苦悩の申し出
必死だった。
敵が私の母の死因に関係しているというのなら、私はその真相について聞き出さねばならないからだ。
しかし、この目の前にいる侵入者は、他者の苦悩を餌に育つ怪物のような者であると噂では聞いたことがある。
もちろん、彼を追い詰めることができたとして、命と引き換えに聞き出そうとしてもそれは無駄となるだろう。
最も彼を倒すことが出来るかすら、私には分かっていない。
ただ、今は母親の死に関わったというこいつに天誅を下すことしか考えることはできない。
「ウオオオオ………ツゥア!!!!!!」
必死に剣を振るう。
だが、届かない。
どれだけ奴の腕を切り落とそうとしても、どれだけ奴の胴を切りハネようとしても………。奴は私を煽るように寸前できれいに避けてしまう。
「どうしたのかね。冷静さが欠けているではないか」
さらに、不適な笑みを浮かべながらの挑発的言動。
「お前のせいだ!!」とツッコミたくなる気持ちを堪えて、歯を食いしばって剣を振り続けた。
次は当たる。いつか当たる。当たれ。
そう思いながら、私は一瞬一瞬に殺意を込めて剣を振るう。
しかし、剣は侵入者の肉体を切り裂くことはなかった。
奴は私が振り下ろす腕を自らの腕で弾き返してくる。
上下左右斜め………あらゆる方向からの攻撃は奴は素手で払いのけた。
奴の表情に焦りも熱意もなく。
冷たい表情で私の攻撃を払いのけていく。
その度に積もっていく焦り。
白帝蔵王はまだ一瞬たりとも本気を出していない。
奴はただ戦闘を鑑賞するように楽しんでいる。
私の苦悩を餌のように食い荒らしていく。
私は奴の首を切断しようと、大きく剣を横薙ぎに振る。
しかし、それが間違いであった。
目の前に切断しようとした体はなく。
攻撃の当たらない死角に回り込まれてしまった。
私の目だけが奴の姿を追うために動いている。
やられる………!!!
胸部と脇腹、そして左足に響く衝撃。
「グァッハッ…………!?」
白帝蔵王からの3発の拳が私の体に放たれた。
一瞬、感覚を失う。神経が狂ってしまったかのように時が止まる。私の視界は砂嵐の中にいるように一瞬定まらなくなった。
奴の拳から放たれた衝撃は大きく。
拳を放たれた部分は熱く痛みを感じた。
骨にヒビでも入ったのだろうか。
胸部を殴られた衝撃か、私の口から吐血。
2度は食らいたくなかった奴の必殺の拳が私の体を痛め付けた。
私の体はその衝撃で宙に浮き上がる。
そして、豪速球のボールのように飛ばされた後、柱に打ち付けられた。
「アッ………!?」
さらに体に走る激痛。
その痛みを最後に私の体は地面に崩れ落ちる。
呼吸がしんどい。
血液が熱湯のように熱く流れている。
戦闘を続行出来るか。
いや、この体力では戦えるのかは目に見えている。
騎士は侵入者に敗北し、舞踏場にて勝敗は決した。
私は負けたのだ。
その真実が私の心に重くのし掛かってくる。
側に落ちている剣を握ろうと手を伸ばすが、体が行動を拒否する。
私では勝てないと体が警告を発している。
それでも、私は手を伸ばそうとする。
このまま、横になれば命は助かる。
だが、私の心は折れていない。
だから、まだまだまだまだまだまだ。
私は手を伸ばして対抗しなければならないのだ。
重い体を起こし、足で床を踏みつける。
王女を護るという使命を果たすために、騎士は立ち上がる。
腕の震えなどどうでもいい。
2回目の攻撃も生き延びたのだ。
3度目だって生き延びてやる。
「おい……………。
まだ王女のもとに行くんじゃあないぞ。
私は…………まだここにいる」
震える足へと必死に力を込めて、私は再び剣先を蔵王に向ける。
すると、蔵王は背中に手をまわしながら振り返り、興味深そうに私を眺めてきた。
「──────ほぉ、殺意を込めて放ったのだがな。やはり、人の手は劣るか」
それでも、彼は後ろの銃を扱おうとはしない。
あくまでも、彼は拳で私との決着をつけようとしている。
彼はまだこの闘いを楽しもうとしているのだ。
踏み出す。
一歩目は重かったが、足を出せれば後は自然と走り出していた。
剣を振り、私は走る。
ただ、まっすぐに蔵王を斬るために私は走る。
一方、蔵王はその場で拳を構えながら、私を迎え撃とうと待っている。
「………………なんだと?」
だが、蔵王には予期していない出来事が1つあった。
私の足の速さが先程とは違うことである。
私の体はボロボロだというのに、スピードが上がっている。
走るのもやっとなはずの肉体が成長している。
その現象は蔵王には予想外。
その油断が彼の行動を数秒遅らせてしまった。
私は先程のように剣を振るう。
もちろん、私の攻撃は先程のように腕で押し払われてしまう。
しかし、蔵王の油断はここで彼の足を引っ張る。
先程とは違うという結果により、極少ではあるが焦りが生じたのだ。
彼の防御が数秒遅れる。
その隙を私は見逃さなかった。
「くらええええええええええ!!!!」
その必死さに思考は停止している。
もう二度と訪れないであろう機会。
そのわずかな隙を私は無駄にはしない。
その一点だけに狙いを定めて、私は剣先を押し込んだ。
グザッ…………!!
「なッ……………!?」
あり得ない。そう言いたそうな顔で蔵王は剣先だけを見つめている。
彼の胸には剣が貫通しているのだ。
私は蔵王の胸から剣を抜き取る。
穴が開いた蔵王の胸からは反対側の景色が窓のようにくっきりと映っている。
「………………私もまだ………修行不足だったか」
蔵王は表情を変えることもなく。
自らの苦悩を味わっているのであった。
だが、倒れない。
私の目の前にいるこの男は、胸を突き刺されたというのに死体へと変貌しない。
傷口から大量の血が流れ落ちているというのに、奴の表情は冷たいまま変わらない。
「賞賛しよう。君はすばらしい。だが、無駄なんだよ」
蔵王は再び拳を握り直す。
しかし、今の私にはこの状況をひっくり返す手段がない。
あまりにも予想外の展開に私の思考は限界を迎えていた。
①間合いから逃げる
②倒れてすべてを諦める
③諦めて攻撃を受ける
この3つが今の私が選べる選択。
かといって、このまま何もせずに立っていれば、三度目をくらってしまう。
「逃げて妙義。私のことはもういいの。だから、倒れて!!!
狙いは私なんだから」
王女様は②を選ばせようと、泣きそうな声で私に叫ぶ。気持ちはありがたい。本当に私は彼女には頭が上がらない。
でも、その言葉に私はムカついた。
狙いが王女様なのは初めから承知である。
承知の上で私はここに来たのだ。
絶対に②は選ぶもんか。
王女様をこの命が尽きるまで護ってみせる。
私の答えは①に決まった。
少しでも蔵王との間合いから逃れようと私は足を動かす。
だが、無理をしすぎたせいだろうか。
私が1歩足を出すと、全身を激痛が巡った。
2歩目なんてとても歩けない。
逃げるための距離を作ることすらできない。
苦悩に呑まれる。蔵王の求めていた苦悩に私が呑まれそうになる。
私は…………もう……………。
諦めかけたその時であった!!!
突然、舞踏場のドアが大きな音を発てて開いたのだ。
その音に反応して、蔵王も王女様も私も音がした方向を向く。
全員が音の主に気をとられた。
「『精霊よ、道を示せ』」
その瞬間、蔵王の体は側の柱に打ち付けられる。
「!?」
私はなにもしていない。
私の目の前で、蔵王の体が吹き飛ばされたのだ。
壁に打ち付けられた蔵王の体は壁にヒビを入れたあと苦しそうに這い上がって立つ。
その顔は少々焦りを見せて、声の主を睨み付けている。
「少し遅刻してしまったね。すまない妙義君」
呆然と彼の姿を眺める私の肩に彼はやさしく手でポンポンと叩く。
そして、なんの声もでない私の横を通って蔵王のもとへと歩いていく。
しかし、ふと何かを思い付いたのか。
彼は柱の影で隠れている王女様に向かって優しく頼み込む。
「王女様………お久しぶりの所悪いのですが、この騎士を見てあげてくれませんか?」
すると、王女様は一度うなずいて私の体を抱えて柱の影へと連れ去った。
「さて、もう大丈夫だ。後始末は私に任せなさい!!!」
店長は宝石剣を鞘から取り出すと、剣先を下に向けて蔵王を見る。
その姿からはいつもの店長のような雰囲気はなく。
別人のように頼りになりそうな印象を受けた。




