凍る刃
大江の目の前に現れた八剣と山上。
彼らはピンチだった塩見を助けに来たのだ。
「お前ら何しに来やがった?」
塩見には助けなどいらなかった。あのまま敗けを認めてもよかったのに……。
「だってあんた敗北してるじゃない。だから、選手交代ってわけ」
「ああ、八剣の言う通りだ。あんたはよくやった後は休んでな」
そうやって2人は塩見に気を使ってくれている。
疲労しきった塩見に振り返って返事をする2人。
その返事に少し安心したようにフゥと一息すると………。
「チッ、拙者も歳か………」
そう言って塩見はそばにあった柱にもたれ掛かった。
だが、塩見の命を奪えなかったことは残念に思った大江である。
「シュン……………次から次へと………。沸いてきたな」
彼は呆然として、新しく自分に挑んできた挑戦者の顔を眺めている。
せっかくの獲物を殺し損ねたのは本当に残念に思っているようだが、新しい獲物に興味がないわけではないらしく。
やれやれといった感じで刀に絡み付いた紐を刃をそのまま犠牲にすることで、切羽より下を力ずくで引き抜く。
刃は紐に結ばれたまま、宙に浮いている。
大江は自らの手で自分の刀の刀身を2つに分けたのだ。
しかし、スライム侍である彼にとってはなんの問題もない。
刃の交換など想定の範囲。
切羽より下だけになった刀を彼が下に向けると、どこからかスライムがぴょんぴょんと跳ねてきて、彼の刀に吸い付き、自らの体を刃の代わりとして修復していった。
今度の刃の色は空色。刀がひんやりと冷たい冷気を放っている。
あの刀に触れただけでも凍りついてしまいそうだ。
「フルルルゥ………。ならば、斬り捨てるのも定めである」
「そっ、じゃあ溺死してしまいなさい!!!」
八剣からの宣戦布告。
彼女は何も言わずに、いきなり水流を大江にぶつける。
彼女は蛇口の付喪人で能力は水を操るのだ。
その水流を使って大江を包み込み、水の檻として溺死させるつもりなのだろう。
しかし、大江に近づいた水は彼から一定の距離に近づくのだが………。
「『氷界橋姫』」
大江は刀を下に向けたまま、水流へと逆に近づいてくる。
すると、大江を取り囲もうとしていた水流は凍りつき、氷のオブジェのように飛ばした水流のすべてを凍らせた………。
水流がダメならばと八剣は次に水を銃弾のようにして飛ばす。
銃弾と同じ速度で発射された数発の水滴は、勢いよく大江へと向かっていく………。
だが、反対に大江は刀を横薙ぎに振るう。
空気を走った刀から飛び出す斬撃の衝撃波。
でも、今回は彼が最初に行った柱をすり抜ける液体の斬撃『茨木斬』や、猛毒の斬撃を飛ばす『酒呑神便』のように液体ではない。
飛ばす斬撃を凍らせて氷の塊にして飛ばしているのだ。
触れた物を冒す毒々しい紫色の刃とは少し違う。凍てつきそうな空色の刃は、触れた物を凍らせる。
あの刀が鞘にしまわれない限り続く。絶対零度の世界。
発射された斬撃は八剣の水弾を逆に凍らし飲み込みながら八剣のもとへと向かってくる。
「嘘っ………?」
驚く暇もなく対策として、八剣は斬撃の進行方向に水の柱を作った。
その水の柱を利用して斬撃を凍らせながら、向かってくる速度を落とす。
柱を凍らせながら向かってくる斬撃。
凍らせるための柱を作成する八剣。
斬撃が止まるまで何柱も何柱も何柱も……!!
そして、7柱目を作った後、柱を凍らせながら斬撃は止まった。
これでひとまずホッと一安心。
「ほっ、止まった」
「……………左様か」
背後から耳に聴こえる声。
パッと後ろを振り返ると、八剣の3mほど後ろに大江の姿が………。
山上も塩見も彼がいつから八剣の後ろにいたのか気づくことができなかった。
移動した気配をまったく感じることができなかった。
気配もまったく感じずにこちらへと移動していた。
山上だって敵将が移動しているなら、八剣に教えるはずだ。
「なっ………!?」
驚いて振り返る八剣の横をゆっくりと歩いて素通りする大江。
彼は何もしてくる様子もなく。
ただ八剣の横を通りすぎていく。
「あんた………せっかくのチャンスを逃して何をしに来たって言うの?」
「……………」
大江は何も答えない。ただ彼女を無視して歩いている。
それが明らかに不気味だ。だが、八剣は横を素通りした大江を攻撃することもなく。ただ彼の歩いていくのを不審そうに眺めている。
大江はそのまま八剣から1mほど離れた位置まで歩いていく。
その位置で1度立ち止まると、ふと小さな声で呟いた。
「お前は既に斬っている…………」
ズサッ…………。
八剣の背中から血が吹き出てくる。
彼が刀を振るう瞬間も見ていない。この場の誰も見ていない。自然に八剣の背中から血が吹き出したのだ。
「──────斬られていた?」
斬られた本人ですら、血が吹き出るまで斬られていたことに気づいていなかった。
「八剣!!!!」
山上の目の前で血を流して倒れそうになる八剣。
山上は急いで彼女のもとに近づくと、八剣の体が地面に倒れこまないように腕を使って支える。
ギュッと強く彼女の体を支える。
すると、八剣は山上の服をギュッと力強く握りしめて、吐くように言葉を発し始めた。
「おい、副バ会………山上さん。こいつ戦闘じゃ無理だ。
あいつがこちらに歩いてくる時に一瞬太陽が窓の隙間から射した朝のように一点だけ眩しく輝いた」
必死に山上に訴えかける八剣。
汗をかきながら、力強い目で彼を見つめる。
「私は本来は刀と刀で戦う侍かと思った。だが、あいつ………。刀と刀の戦いを求めるだけのバケモンだ。それ以外は興味がない。侍以外は試合なんてもんじゃない。こいつ本気で潰しに来てる」
「ほぉ、気づいたか。私には貴様ら2人など眼中にない。刀と刀、剣と剣の試合こそ生き甲斐」
斬り合い愛好。武道を極める者。それ以外を認めぬ者。
そうだとしても、こんな女の子を背中からバッサリと、しかも子供を慈悲の感情もなく。一点の殺意だけを剥き出しにして刃を振り下ろす。
それは戦場だから仕方がないかもしれない。
「くっ……………」
けど、山上は例え口うるさく腐れ縁な女だとしても、仲間を傷つけてしまった。
守れなかった自分に怒りを感じていた。
なので、彼は八剣を塩見の側に運ぶ。
これからすべてを終わらせに行くのだ。
「───今から生徒会副会長の最後の大仕事だ。任せとけ」
そして、八剣を柱の側に運び終わると、去り際に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟いた。




