこぶしを握りながら言葉を発した。死ぬ度に新しい人格が残り続ける。魂の安らぎも救いもない永劫とはなんと苦しいものであろうか。奴は人よりも長く人であり続けた。その度に人の側面を味わい続けた。いつか来るであろう解放の日まで彼は耐え続けた。そんな奴がこの日をどれほど待ちわびていたか。その喜びがどれほどの物であるか。俺には見当もつかない。
「お前らにわかるか?
苦痛にもだえ苦しみ解放されても、またその苦しみを味わう肉体にある人生が・・・・。
生を受けるとは死に出会うこと。我らは目覚めるたびに死におびえて経験する。
人間などという格下の生命体に落とされ、少しの致命傷でも涙が出るほどの苦痛にもだえる」
エルタからの訴えに俺は理解することが出来ない。俺は元々から人間だ。人間である俺が人間でない奴の怪物性を剥奪されて人間にされた気持ちなど理解することが出来ない。だが、奴の言葉にこもった熱意は本物だ。今まで出来ていた取柄が急にできなくなる。そういう風に考えることが出来れば、少しはエルタの気持ちが同情できるかもしれない。
まぁ・・・・同情したとしても奴の事を完全に理解してあげることはできないが。
「「だったら、もう苦悩する心配もない。お前は力を取り戻したんだろ?
なら、もうお前の目的なんてないはずだ。颯爽と我(妾)らのもとから消えろ!!!
形はどうであれ、魔王を倒した人間たちには勝利を与えなければならない。ここはお前の出る幕なんてないエンディングになるのだからな!!!」
魔王からの批判。
本当なら決着をつけるべき相手は俺であるのに、その勝負を邪魔された怒りからか、魔王はエルタの事を避けたいと考えているようだ。
もと部下に背後を取られて、力も奪われた。その怒りをぶつけるべき相手に魔王はその幼い口から愚痴を吐き出す。
すると、エルタは「目的なんてないはずだ」という魔王の発言に反応し、微笑を浮かべながら魔王の兄の髪の毛を掴んでこう言った。
「魔王よ。何か勘違いをしているな。我らヘレシーの称号を与えられし騙者の目的は思想の証明、採用、変換。その世界にすでに根ずく教えの崩壊。
終わりではない始まりなのだよ。我らが力を取り戻した時、歯車は動き出したのだ。
『正義も悪も存在しない人が欲望のままにその自我をふるえる世界。』その実現のために我らは動き出すのだ。
その世界に裁きはない天罰もない。何をしても咎にはならない世界。ストレスのない力だけが支配する世。それこそまさに解放である。欲望のままに生きる素晴らしき世界である」
それがエルタの真の目的だというのか。
魔王の真の目的も壮大すぎる物であったが、エルタの目的とは違い愛があった。
何をしても裁かれない世界なんて愛がない。
強者のみが正しく敗者のみが苦痛を強いられるというのは正義とも考えることが出来るが・・・・。
エルタの発言では、全てが人間の自由な行動に任せられた欲望が渦巻く地獄のように聞こえる。まるで世紀末のような世界だ。
そんな世界の実現なんて俺には許すことが出来なかった。【皆の事を想った行動】などのかけらもない。アニキの言っていた【一番いけないのはどちらかの権力を目的の無いまま個人の鬱憤払いのために使うこと】の世界そのままではないか。
そんな世界なんて望まれていいと言えるのか。今の俺には正しいのかは分からないが、俺個人としてはそんな考えは苦手である。
「ふざけるな!! そんな世界が認められてたまるか!!!」
「うむ、口先だけで挑みに来ないのは褒めてやるわ。だが、認めぬのなら認めさせればよいだけのこと。貴様らの心に根ずく教えを塗り替えれば良いだけのこと。
我らの根が世界を覆うとき我らの教えが真実となるのだ」
強制的に自らの信仰へと書き換えるつもりなのだろうか。
やはり、こいつらは騙者だ。信仰という観点からの偽者ではなく、その思想を自らの都合のいいように解釈し利用するために異端を騙る者という意味の方。
これで、ヘレシーと枠付けられている奴らが全員エルタみたいな騙者であった場合、話し合いで解決できないのは確定した。
こいつは死神さんの仇でもあり【皆の事を想った行動】とは言えない世界を作ろうとしている俺の敵である。
エルタは大広間の中央へと歩き出す。その足取りはきれいでカツカツと音を響かせながら歩いていく。
「だが、新しい世界に貴様らはいらぬ。思想が塗り替えられたとしても、いつ叛逆してくるか分らんからな。とくに貴様だ明山平死郎。貴様はルイトボルトに選ばれた。
ルイトボルトなどの神はヘレシーに敵対する唯一の勢力。覇者となるべき、頂点に立つべき我らに歯向かう悪の思想は消さねばならぬ」
こうして、エルタが大広間の中央へとたどり着くと、奴は掌から小さな炎の球体を出現させた。それは熱く見ただけでも目が熱線に晒されているような明るさ。それはまるで手のひらサイズに小さくされた太陽。
「見るがいい。これは小型太陽だ。この星を焼き殺す崩壊の種だ。我らとは違い、平行世界を移動できぬ貴様らに逃れることはできぬ。貴様らに最も残酷で逃げられぬ死を送ろうというわけさ。魔王よ、今までの礼だ。苦しみに悶え、生きながら溶けて焼き殺されて死ね!!!!!!!!
うむ。鍵の獲得者・・・・いや貴様のような血統は油断してはならない。奴らはいつも逆転する我らを狙う。だからこそ念入りに殺さねばならぬ。恨むのなら、『付喪神と人が共存してる世界』に転生した運命を恨むことだな!!!
フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
エルタは小型太陽をはるか遠い宇宙に向かって投げ飛ばす。
エルタに飛ばされた小型惑星は大気圏を超えて宇宙に飛ばされた。
そして、そこから隕石のようにこの星に落ちてくるのである。
そんな絶望的な光景を置き土産に残していきながら、エルタは高笑いしながら別の平行世界へ旅立っていくのである。




