最終崩譚ラグナロク
僕はただ1人戦場に残った。
天空より見下す邪悪の大将を落とすため。
過去を生きた一族の無念を祓うため。
実験台に使われた罪無き犠牲者の弔いのため。
僕は禍々しいエネルギー弾を見上げてそこに立っていた。
大地はそのエネルギー弾に恐れを成したかのように震えて、呼吸をする度に威圧されそうになる。
少しずつ少しずつエネルギー弾を大きくしていくバイオン。
奴はこの南側をすべて消し飛ばそうと、計画している。
そんな計画を見過ごして逃げるわけにはいかないのだ。
「バイオン!!!
白帝家とバイオ団。長年の因縁に決着をつけよう」
その言葉を発する僕には既に覚悟はできていた。
奴と最後の決戦を行う覚悟はできていた。
だが、バイオンにとっては英彦の覚悟など邪魔に等しい。
彼が狙うのは彼に戦いを挑んだ憐れな戦士たち。
ただの僕1人に意識を向けるほど暇ではない。
「何をしようというのです?
邪魔は引っ込んでいなさい」
彼は上空から英彦を見下すと、宙にあげていた指を少しだけ動かす。
それは行動の合図。
その指の動きに反応して、地面から触手たちが先端を槍のように尖らせて英彦へと向かってくる。
生きた槍。不老不死の無尽蔵の触手達。
そいつらは僕の身体を突き刺しにしようと、僕に襲いかかる。
僕の周りに生えた10本もの触手たち。
周囲を囲まれて既に逃げ場などない。
なので、僕はその場から逃げようとはしない。
逃げ場がないなら、元を絶てばよい。
「『ファイヤー』 『インフェルノ』!!」
能力によって、触手へ火炎攻撃を与える。
身体を突き刺されるよりも速く。
燃やす。燃やす。燃やす。
触手の先端は焼けるが、それでも次から次へと触手はやってくる。
この1つ1つにいったいどれだけの実験台が使われたかと思うと、心は痛む。
僕は敵が例え人ではなくなっていても、人を殺せるほどの攻撃を与えている。
彼らと呼びべきかは分からないが、触手達は利用されているだけなのに…………。
僕は燃やす。
彼らを速く解放してあげるために………。
10メートル程の間、僕は触手の林を駆け抜けていた。
襲いかかる触手をジャンプで避けたり、踏みつけたり、燃やしながら僕はバイオンを目指していた。
呼吸は静かに動きは無駄なく。正確に燃やす。
「フゥゥゥゥゥゥ………!!!」
バイオンとの距離まではあと少し。
大小様々な触手を相手に僕は走っていた。
一撃でも敵の攻撃をくらってしまえば、間に合わなくなる。
最短で奴のもとへたどり着けるように僕は走る。走り続ける。
こうして、僕が触手の林を潜り抜けると触手達の動きはピタリと止まった。
僕が触手の届く距離を離れたからか。
バイオンが触手での攻撃を諦めたのか。
どちらが先かは分からない。
でも、ようやく戻ってきた。
そして、何よりもまず巨大なエネルギー弾を見上げる。
その禍々しい球体に流れるエネルギーはグチャグチャとあらゆる物が混ざりあった異物のように気味が悪い。
まるで悪意をドロドロに溶かして集めたみたいだ。
だが、それを地面に叩きつければみんなが衝撃で死ぬのは理解できた。
「バイオン…………」
「英彦…………」
僕たちは上空と地上で目を合わせる。
「あなた1人で何ができるんですか?
戦士達と逃げれば良かったのに………」
「逃げる………。確かに逃げたかった。
でも、これしかないんだろ?」
「分かっていましたか」
「時間稼ぎをしなければ全滅する。
エネルギー弾は既にここを崩壊させるくらいには溜まっているんだろ?」
「ええ、既に………。ですが足りません。
魔王壁を壊すくらいにまでは増強させてみたい。好奇心は必要ありませんかね?」
冗談じゃない。この戦場を壊滅させるくらいならまだマシだが、魔王壁を破壊できるほどのエネルギー弾を撃たれてしまえばおしまいだ。
他の戦場で戦っている戦士たちも塵と化してしまう。
そうなれば、もう魔王には絶対に勝てない。
もしかしたら、明山さんやみんなも攻撃に巻き込まれて…………。
考えると動かずにはいられなかった。
だが、見透かしているようにニヤリとバイオンは笑っている。
「改めて聞きます。何をしに来たんですか?」
無力な僕には何もできないと思っているようだ。
確かに僕は八虐にさえ勝てなかったし、八虐に利用されたことだってある。
それほど弱い僕が、魔王候補だったバイオンに勝てるとは思えない。僕だって本当は思っていない。
「…………僕はお前を殺しに来た。殺せないけど殺すんだ!!!
始まりを………この闘いの出発点を終わらせよう。」
それでも、口は勝手にその言葉を選んだ。
これから、不老不死を殺す。
これから、出発点との関係を終わらせる。
僕の運命の歯車は、バイオン……お前と出会った刻から動き始めたんだ。
あの日、彼に会ってから僕の運命は決められたんだ。
後悔はしたくない。
因縁の相手を睨み付け、僕は宣言をした。
もう後戻りなんてできない。
刻が来た。
待ち望んでいない最後の時間。
もうここで僕の運命は決められたようなものだ。
「そうですか。そうですか。
それではさようなら。もう二度と会わないことを期待していますよ。死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!『天地爆創』」
バイオンはエネルギー弾を地面に向けて落とす。
利用してきた一族の生き残りと、この戦争に挑んできた愚か者へのせめてもの手向けとして、奴は死を贈る。
禍々しくどす黒いエネルギー弾の塊。
かつて、国市に向けて落とそうとした球体よりも10倍大きい。
まるで巨大な隕石、絶滅を引き起こせるほどの巨大な悪意。
その真下に立っているだけでも、ゾワッと死を感じてしまいそうだ。死が落ちてくる。死を纏った悪意のエネルギー弾が地上を目指して落ちてくる。
───────────
僕だって本当はこうしたくはなかった。
逃げたかったさ。こんなことには巻き込まれたくなかった。
生きてみんなと平穏な日々を過ごしたり、盟友達と旅に出てみたり、彼女を作って甘酸っぱい恋を楽しんだり…………。
約束を守り通したかった。
この状況を怖いか……と聞かれると、すごく怖いと答えてしまう。
死を前にして怖くないなんてあり得るわけがない。
そんなに僕の心は強くない。僕の心はガラスのように脆いんだ。
それは明山さんと初めて出会った日からこれまででも変わっていない。
これから僕が行うのは、この世界自体を焼失させるほどの大事件。
世界を滅ぼす破壊神にも匹敵するであろう。最大の汚名であり祝福。
世界を燃やす炎。命を代償とした最大火力。
同等とまではいかないかもしれないが、本当の禁断の魔法を放つ。
魔王壁が耐えきれなければ、僕はバイオンがしようとした事と等しい事をする。
吉と出るか凶と出るか。そんなの僕にはわからない。
ただ、少しでも可能性のある未来を僕は信じる。
ああ、駄目だ。決心が揺らぐ。
辛い。逃げたい。死にたくない。
僕はあの場所でみんなと過ごすだけで楽しかった。
それ以上は何も望まない。
だが、これが僕の産まれた理由なら、僕にしかできないことなら、例え結果がどうであろうと僕はやるしかない。
これより、僕の人生のすべてを賭けた詠唱を始める。
「『終末の予言は今ここに来たり。我が未来に冬が来る。我が呪縛は解かれ。魔力はその加減を知らず』」
これが走馬灯か………。
頭の中に浮かんでくる思い出達。
産まれた日から、辛い日………。
エルタと契約し、肉体を利用された日々。
「『人の世は代わり。我はこの世界に別れを告げよう。そして、滅びは新しき創造を喚ぶ』」
国が滅んでも、本当の家族のように育ててくれた遠い親戚の夫婦と子供。
マオやヨーマさんと出会ったあの初めての盟友。
広い世界に憧れてたどり着いたあのジャパルグ国。
この世界は本当にあの狭い部屋に閉じ込められていた幼少期の僕には想像もできないほど美しかった。
「『すべては過去となり……愛、戦、心は地に埋もれ。神も人も何もかも焼失の運命に呑まれる』」
そこで出会った仲間たち。
金曜日バイトリーダーの明山平死郎。
生意気だけど優しい黒帝黒。
年上で真面目な妙義鈴従。
大人らしいクールな店長やウサギさん。
ターボライターの時や暴走した時に世話になった駒ヶ回斗。
途中から来た簀巻さんに、優しいイケメンだけどコーヒーは不味かった裏切り者の鈴木さん。
水曜日にバイトとして来てくれたマオやヨーマ。
かけがえのない仲間と出会えて僕は今日まで幸せだった。
心の中からそう思える仲間たち。
ターボライターの付喪神には多少迷惑をかけてしまったか…………。
「『世界よ。古き時代の産物と共に、未来へ向けてこの名を贈ろう』」
でも、これでいいんだ。この選択が出来たのも僕が成長した証。
いや、ここで約束を守れなかった僕はヒドイ奴だ。悪い男だ。
金曜日バイトメンバーとの約束も、盟友との約束も守ることができなかった。
それでも、許してもらえると信じよう。
僕はここまで頑張ったんだ。
あとは誰かが魔王を…………その先の悪を………倒してくれるはず。
平穏な日々が戻ってくるように皆の勝利を!!
「『最終崩譚ラグナロク』」
魔崩叡者霊興大戦ラスバルム(南)
連盟同盟:200人の死亡者




