スライム侍
大江の持つ緑の刀の刃が砕け落ちる。
塩見の切れ味を底上げする日本刀の付喪人能力で彼はこの数秒間だけ、刀で万物の物を斬れる。
彼は大江の刀と共に彼の首を切り落とすつもりなのだ。
彼の刀は大江の刀を破壊し、そのまま勢いを止めることがない。
このまま、押し切る。
その角度に乱れはなく。
確実に敵将の首に続く正確な角度。
「死ねェ!!!」
だが、大江は自分の首に刀が刺さりそうになるより一瞬早く、背中を後ろに曲げて顎スレスレで彼の刀を避ける。
なんと軟らかい体であろうか。
大江はそのまま自分の両手を地面に着けた。
そして、彼は両手だけで逆立ちを行いながら、両足を曲げて、塩見の刀の鎬の部分に蹴りをいれる。
「なッ…………!?」
ちょうど彼の両足が塩見の刀を蹴りあげて、彼は思わず刀を手放してしまった。
刀が宙を舞うっている最中、手を伸ばそうとした塩見であったが、その油断した脇腹に大江から強烈な蹴りを入れられる。
グッ………!!!
内蔵がグラッと揺れた。
そのまま塩見の体は宙に蹴り飛ばされ、しばらく宙を舞った後地面に激突。
彼と刀までの距離は離れてしまい、すぐに戦闘体勢を整える位置までには行けなくなってしまった。
少しだけ距離を離した塩見と大江。
服についた土を払いながら、塩見は立ち上がる。
そして、唾をペッと地面に吐き捨てた。
唾をのむことすらできなかった時間が続いたので、口の中から塩見は大江への挑発と合わせて吐いたのである。
一方、大江は自らの刀をジッーと見つめている。
自分の刀が折られたのだ。このままでは戦えない。たしかに今塩見の手元には刀がないが拾われてしまえば手元に刀がない大江は斬られてしまう。
だが、彼はまだ負けたわけではない。彼の心に敗北という結果はなく、彼は歓喜していた。
「一瞬にして私の刀を折るほどの切れ味。悪くない」
彼はまるで優秀な技術者を見る匠のように、塩見の実力を素直に喜んでいる。
彼はその口元を緩ませてフッと笑うと…………。
「ならば、こちらも貴様の技に敬意を払わねばな」
そう言って彼は折れた刀の刃を下に向けた。
すると、大江のもとにどこからか一匹のスライムがやって来る。
そのスライムは酒樽を横にしたくらいの大きさで色は緑色。たまに確認される一般的なスライムと全く同じ見た目なのだが、そんなスライムがいったい何をしに来たのだろう。
その答えはすぐに塩見の目の前で明らかとなる。
スライムはぴょんぴょんと大江の足元に近づいてくると、彼が下に向けた刀の折れた部分に自らの体を吸い付け始める。粘着性のあるスライムの肉体は折れた刃の部分にベットリとくっつき、欠けた部分を補っている。そうしてスライムの体がすべて刃に付くと刀は新品同様に生まれ変わったのだ。
つまり、もともと大江の刀はスライムで出来ていた。
そんな光景を見せられて塩見の心が折れかけ、頭を抱える。
「冗談じゃねぇーぜ。くそッ」
塩見が必死になって壊した大江の刀は、数秒のうちに完全修復を遂げたのだ。彼の努力は結果へと報われなかった。また、例え再び大江の刀を破壊できたとしても、周囲にバラまいたスライムがいる限り大江の刀は復活し続ける。大江がスライムを他の連盟同盟を対処するために召喚したわけではなかった。ただ自分の刀の修理素材の1つを準備していただけであった。同盟連盟は初めからたった彼1人を相手にしていたのだ。
「どうした? もう向かってこんのか?」
大江は落胆している塩見に対して挑発を行った。
その挑発は塩見の心に怒りを与える。刀が復活し続けるなら破壊しつくせばいい。刀が届かないのなら無理やりにでも力ずくで突き刺せばいい。
「ああああああああ!? 上等だ。くそ野郎!!!」
塩見は大声で気合を入れた叫び声を発すると、自らの刀を拾いに走り出した。
しかし、大江もただで落ちている刀を拾わせるわけにはいかない。
「『茨木斬』」
大江は新しく復活した刀を構えて大きく横薙ぎに振る。すると、刀から緑色の液体がまるで斬撃のように塩見へと向かって発射された。これはさきほど同盟連盟のたくさんの仲間を切断した液体の攻撃と全く同じ。
柱をすり抜けて肉を切り裂いてきた液体。
「なるほどな。スライムを斬撃のように飛ばしていたのか」
あの攻撃の仕組みが理解できたのはいいが、今の塩見には構っている余裕はない。
落した刀を取るのが早いか、塩見の肉体が真っ二つに切断されるのが早いかの勝負である。
あと少し。塩見は手を伸ばす。もはや、大江の方に目は向いていない。
ただ、間に合うように手を伸ばす。今度こそ手が届く距離へ…………。
塩見に斬撃がせまる。大江からは塩見の手が刀に届いたかは見えない。塩見に向かって飛ばした斬撃と彼の体が重なって見えるからである。
ただ、それがどちらであったかはすぐに判断できた。
大江の放った斬撃は中央で真っ二つに分けられてしまったのだ。
「ふぅ~」
塩見はふと安心して吐息を吐く。緊張して張っていた背筋が緩み、自らが切断されていないことに安堵する。だが、塩見の頬には斬撃を切った時に斬撃が頬をかすった時の傷ができていた。
「ほっ、素晴らしい。私の斬撃を防ぐとは………」
大江はそんなことを言って塩見を褒めてくるが、強者であるからだろうか。塩見は彼からの称賛の言葉を素直に聞くことが出来ない。こっちは息があがるほど必死になって仕掛けてきたのに、大江は無傷で疲れもなく、常に上からの視線で塩見を見てくる。
それが塩見にはムカつくのだ。下にしては素晴らしいとでも言いたいのだろうか。早く奴の焦る顔が見たいとこっちまで焦ってくる。
塩見はもう抑えが効かなくなって、今度こそ大江の首を落とすために走り出した。再び能力を発動させて次こそは敵将の首を落とすために……。
しかし、先程の刀の一件で塩見の能力は大江に警戒されている。
先程のような接近戦ではもう戦えない。
それでも、斬りかかるしか塩見には方法がないのだ。
「次こそォ!!!」
首を狙うのは失敗した。ならば、次は他の部分を斬る。
腕でも足でも胴でもなんでもいい。とにかく敵将の体に傷をいれようと考えていたのだが………。
再びその作戦は失敗することとなった。
先程みたいに狙った箇所を読まれているかのように防御される。防御される。防御される。
刀と刀は再びぶつかり合う。
その間合いは一定の距離を保ったまま、斬り合いは繰り広げられる。
お互いに隙を狙った一刀を弾かれていく。
大江の方は塩見の一刀を弾くのもいとも容易く行っているのだが、塩見の場合はもう必死になって考えることもなく。
思考が行動に追い付いていなかった。彼は今、無我夢中で刀を操っている。
上下左右あらゆる方向から放たれる大江の攻撃。
もう弾いているのが奇跡だと感じるほどに、彼は気合いだけで攻撃を弾いていた。
カキーンシュッカと必死に弾いていく剣の進行方向。
こうして数分の間、大江からの攻撃の方角をずらしていた塩見であったが、塩見の刀による攻撃を斜め上に弾いた時である。
今回は先程の第一ラウンドとは異なっていた。
「『狂瀾怒濤』!!!」
先程までとは違い、隙を作らせずに一撃を弾かれている最中、塩見は狙いの場所を変えて能力を発動する。
再び、塩見による万物を切断できるほど切れ味を底上げした一撃。
今度は大江の胴を横向きに真っ二つにするつもりなのだ。
大江の刀は宙にあり、既に他のもので防いだとしても刀で弾こうとしても、もう間に合わない。塩見の能力で底上げされた切れ味だけは止められない。
大江の胴を切り捨てるに訪れた再チャンス。
塩見の能力であるからできたことだ。普通は絶対に訪れることなき奇跡と同等の瞬間。
だが、この刻にも弱点はある。
「『温羅震城』!!」
刀で防ぐのではない。塩見の攻撃を技で防ぐのだ。
上から下に向かって振り下ろされた刀から2つの斬撃が縦に発射される。
さすがにまずいと思ったのだろうか。大江は新しい技を放ったのである。
縦に発射された斬撃は塩見の腕を切り落とすために放たれた。
もし、彼の刀が腹に突き刺さったとしても、振り切る腕がなければ意味はない。
どちらにしてもどちらかは必ず血を流すことになるのだ。
ズザッ………。肉が斬れる。
ブジャーッと出血がホースのようにあふれでる。
「なッ…………………」
「ぐっ……………………」
痛みを感じる。汗が止まらない。
だが、残った力で布を取り出し、傷口に当てる。
止血をしなければこのままだと死ぬ。
怪我に布を縛り付ける。これ以上血が減らないように強く強く縛り付けている。
その結果は相打ち。
一方は体に深い刀傷を負わせられてしまい、一方は腹に深い傷を負わせられてしまったのだ。




