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終戦の女神

 ルイトボルト。

それはあの世界に存在している女神の名前である。

ルイトボルト教の信仰対象とされてる唯一神。

そして、鍵の獲得候補者争いにて、【鍵】を獲得した者の別名。

それがルイトボルトである。

いわゆる平行世界の創造神と言えば分かりやすい。

しかし、そのルイトボルトが俺の横にいるなんて、信じたくもなかった。


「───黙っていたのは悪かったわ。

でも、いつかは言わなきゃと思ってた。私があなたたちの前からいなくなる前にね」


「……………………いなく…………なる?」


とにかく、彼女がルイトボルトであるという真実はやっと受け止めきれた。

それでも、まだ冷静になれていない脳で彼女の台詞から気になる点を聞き出す。

なぜ、彼女がいなくなる必要があるのだ。

彼女はなにも悪いことはしていないのに、ただのルイトボルトという神なのに…………。

知識が増える度に謎が増えていく。


「そうね。まずルイトボルト教は一神教なのは知ってるでしょ?

前に読んだことなかった?

お姫様を護衛するために乗ってた馬車の時」


「ああ、お姫様の護衛の時にルイトボルト教神話をちらりと読んだ」


「それなら、話は早いわ。

ルイトボルトは1人であり、1人じゃない。複数の集合体がルイトボルトなの。山々が連なった山脈のような物ね。

平行世界を司る神。つまり、ルイトボルト教が信仰されてない世界が主世界なの。

まぁ、その主世界も数個あるから、どれが原点なのかは分からないけどね」


黒の説明は理解できた。

理解できたけれど、それが別れる理由にな………………いや、理由になるのだ。

ルイトボルト教は一神教。唯一神である平行世界を司る女神ルイトボルト。

つまり、ルイトボルトは同じ場所に2人いてはいけないのだ。


仮にこの世界をA、新しい平行世界をBとする。

もともとAを創ったルイトボルトはAで神として存在している。

しかし、Aに危機が迫った時、エベレストの救済システムが発動。

鍵の獲得候補者争いが始まる。

鍵の獲得者はルイトボルトという名を手にいれ、【鍵】を手にする。

その時点でAにいるルイトボルトと、Bを創ろうとするルイトボルトの2人になるのだ。

その場合、唯一神が2人いることになる。

それも神話の崩壊。基礎の崩壊に繋がるのである。


「もし、ルイトボルトが2人の場合。通常の世界だと維持は不可能。だから、古い神は力を失い新しい神の肉体に貯まる。

私の体にはね。これまでのルイトボルトがすべて背負わされているの」


どちらにしろ、その運命は変わらないということだ。

ルイトボルトは後輩に力を遺して吸収される。

これまでのルイトボルトの積み重ねがルイトボルトを創る。

そもそも、新しいルイトボルトを決める儀式が鍵の獲得候補者争い。

滅び行く世界のルイトボルトはどちらにしろ、世界と消える運命だというのか。

自らが産み出した世界と共に神も死ぬ。


「じゃあ、消えてしまうのか?」


「消えるんじゃないわ。見えなくても側にいる」


まるで見えなくてもが心の中にいるという死に際に放つような台詞でも言うように彼女は語る。

でも、本当に見えないんじゃそれは側にいるといえない。

いたとしても実感できないことである。




 その時、黒と俺が話をしている最中。

俺の鍵穴の形のシミが一瞬まばゆい光を発し始めた。


「なっ………なんだ!?」


思わず、その光の眩しさに目を瞑る。

それは始めてみるような輝きであった。

眩しいだけじゃない。優しい温かさ。

その輝きは一瞬のものであり、俺の体から光は現れなくなる。

すると、黒の体が透け始める。

それは先程の黒の説明でわかりきったことだった。

鍵の獲得候補者争いは終戦を迎えたのだ。

もう1人の鍵の獲得候補者が死んだのだ。

それを現すかのように黒の体が透け始めている。


「…………マナ……いや……あの娘。安らかに次の人生は素晴らしい者になることを願ってるわ」


空に向かって彼女が独り言を呟いている。

しかし、問題はそれだけではない。

彼女の体が光になりながら、透け始めているのだ。


「おい…………。黒?

お前!!!体が!!!」


その現象に彼女は慌てることも、驚くこともない。

それが来ることが分かっていたかのように。


「ええ、時間が来たみたいね。あの店長やるわね。タイミングバッチリじゃない。

まぁ、もう未練もないわ。心置きなく引退できる」


その悟りきった言葉を聞いた時、我慢していた俺の感情があふれでてきた。


「でも、約束したじゃないか。みんなで……金曜日バイトメンバーでまたカフェに帰ってこようって。まさか、その事実を知ってて約束したのか?

そんなの…………そんなの…………ずるいんじゃないか!?」


ずるい。黒は嘘つきだ。

約束したのに、最初から約束を守る気なんてなかったのだから。


「そう言われると困っちゃうわ私。

本当はね。言わずに消えようと思ってた。言うのが怖かった。

でもね、あなたのお陰で私は言えたの」


俺のお陰……?

俺はなにも返せていない。なにもしてあげられていない。ただ、側にいただけでなにもできなかった。それなのに黒は俺のお陰だと言ってくれている。そんな覚えは微塵もない。


「次のルイトボルトなんて知ったこっちゃなかったわ。ミスしてこの世に追放された時もそう。私は限られた神様生活を謳歌して、いつの間にか消えてやろうなんて考えてた。

でも、少しだけ。鍵の獲得候補者のことが気になったの。

鍵の獲得候補者なんて殺し合う敵だったけど、それを見守る立場としてどう見えるのか。

普通の人間だったわ。まぁ、ヤバい奴もいたけど。

でも、特に興味を持ったのはあなたね。

最初は『間違えて飛ばした子はどうしてるかなー?』なんて考えながら試験会場に行ったの。

そしたら、なんだか英彦と2人で楽しそうで…………。この世界に慣れきってた。

もちろん、たまに私への恨み辛みは聞こえてきたけどね。そこは怒ってないけど。

そしたら、いつの間にかあの場にいた。

私が経験したことない楽しみがそこにはあった。仲間ってこんな感じなのかって感動しちゃったもん。

戦ってる時も自分のためじゃなく、その信念のままに戦ってた。守っていた。

それが特に他の奴らとの違いね。鍵の獲得候補者の価値を知らないからかもしれないけど。知っててもそんな感じなんでしょうね」


そこで、彼女は静かに息を吸う。


「そこに惚れた。バッカみたいに話して…………共に歩いて。喧嘩して。楽しかったわ。

ねぇ、“付喪神と人が共存してる世界”はどうだった?

私、責任感じてるんだけど」


「───ああ、最悪だったよ。

いきなり、あんな世界に連れていかれて……。

訳の分からない異世界人生を送らされて……。

無慈悲にも敵に狙われて……」


今思えば、“付喪神と人が共存してる世界”に転生したばかりの頃は本当に憎んでいた。

異世界転生詐欺など罵った。

俺の予想していた異世界とはかけ離れていた。

異世界なのに、現代機械があるってどういうことだよ!!

なにも悪いことはしていないのに魔王軍幹部八虐に狙われたし!!

記憶喪失のフリをして、騙しながらみんなと接していかなきゃいけないという罪悪感に襲われたし!!


けれど……。俺はここで息を吸い、再び口を開き始める。


「けれど……。それ以上に最高だった。

みんながいたから、楽しかった。

みんなとあの場所で過ごせて幸せだった。

ありがとう黒。お前のお陰だ」


そう…………と黒は優しい笑顔で俺に笑いかける。

その全身はもう薄く。反対側の景色が見えるくらい薄くなっている。

時間はない。時間が足りない。

だからこそ、彼女は遺言のようにこの場にいる者に向けて、最後の言葉を送る。


「妖魔王……!!

あなたの願望は叶わないわ。うちのバイトリーダーなめるんじゃないわよ!!」


「「ああ、残念だがその願いは聞けないな。そのバイトリーダーを倒して鍵を勝ち盗るのは我(妾)らだ」」


「フッ…………言ってりゃいいわ。ルイトボルトの力なめないでよね!!!」


「それじゃあ、明山。私はもう行くわ。

あなたは今まで通り、あの店に帰るだけでいい。素晴らしい勝利を期待しているからねーー!!」


消えていく彼女の肉体。

ルイトボルトが2人同じ世界にいられない。

彼女はそれを知っていたのに、俺には黙ってくれていた。

俺を騙し続けてくれた。

もうここで彼女とは別れなければならない。


「ああ、行ってくる」


でも、最後に思い付いたのはその言葉だけであった。

普段通りの挨拶表現であった。

本当はそれ以上に彼女に対して、声をかけてあげなければならない。

それでも、いつも通り。変に言葉を言い繕っても悲しくなるだけだったから。

いつも通りの挨拶表現。いつも通りの平穏。

決して、涙を見せることなく、その言葉にすべてを込めた。


「──────…………」


その挨拶に対して黒は言う。何を言ったか聞き取れない。

でも、その最後の顔はいつもの傲慢な笑顔で、それでも涙を流していた。

幸せそうに。とても幸せそうに。


そうして、彼女は目の前から消えた。

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今回の話もどうかあなたの暇潰しとして役にたちますように…。 気に入っていただけたら是非評価でもポチッと押していただけませんでしょうか。モチベーションに繋がりますので…。星1でも構いません!! ★これ以外の作品☆付喪神の力で闘う付喪人シリーズ
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