正義と信念の天秤
彼の名前は金剛…………。それが本名だか偽名だか。どんな虚悪を倒して、どの国を救ったのか。厳密にはその歴史は残されていない。
過去なのか未来なのか現在なのか。
彼がどこから来て、どこで魔王と出会ったのか。そんなこともどうでもいい。
俺が目の前で戦っている彼は、自らの正義に責任感や快楽を感じて堕ちていった1人の男。
誰にも止められなかった、誰も止めてくれなかったかわいそうな男。
だからこそ、俺が最後に止めてやらなければならない。
あいつも俺と同じ【お金の付喪人】なのだから。
俺と同じ契約者で俺と違う能力を選んだ男だから。生き方が同じではなく似ているから。
もしも、俺がアニキに出会わなかったら、あんな風に正義感に縛られた男になっていたかもしれない。
もともと俺は正義感が強かった。
それでも、走馬灯を見た時のように今でも思い出す彼の信念。
俺を2度救い、俺のために2度死んだ男が残した最後の教え。それは強制的かもしれない。でも、そのお陰で俺は今も生きている。
それを学んだから、それを胸に持っているから俺は金剛に勝たなければならない。
ここで信念を突き通すという意思に、更に救ってやらなければという熱意が生じた。
彼が俺を殺すなら、俺は彼を生かす。
突き進んできた道は違えど、似ているから俺は正す。
このほぼ互角となった力の差に、金剛が何を思うか。
焦るか。安堵するか。怒るか。祝すか。
彼の必死な攻撃の中ではそれを感じとる暇はなかったが。
金剛の攻撃は想いを吐いたあの時よりも重く速かった。
戦力差は多少埋まった。
黒の魔法に備わっていた魔力を吸収した500円モード。
そのお陰か、力の変化は明らかである。
先程まで、防ぐしかなかった金剛との戦闘に、攻撃を行う手段が与えられた。
必死に死なないように受け流していた剣を、押し弾くことができる。
ぶつかる度にお互いの刃にヒビが入る。
それでも、打ち続ければ刃は砕ける。
そして、再びお互いに新しい剣を握り、振るい落とす。
そこで素早く剣を手にした者が先制攻撃を行う。
その瞬間を見逃すまいと相手より速く速く剣を手にする必要があるのだが。
あれから、お互いに敵の体に傷をつけられない時間が続く。
風が体を通り抜けるようにあらゆる方向からの一振り。
それは金剛からの攻撃。
戦力差は埋まったとしても、やはり相手とは歴戦の差が埋まらない。
どこをどう攻撃すれば最短で殺せるかが完璧に腕に染み付いているからである。
故に越えられない。
やっと互角になっただけではこの剣は届かない。
それを越える。それを越えることができる揺らぎを戦闘で起こさなければならない。
しかし、その瞬間が互いに見つからない。
それも当然だ。
この闘いには命がかかっている。
一発。
二発。
三発。
四発。
五発。
剣と剣をぶつけ合い、その肉を切り裂こうと狙っている。
どちらかが気を緩めれば負ける。
それでも、お互いに自分の信念を貫くために諦める気にはなれない。
剣を持ち、渾身の一撃を金剛に向かって放つ。
だが、その剣先を金剛は下から押し上げて、そのままもう片方の手に握られていた剣を俺の心臓に向ける。
一瞬、瞬間にして召喚される金剛の武器。
それを俺は横から回しこんだ足で腕を蹴り、心臓を貫く前に剣を蹴り落とす。
「ウオオオオオオオオオ!!!!!」
そして、両手が自由になると今度は剣を握っていない拳で金剛の腹に一撃。
はじめての一撃。
思わず、体勢を崩した金剛は地面を踏み込み、体を前に起こす。
そして、俺の拳は避けきられて空を殴る。
その動きにあわせて俺が回避できない一瞬を狙って金剛からの拳の一撃。
どうやら、金剛は先程の光景で今は魔法が効かない状態だという事を把握したらしく。
黒の時のように魔法は使ってこない。拳と剣に全てを込めて戦っているようだ。
そしてくらった金剛からの一撃。
衝撃は強く、激しい痛みが傷口から全身に廻る。
うまく傷口を殴り、俺の体にダメージを負わせる手段が成功したのだ。
あまりの痛さに体がよろけそうになる。
それを無理も承知に堪えて、体勢を立て直そうとするのだが。
金剛は剣を構えて剣先を向けて突きの状態。
そして、小さな声で『買』と呟く。
「『終幕・泣斬馬謖』」
それはかつて魔王城に侵入してきた仮面の男が放った技。剣は輝き、輝剣のように周囲を照らしながら放たれる。
その鋭い一太刀により、一度金剛の腹部を貫き飛ばした貯めの一撃。
魔王が側にいなければ確実に2発目をくらっていたかもしれない技。
それを体勢を崩した俺に向かって放ってくる。
だが、もちろん俺は彼の技なら把握している。そして、これを使うのはあいつしかいない。その意味を俺は理解した。だからといって、怒りに身を任せたりはしない。
それは本当にわずかな時間。
金剛が放った必殺技を地面を蹴りながら避ける。
回り込む。金剛の放った技により血ではなく土煙が俺の体を覆った。だからこそ、金剛の腕が届かない死角に回り込む。
そして、そのまま金剛に向かって駆け跳ぼうとした瞬間。
ジジジジ…………!!!
それは一瞬。足の感覚が途切れた。
捻ったのか。挫いたのか。折れたのか。
無茶をしすぎたのは決定的な事実。
これまで、何度も何度も剣を防ぎ、受け流し、その重みを踏ん張ってきた足。
先に腕が壊れると思ったが、どうやらガタが来たのは足の方が速かったらしい。
確実に隙を見せた。
でも、跳ぶしかない。
両手に1枚ずつ込められた小銭を握りしめる。
少し足には負担をかけることになるが、仕方がない。
俺は両足に再び、力をいれて必死な想いで走る。
足を踏み出す度にジリジリと筋肉が悲鳴をあげているが、今はその真実を否定して走る。
両手に握られたのは2枚の100円玉。
そのお金を自らの力に変えて……放つ連続の拳の嵐。
その行動に、俺を土煙の奥で殺せたと思いこんでいた金剛はその姿に反応が遅れる。
金剛が気づいた時にはすでに土煙の外から両手を構える俺の姿が見えているはずだ。
「『百円連続パンチ・金』!!!!!」
金剛の顔面や胴体に放たれる終わらない拳の嵐。
一撃一撃に気合いを込めて放たれる拳は確実に金剛の体に届いている。
金剛に数発の拳を叩き込んだ後、俺と奴との距離が離れた。
一瞬のうちに俺から3mほど遠くへ金剛の姿が移動しているのだ。
いや、金剛の……というのは間違いであった。
訂正すると、金剛から俺が距離を取らされただけ。
彼の鋭い回し蹴りが俺の全身を蹴り飛ばしただけである。
頭から地面に激突するのを受け身でなんとか防ぎ、転がりながら俺は地面に飛ばされた。
「痛ッ………」
地面に擦りきれて腕から血が出てくる。
金剛が振るう剣に集中しすぎていた。
くそ、こっちはそれ以上に腹から流血が止まらないというのに、更に傷を負わされた。
しかし、痛みを訴える暇はない。
金剛の動きに集中しなければ……。
この隙を金剛は確実に利用し、俺を殺す勢いで行動するはずだ。
奴の動きを追うようにして顔をあげようとした瞬間、俺は地面を蹴りあげて横にずれる。
シュッシュッシュッシュッ………ザッ!!
俺が先程まで倒れていた場所には4発の毒のあるナイフが腕・足・利き手・脳天を突き刺すようにして投げられていたのだ。
もしもあれが当たっていたらと思いながら、安堵の唾を飲む。
「チッ……」と聞こえる金剛の舌打ち。
だが、その金剛の体はガクッとふらつきそうになりながらも、姿勢を正す。
どうやら、先程の必殺技が金剛に効いているようだ。
しかし、金剛は諦めない。その正義はまだ潰えない。
彼はその距離から再び剣を投げ飛ばす。
その剣を弾きながら、俺は走る。
その手に握られたのはこれで何本目になるか分からない五円ソード。
その剣を握りながら俺は金剛に最後の一撃を与えるために走る。
足にはもうガタが来ている。
次の一撃で俺の体力は限界に達するだろう。
それでも、俺は歩いていく。
「ハァ…………ハァ…………!!!」
空気中にある酸素を必死にかき集めて肺を動かす。
あとは気合いだ。
振るえそうになる腕は五円ソードを握るために力を使用する。
だが、もちろんその邪魔をするのが金剛。
彼はこれまでに何本の剣を犠牲にしてきたか分からないが、それでもあらゆる剣を俺に向かって投げ飛ばしてくる。
それを無我夢中で弾き飛ばしながら、俺は金剛のもとへと走った。
あらゆる剣、あらゆる大剣、あらゆる魔法剣。
もはや金剛にそれを使いこなすという意思もなく。
俺の肉体に突き刺すための弾丸として投げ飛ばしてくる。
「何故だ。…ッ………なぜ向かってくる。ガッ…………キッ…………俺は認めない!!!」
もう金剛に最初の頃の冷静さはない。
俺の信念を憎み、哀れみ、同情し……金剛の生き方を正しくはなかった。足りなかった。と語られた。
金剛がこれまでに出会ってきた奴らとは違う。
まるで俺にだけ中身が別人で運命が味方してくれているみたいに……。
金剛の目の前で立ち向かってくる俺の姿が金剛には憎らしく見えたようだ。
だが、そんなことを金剛が考えていると俺が知るよしもない。
もしも次の一撃を避けられてしまえば、絶対に立ち上がれない。
最後の一撃。最後の一振り。
この一撃に全てを賭けるというやつだ。
あらゆる剣を弾き飛ばし、それでも足を止めずに向かう。
自らの信念を胸に抱きながら、俺は走った……。
それは冷静になれば金剛にとっては簡単な距離だった。
目の前にいるボロボロな青年を殺すなんて簡単なことである。
この距離まで青年が現れると金剛の心はかえって冷静になった。
先程までの焦りなど吹き飛んで……。
嗚呼、こんな素人の死にそうな男をどうして殺せないだろう。
そんな風にさえ思えた。
それでも、なんだか青年が金剛には懐かしかった。
自分にもこんな時代があったのだ。
がむしゃらに自分の意思を……正義を信じて悪に立ち向かう過去。
英雄になる前の自分の姿と青年の姿が重ねて見える。
理想だけは高々と、これから堕ちていく先も知ることがなく。
仲間と過ごし、信念を貫いた日々。あの純粋な正義。
求めるままに動くのではなく、自分の信念のままに動いていた日々。金剛にとっての正義。
金剛は最後に自身の握っていた剣を強く握りしめる。
この剣をスッと振るい落とせば簡単に目の前の青年は死ぬ。
それほどの死に体。
スッと…………スッとこの腕をあげて落とせば終わる。
だけど、それができなかった。この青年の信念を切り捨てるのが本当に大切なのか。
金剛には分からなくなった。
「ウオオオオオオオオオオオ!!!!!」
その青年がなぜそこまで信念を貫き通そうとしたのか。金剛には分からない。
青年の気合いを込めた声が聞こえてくる。
その手には五円ソード。
ここで振るい落とさなければ本当に金剛が負けてしまう。
───嗚呼、こんなにもあっさりと永年の俺の苦悩が解消されるとはな。
ザッ…………!!!
もはや勝敗は決した。この戦歴の少ない見ず知らずの青年に金剛は救われた。
「俺の…………勝ちだ……………」
2人の男は荒野にただ自らの信念を貫き通し。
その闘いは終わった。




