王レベルとしての意地
そんな挑発に乗りかけていた英彦に、空木は鞭を打たれて苦痛に耐えながらも叫ぶ。
「おい、少年。
そんな諦めたような顔をするな!!!」
「…………!?」
「一族の仇や犠牲者の無念を晴らすんだろ?
なら、どっと構えてろ。
お前は撃たなくていい。助けなくていい。
ここは王レベルの実力を信じろ…………」
上下左右あらゆる方向からイソギンチャクのような触手達に叩かれても、彼は必死に英彦が挑発に乗らないように説得をしてくる。
そんな空木の言葉に続けて、乗鞍も触手に翻弄されながら叫んだ。
「吾輩達がなぜ王レベルに選ばれたか。それは強いからだ。付喪連盟の中でも強いからだ。
少年…………君は大事な切り札。敵を弱らせるのは吾輩達に任せろ!!!
ウオオオオオオオオオ!!!!!!」
向かってくる触手を地面から引きちぎり投げ捨てる。
しかし、それでも進めるのは数センチだけで、すぐに触手は再生して乗鞍を襲ってくる。
より強くより激しくより正確に、彼の体を痛め付けてくる。
だが、彼らは諦めなかった。
どんなに苦痛に耐えようが、どんなに無駄な行動であろうが、どんなに血を流そうが………。
彼らは諦めなかった。確実に1歩1歩を歩んでいる。
バイオンへの攻撃のチャンスを待つために彼らは1歩を歩んでいた。
触手を切り落とす。
何度再生しようが、何度彼が血を流そうが、空木はただひたすらにバイオンを狙う。
触手は邪魔だ。狙うのはバイオンただ1人。
体に構っている余裕はない。苦痛を感じる暇もない。
少しでも、たった少しでも隙を作れるのなら、隙を作ろうとするのなら、彼はその鉤爪を振るしかない。
つむじ風のように、触手を切り落としては叩かれる。
「なぜ屈しない。そのやる気はどこから来る?
あなたは反撃する隙も、体力もないはずでしょう。嵐の中に飛び込むようなもの。
なぜ楽になろうとしないのですか?」
バイオンからの質問も無言の返事で返しながら、彼は抉る。
触手の数さえ、もう少し少なければ空木は既に隙を作っていただろう。
鞭のようにして肉を痛め付けようとする触手は自費もなく叩いてくる。
シュンヒュンと空気を切り裂くようにして、触手は振るう。
そんな攻撃によって、空木の皮膚は真っ赤に腫れて、たまに擦れることで血が出ている。
それでも自分の体に関心がないかのように、空木は必死に触手を迎え撃っていた。
それは乗鞍も同じである。
空木とバイオンが戦っているその近くで、彼も触手と戦っていた。
「『Naguri』!! 『Kick』!! 『super punch』!!!」
襲いかかる触手を迎え撃ちながら前へと進む。
攻撃した箇所はリンゴが潰れたときのようにグシャッと破裂。
空木よりも有利にバイオンへと進軍している。
「こんなもの!!
濁流のようなに崖道を走るサイの群れに比べれば、可愛いもんよ。
吾輩の進む道に障害物など何一つないのだ!!」
次から次へと地面から生えてくる触手を、ばったばったと殴り飛ばし、彼は蒸気機関車のように走っていた。
「邪魔だ。邪魔だ。邪魔だァァァ!!!」
走る。彼は走る。無数の触手に襲われかけたとしても、空木を援護するために彼は走った。
どんなに触手からの攻撃で血が流れ落ちても、彼は走るのをやめることはなかった。
そんな一生懸命に自分のもとにやってこようとする2人の姿を見て、バイオンは少し焦りを見せ始めていた。
「なぜだ。なぜ私を倒そうとする。なぜ魔王との戦いを目指す?
“お前たちのジャパルグ国はもう攻められている最中だというのに………。”
故郷を見棄てて敵陣を砕くのが、それほどよいのか?
お前達には帰る場所など無くなっているというのに…………」
現在、魔王軍の戦力は連盟同盟を迎え撃つ4人の敵将だけではない。ジャパルグ国を攻める大軍団がいる。
その大軍団がこの戦士達の帰る場所を滅ぼそうとしている。
それなのに、なぜ彼らはこの戦場を諦めないのであろうか。
この戦場を諦めて故郷を救いにいけばよいものを………。
魔王を討ち取ることになぜ命を燃やす?
どうせ魔王に勝てないのだから、せめて帰る場所くらいは守らないでどうするというのだ。
……とバイオンは彼らの行動に疑問を持っていたのだ。
だが、その問いに対してようやく口を開いた空木が返答する。
「─────大軍団を潰したとしても、敵将がいる。
敵将を潰したとしても、大軍団がいる。
俺たち同盟連盟はどっちも絶対にやらなければならないんだ。だから、俺たちは向こうを信じるし、向こうも俺たちを信じてる。
例え、帰る場所が無くなろうが、勤めを果たさずに帰ったら、向こうに会わせる顔が無いってもんだぜ!!!」
「あなたたちは間違っている。どっちもやる?
目を覚ましてはいかがですか?
あなた方がこの戦場で勝てるわけがないでしょう。あなた方が大軍団を止められるわけがないでしょう。
不老不死でもない者が、理想に溺れて命を無駄に捨てる。呆れて物も言えませんよ!!!」
「いいや、俺たち同盟連盟はこの戦場で勝つ。そして、魔王にも勝つ。それは理想じゃない。
理想のまま終わらせない。
そうだろ? 乗鞍!!」
空木の言葉にパッと後ろを振り向くバイオン。
そんな彼の後ろには既に触手達の足留めを乗り越えた乗鞍の姿がそこにはあった。
そのバイオンが後ろを向いた隙に、空木は自分の足を貫通して動けなくしていた触手を切り落とす。
これでもうバイオンは絶対絶命の状況に陥ってしまったのだ。
「チッ………!!」
王レベルとは近距離。既に間合いに2人は入っている。
バイオンは地面から触手を召喚すると、その触手で自らの姿を覆い隠そうと試みた。
「私を囲め!!! 触手ども!!!」
不老不死の防御壁。
太い触手に囲まれて、自らへの攻撃を当てないようにするという作戦である。
しかし、2人がそんなことを許すはずがない。
「いくぞ。乗鞍」
「もういっちょ、行くか!!」
2人の気合を込めた叫びと共に放たれる攻撃の嵐。
「「ウオオオオオオオオオオオオ!!!!」」
切り裂き、粉砕し、えぐり、潰す。
気合を込めた一撃一撃の攻撃に、不老不死であるバイオンと触手の強度は耐えられることができなかった。
最初に肉がボロボロになってしまったのは触手である。
バイオンを包み守っていた触手は10秒間の連撃を耐えることが出来たが、そこからはバイオンへの時間。
「なッ………。まずい。非常にまずいですよ」
左腕を後ろへと隠しながら、彼はその時間が来るのを見ていることしかできない。
少しずつ少しずつ触手の隙間から外からの光が射し込み始めている。
それはまるでカーテンからチラリと射し込んできた朝日のように、暖かく明るい光は死という概念を失った冷たいバイオンにとっては暖かく感じるものであった。
その勝つための意思、仲間との信頼、殺意をのせた協力。
それらは不老不死のバイオンには失くなってしまった感情なのだ。
「「ウオオオオオオオオオ!!!」」
空木と乗鞍の気合を入れた連撃や叫びは続き、防御は解かれた。
全身の骨を砕かれ、肉を細切れにされていく。
お肉を一枚一枚削ぐように、彼は苦痛を強いられる。
だが、それでも彼は死なない。
どんなに2人の連続攻撃で裂かれようが、肉体が復活不可能になるくらいまで焼かれなければ、彼が死ぬことはできない。
内蔵は剥き出しとなり、骨は飛び出し、もう口を開くだけの肉人形となっても彼はまだ死んでいない。
「ぎ…………ギ………貴様ら………貴様らはこの私が………この私がァァァ!!!」
その残った片眼が乗鞍と空木を睨み付ける。
「よし、そろそろ離れるぞ乗鞍」
「ああ、そうだな。あとは任せたぞ少年。とっておき見せたれ!!!」
しかし、視線を向けられた乗鞍と空木はバイオンの側から撤退を始めた。
距離を取る。巻き込まれないように距離を取る。
バイオンから100mは離れておかなければ、ラグナログに巻き込まれてしまうかもしれない。
既にバイオンの再生は始まり、骨は伸びて肉がジワジワと塞がり始めている。
それでも完全復活までの時間は足りない。
普通なら死体になるほど、徹底的に痛め付けられたその身体は数分では治せない。
英彦の必殺技から逃げ出せる時間はない。
「よし、くらえバイオン!!!
今度こそ消滅させてやる。
『ラグナログ』」
バイオンの必死な回復も虚しく。
再び英彦の必殺技であるラグナログが奴の体に炸裂する。
ただし、先程放ったラグナログよりは火力を強めにしたものであった。
「きさ…………私はバイオンなんだ。こんな………こんなもの。こんなものォォォオオオオ!!!
ウアアアアアアアアアア!!!!!」
バイオンを包む地獄の業火のような火柱。
生きたまま肉体を全て焼かれる。
天にも届くその熱さはジワジワとバイオンの肉体を内部から焼き尽くしていったのである。




