内乱
傷口を押さえつける2人。
戦闘は一時中断し、彼らは止血に集中する。
それでも敵の隙を見逃さないようにと、その鋭い眼孔を納めることはない。
彼らは止血をしながらでも、今度こそ敵の命を奪う気なのだ。
しかし、大江についた傷は腹部の負傷だけ。
反対に塩見の方は胸を斜めに深い刀傷という代償。
重い。あまりにも代償の差がでかすぎる。
「最悪だ………」
なかなか血が止まらない。塩見の腕ではなかったことはまだ救いだが………。
このままだと塩見は出血多量で死ぬのは確実かもしれない。
回復魔法が使える戦士が間に合ってくれれば、生き延びることも出来るかもしれないが、確率は低い。出血多量で死ぬより早く大江を倒さなければいけないのだ。
塩見は胸の痛みを必死に耐えながら立ち上がる。
動く度に内臓がグランと動きそうだ。
塩見はゲホッと咳をした後、諦めずに立ち上がった。
そんな彼の姿に大江は感動している。
「おお、素晴らしい。その執念。これが付喪人の勝利への執念か。付喪神に肉体を奪われるリスクを背負いながら闘うとは…………」
「なんだ? そんなに付喪人が珍しいか?
テメェの時代にはいなかったのかよ?」
「いや、少なからずは付喪人と戦闘した経験はある。だが、今の世は当時よりスライムの数が少ないな。かつては冒険者連盟も活躍しておったが。私にとっても不馴れな時代よ」
この時代にスライムなどのモンスターが少ないことを嘆く大江。
彼のスライムは自らがもともとストックしておいた分なので、新しく調達ができなかったのだ。
つまり、戦闘に限りがあるという事。
刀の刃を修復するための材料に底があるという事だ。
大江が語る。
それはまだ塩見が産まれる前の時代。
あの頃はこのスライム達も野に歩いていた。モンスターも過ごしていた。
付喪神よりもモンスターの数が多かった。
それが大江がまだ封印される前の時代。
そんな世界だから冒険者連盟にもたくさんの依頼が押し寄せて、今より付喪連盟の権力が小さかった。
そんなジャパルグ国は昔の話。
だが、大江が封印されて数百年後………あの夜より現実は書き換えられる。
あの夜、“1人の人間によりモンスターはジャパルグ国から1度姿を消した”。
たった1夜にして全てのジャパルグ国にいるモンスターたちが消えたのだ。
原因は誰も知らない。
全ての者にその記憶はなく。時間や歴史すら都合よく変えられてしまった。
その歴史の真実を知ることができるのは、この世のあらゆる世界の過去 未来 現在 が記された禁断の書物である“創歴書”を見たときだけ。
古くから姿を消していったなどと語られているだろうが…………。本来は一夜にして追放されたのだ。
……ということを大江は封印を解かれてから知った。
彼は封印されていたので歴史改変の影響を受けなかったのである。
封印を解かれて目覚めると世界が違っていたという感じだ。それはもう当時の大江を驚かせたことだろう。
だが、そんな話を聞いても塩見にはまったく興味がない。
「それがどうした? 興味ないね。拙者は貴様の雑談や昔話を聞きたいわけじゃねぇんだぜ。
冥土の土産話にしちゃぁ………クソつまらねぇな」
仮にその話が真実だとしても、何も変わらない。目の前の敵将を殺すという気持ちに変化が生じるわけでもないし、驚愕の事実だというわけでもない。
しかし、大江としてはリアクションを出してほしかったらしく。
「シュン…………そうか」
……となんだか切なそうに呟いた。
そんな本心でガッカリとした大江に塩見は襲いかかる。
明らかに隙を見せた。その隙を塩見は見逃さない。負傷した胸に激痛が走る…………。
足を後ろに退き、地面を蹴りあげて距離を詰める。
ただ、大江は戦闘時にまで感情を引きずる性格の持ち主ではない。
ピクッ……とその目を塩見の方へ向ける。
シュッキッ…………。
そして、今まで通り大江は塩見の刀の進行を防いだ。
シュッキッ………カキッ…………キーン!!!
上下左右あらゆる方向から放たれる。
それをお互いに移動しながらぶつかり合う。
3歩移動して斬り、2歩退いて斬り、2歩近づいて斬る。
今まで通りあらゆる方向に刀を振り下ろしていた。
だが、腹部をカスッり血が出血多量ではない程度の大江の方が有利に立っている。
胸に深い刀傷を受けてしまった塩見には先程までと同じ調子がでない。
「力が落ちたか」
「クソがァァァァ!!!!」
弾く。弾く。弾く。
胸部から流れ落ちる出血を無視しながら、はち切れそうになる肺の呼吸を耐えながら、怒りだけを頼りに体を動かす。
それは1本糸の切れたマリオネットのように荒れた攻撃を繰り返している。
血を吐きそうになりながらも飲み込み、腕が痙攣を起こしそうになりながらも耐える。
それなのに、大江はまったく疲れを見せていない。
塩見からすればその理由がさっぱり理解できない。もう普通の人間なら刀を喜んで離すほどの限界。刀を振るたびに腕が限界だ死ぬと叫ぶように震えている。
その時、プチンと塩見の中の何かが切れた。
「し………しまった!?」
計15分続いてきた戦闘はついに終わりを見せる。
塩見の腕は普通の人間を超えるほど振りすぎて限界を超えすぎた。腕が固まったかのように動けない。
仕方がないと塩見は大江の間合いから離れようと、地面を蹴って後ろに下がるのだが…………。
大江は一度刃を補っているスライムを放し、新しいスライムで刃を補った。
「『酒呑神便』」
大江はこの短い時間のうちに自らの刀の刃を今までのスライムではなく、ポイズンスライムにチェンジ。
後ろに下がった塩見に向けて遠距離に飛ぶことができる一発の斬撃を発射する。
毒々しい紫色の刃から、発射される紫色の斬撃。
普通のポイズンスライムでも今の傷を負った塩見には耐えることができないだろう。
いや、もしかしたら強化された大江のスライムかもしれない。
それでも、どっちにしてもこの斬撃を傷口にでも当たってしまえば死んでしまう。
「嗚呼………」
しかも距離をとる時に刀も落としてしまい、日本刀の付喪人の能力で斬撃を斬ることもできない。
もう塩見は諦めていた。このまま毒に殺られて死ぬ。
避ける体力すら残っていない。
ポチャン………。
音が聞こえた。大きな水溜まりに滴が落ちたような音。
風流を感じる。安心を感じる。
塩見は虚ろになった目に光を宿す。
目の前には先程までこちらに向かって来ていた猛毒の斬撃が水の膜に包まれてプカプカと浮いている。
「「……………!?」」
目の前で何が起こったのかさっぱり分からず、混乱している塩見と大江。
そんな大江の左目が見えないことを利用して、ビュシュルル…………と周囲の柱の影からたくさんの紐が大江の刃に巻き付いてきた。
「これは…………?」
2発目を放つにもこれでは少し時間がかかってしまう。この紐を切らない限り、大江が攻撃をすることはできないのだから。
何もできない侍2人の前に現れたサポートの主は2人の男女。
「あぶねぇッ。 なんとか間に合ったぜ」
「フゥ~。案の定負けかけてましたね」
「何奴?」
「俺は先ほど名乗らせていただいたが、もう一度名乗らせていただこう!!
『山上 俊』!!」
「生徒会書記である私が貴様に名乗る名なんてないわ!!!」
そうやって塩見のピンチを救いに来たのは、生徒会の副会長と書記である山上と八剣のガキ共であった。




