騙し討ち
紅葉の耳に遠くから連盟同盟達の大きな声が聞こえる。
「これ以上こいつらを進ませるな!!」
「止めろ。進軍を防げ、少しでも数を減らすんだ」
「治療班を呼んでくれ。怪我人を動かず訳にはいかない」
「やめろ………来るな。来るなァァァ!!!」
必死に戦っている連盟同盟達の声。
彼らもまだ諦めてはいない。退却は罪ではないのに………。どんなに怪我人が増えようと、どんなに危機が迫ろうと……。諦めてこの場から逃げようとする者はいなかった。
そのみんなの努力が紅葉にも伝わってくる。
「堪えろ。もう少しで紅葉さんと大楠さんが敵を倒してくれるはずだ」
「生きて帰るのよ。みんな、だから今は堪え忍ぶの」
彼らにはまだ希望がある。紅葉と大楠という勝利への希望。その希望が1人欠けていることにも気づいていない。もうひとつの希望が折れかけていることにも気づいていない。
希望を祈る声は恐にも紅葉にも聞こえている。
恐は不安に呑まれた紅葉から少し距離を取り、一応身近ではない安全な位置へ移動する。
ここにいれば彼らの言葉に紅葉が闘志を取り戻したとしても、1歩で歩んでこれる距離ではない。
恐は保険として安全をとったのだ。
そして、更に紅葉の闘志をかき消すために彼女へ現実を突きつける。
「馬鹿だね。すがる希望を間違えてるよあいつらは。
あいつらがすがるべきは、一瞬の死だ。
どれだけ長時間苦しまずに逝けるかだ。
死は孤独な一瞬だが、その後は無だ。
天国や地獄なんて人々が逃れるための逃げ道。空想物さ」
そんな恐の言葉に紅葉は小さな声で呟き返す。
「空想物………?」
ようやく反応してくれたのが嬉しかったのか。恐は彼女の小さな呟きさえも聞き漏らさなかった。
「そうだよ。空想物さ。待っているのは無」
「じゃあ、あんたが落ちる地獄はなかったと………?」
「ああ、余を殺しても無限の刑罰は与えられない。誰も今後余を処刑するものはいないのだよ」
恐がそう言うと、紅葉は「そうか……」と一瞬だけ笑ったように見えた。
まさか、立ち直ったのか?
恐は気のせいだろうかと目を擦ってみるが、彼女は膝をついたまま挫折している。
やはり、恐の見間違いだったのだろうか。
きっと紅葉はもう自分に危害を加えてくる事はできない。完全に自信も余裕も粉々に打ち砕いてやったのだ。あれほどの技を出しながら、死角まで近づかれたという現実的力の差を味あわせてあげた。もう彼女に反抗の意思はないだろう。
それにあの目、猫に家の角へ追い込まれて震えているネズミのような恐怖の眼。
あれでは反抗する意識すら生まれないだろう。
そう思ってホッと安堵のため息をつく。
そして、いつも通りの口調で紅葉に語りよった。
「心配しなくてもいい。彼らは君を攻めたりはしないよ。誰だって自分が可愛いもんさ。死にたくないもんさ。
だから、君は逃げるといいよ。この余が直々に再出演のオファーをしてやってるんだ」
どうやら恐はまだ諦めていなかったらしい。
大楠を見逃した時のように今度は紅葉を見逃そうとしている。
それほど、彼はこの距離まで来た2人を好評しているのだ。
女心どころか人の心すら分からないと言ってきた彼女を見返そうとしている。
「なぁ、余の頼みを聞いてくれよ。おねぇーさん」
そう言って恐が彼女の側に寄り添おうとした。
その時。
恐の胸に走る痛み。恐は油断していた。
「なっ……………!?!?」
少量の殺意も見せることなく。彼女は油断していた恐の胸に自身の折紙剣を突き刺したのだ。
人間は人を殺すときは少なからず殺意を見せる。暗殺だって殺意を見せる時はある。
それを感じとることができれば、危機を察することはできる者もきっといるだろう。
しかし、殺意を出さずに殺せるとすれば………。
それは戦闘時において圧倒的有利な位置に立てる。
殺意をまったく見せることなく。
先程まで挫折していた紅葉は暗殺をやりとげかけた。
もちろん、恐にとってこの程度の胸の傷は致命傷ではない。
だが、恐が彼女を警戒するようになったのは確かなことである。
もう恐に先程までの思いやりの心はない。
少し動揺しながら紅葉が立ち上がる姿を目で追っている。
「残念やったなお馬鹿さん。あん程度でうちが挫折するとでも思うた? あげん修羅場は今までに何度も潜ってきとーばい!!!」
「あらら、立ち直ったのか。それとも演技だったのかな? せっかく余が心配してあげたのに…………。君ってひどい娘だよ。なんでそんな人の良心を踏みにじるような事を?」
純粋な怒り。せっかく恐が気に入っていたのに騙してくる紅葉に対しての苛立ち。
今までの表情とは違う冷たい目で少し見下したような顔になっている。
紅葉はそんな恐の感情の豹変ぶりに背筋がビリっと凍る感覚を味わう。
「うちゃ百鬼夜行なんて名前ん軍隊ば作って強制的に従えとーような独裁者風な人は好かんの」
「そうか。なら、死んでくれよおねぇーさん」
こうして、紅葉vs恐の第2ラウンドが始まった。
彼女は先ほど絶望したフリをしている時に作っておいた折紙を使って能力を発動させていく。
「『折紙享楽・雷剛邪虎』
『折紙享楽・黒月巨熊』
『折紙享楽・魔惨獅子』」
折紙の能力によって現れたのはトラと熊と獅子。
そいつらは一気に恐に襲い掛かっていく。巨大な猛獣たちはその剣のようにとがった牙や爪で恐の体を切り裂くつもりなのだろう。血走った獲物を狩るような眼で目の前にいる小さな少年に襲い掛かる。
こんな光景、連盟同盟の前では見せられないほどの残酷な弱肉強食の世界を披露しかけているのだが……。
「『白き涙のメイド人形』」
恐によって召喚されたメイド人形2体は白き剣を構える。猛獣たちは恐からターゲットを変えてその人形たちの方へ。このままでは猛獣たちに人形たちの体がバラバラに引き裂かれる姿をご披露することとなろう。だが、恐の操る玩具たちはただ物ではない。彼女たちはとびかかってきた猛獣に剣を向けると、猛獣たちを輪切りにしてしまった。
再び彼女の折紙たちを紙屑のようにバラバラにした恐の玩具達。
その様子に恐は喜びの笑顔でニコニコと笑っている。
そして、彼は虚空の中からまた新しい玩具を取り出した。
それは小さな鉄砲隊の玩具とゼンマイネズミの玩具。
「『殺戮の鉄砲隊』
『暴れネズミが肉裂く牙(ファング ザット ランページ ラット ティアズ ミート)』」
こうして、紅葉の周りに配置されている敵は、召喚された鉄砲隊とゼンマイネズミとメイド人形と周囲を囲む何体もの不死身の百鬼夜行軍団。
1人の王レベルを囲む無数の百鬼夜行達。
「それじゃあ、みんな、こいつのトドメは任せるよ。余はもうこいつの顔も興味がない。手足をそぎ取って明日の舞台で見せしめにした後、すり減らしたひき肉にして明後日の食堂のA定食としてやるから下準備は任せるよ~。あとはよろしく~」
そう言って恐は自分の軍団たちに紅葉を任せるつもりのようだ。
彼は後ろを振り返り、魔王城へと向かって歩いていく。
紅葉に襲いかかってくる数えきれないほどの軍団たち。
紅葉はそいつらの攻撃をしなやかに交わしながら反撃の手を打つ。
「『折紙享楽・武者傀儡』
『折紙享楽・万象天象』
『折紙享楽・天童忍者』」
襲ってくる敵の攻撃をすべて避けるというのはさすがに紅葉にもできない。
なので、まず召喚したのは傀儡人や象や忍者などの味方を作り、更に今まで召喚してきた紅葉の折紙たちも召喚する。
「「折紙享楽・再乱武鎧!!!」」
こうして、小さな小隊が完成。紅葉の折紙たちは主人である紅葉を攻撃から守っていた。
まるで恐の百鬼夜行vs紅葉のオールスター対決。
だが、紅葉の召喚はこれだけでは終わらない。
「『折紙享楽・超機械正義エリダン』
『折紙享楽・怪獣恐竜』
『折紙享楽・SAMURAIサムライ将軍』」
紅葉は折紙で折れるものならなんでも召喚することができるのだ。それが例え創作物の存在であろうと………。
こうして紅葉が召喚したのは、『超機械正義エリダン』という子供に人気のロボットや『大怪獣恐竜』やテレビドラマSAMURAIサムライ将軍九十九道中に出てくる『サムライ将軍』など…………。
ありとあらゆる折り紙達が紅葉の味方となって戦っている。
そして、紅葉も自ら折り紙の武器で武装し、襲いかかってくる百鬼夜行をねじ伏せていた。
でも、百鬼夜行たちも負けてはいない。紅葉の体に着実に傷を負わせてくるのだ。
鉄砲隊の銃弾が紅葉の皮膚をかすったり、百鬼夜行の魔法のような攻撃能力で攻撃してきたり………。数でも実力でも不利な状況。
それでも紅葉は必死に戦い続ける。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
冷蔵庫やテレビの家電系百鬼夜行達を巨大な手裏剣で突き刺したり、玩具達の腕や足を折紙剣で切り落としたりと頑張っていた。
しかし、玩具達の攻撃に終わりが見えない。
玩具達は紅葉の隙を見て、後ろから銃で撃ったり、剣で刺したりとずる賢い戦法をとってくる。
ダダダダズサッ……………。
「うっ…………!!」
紅葉の左足に出来た深い切り傷。メイド人形による殺すためではなく苦しませるための剣での攻撃。紅葉はその影響で少しバランスを崩して地面に手をついてしまう。やはり、これだけの数を相手に戦うには限界があったのだろうか。
負傷した足を引きずりながら彼女は剣を振るう。
だが、明らかに先程までの互角の状況とまではいかない。
負傷した足を引きずりながら戦っているので、余裕が生まれずに先程より多くの攻撃を食らうことになっているのだ。
「あと、少し。もう少し………」
この戦いの終わりを信じ、諦めるわけにはいかない。
必ず、恐の舞台をバッドエンドにしなければならない。
どんなに体力を失っても、どんなに折紙を失っても、彼女は恐が他の敵将と手を組んで戦わせるわけにはいかないのだ。
全方向からの攻撃を必死に受け流しながら、この戦場に立っていなければならない。
それが大楠を失い、残された者の指命なのだから…………。
紅葉が周囲を囲む百鬼夜行たちと戦っていた時。
恐はゆっくりと魔王城に向かっていた。
彼の敵は百鬼夜行たちに任せればよいのだ。彼はもともと有利な位置にいたのに、大楠に会いに来た事をきっかけに胸に刺し傷を負わせられてしまった。
もうこんな失敗をしてしまったことがバレてしまえば、恐は他のやつらに怒られてしまうかもしれない。
「そうだ!! 他の方角にも百鬼夜行達を送り込んであげよう。そうすれば怒られないね」
消えることのない大量の奴隷達に相手を任せて自分はどこか別の方角にいる敵将のサポートに向かうつもりのようだ。
このまま、彼をこの戦場から逃してしまえば、他の方角に派遣された連盟同盟が殺される。
でも、唯一彼を止める指命を持っている紅葉は彼の百鬼夜行によって袋叩きにあっている。
もう恐を止めることができるのは彼女しかいないのに。
「んっ…………!?」
その時、突如、彼の体にのしかかってくる重力。
全身を潰しにかかる勢いの重力。
その影響で地面には少し大きなクレーターができてしまった。
かろうじて、肉体が潰れるほどの負荷ではないが、前に進めない。
彼の足はそこから一歩も動けずに魔王城へとたどり着くことができなくなってしまったのだ。




