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不睦

 紅葉の目の前に広がった光景によって、彼女の心はポッカリと深い穴が開いている。

大切な友の姿を見て、怒りなのか悲しみなのかよく分からない感情が溢れ出してきそうだ。


「おや、そこのおねぇーちゃんは確か2番目に余に近づいてこれた人だね?」


「………………………」


彼女は俯いて恐からの質問にも答えないほど落ち込んでいる様子である。

ただ、友人が死んだだけだというのに何故そこまで落ち込むのか恐には分かっていないらしく。


「この娘も最期を君に看取られたことは嬉しかったんじゃないかな?

せっかくの美人さんだったんだけどね」


とりあえず落ち込んだフリをする。

今までにデートに誘ったうちのほんの1人だ。

それに提案を断られるのはいつものことだから。

それに彼女はただの恐の舞台の役者、代わりはいくらでも現れてくれるだろう。

なので恐は特に気にしていない。でも、残された紅葉の事を思って同情するフリをするだけだった。

もちろん、それは紅葉にも伝わっていたようで……………。


「────気ば使わんでよかよ?

あんたは特に気にしとらんのやろ?

お前は今までに何人からフラれたか覚えとーんか?」


「ちょっとグサって来ることを言うんだねおねぇーちゃんは。もちろん全敗だよ。余は勝負には強いが、どうも不人気でね」


自分の頭を撫でながら、照れくさそうに笑っている恐。

だが、その返事を聞いても紅葉の顔色は変わらない。

彼女は冷静に冷めきった表情で、あのいつもの紅葉からは想像もできない塵を見下ろすような眼で少年を見ている。


「そりゃそうばい。あんたには女心どころか人ん心だって分からんのやろ? かわいそうな人」


「君ってこの数分でどれ程余の事を観察してるんだい?」


「あんたん言葉には心がなか。ポッカリと深か穴が開いとーみたい。棒読みん台詞ば会話っぽう表現して口に出しとーだけ」


恐の言葉には気持ちがこもっていない。どんな賛美や誹謗であろうと心の奥に響くことがない。

おそらく、彼にとって全てがその場かぎりのエキストラ。

慈悲も慈愛も差別もない。彼にある感情は歪みきった正義感と愛情なのだ。


「そうだね~。確かに余の正義のためだから。そこら辺の砂利のように犠牲者はいてもなんとも思わない。敵に情けなんてないの」


「正義か……………」


恐の語る正義とはきっと己のためだけの正義なのだろう。孤独の正義。彼に主役という幸運がついているのならば………。同盟連盟には悪役という不運がついているならば…………。

彼女がやるべきことは1つである。


「ねぇ~少年。バッドエンドって知っとー?

そりゃ正義なんてなか終わり方。無慈悲で現実的な終わり方。あんたにお似合いなんなそん終幕ばい。あんたん脚本ばバッドエンドに書き換えちゃるわ」


それは彼の脚本を書き換える。恐が地獄に落ちるというバッドエンドへの道。大楠が成し遂げることができなかった悪役の勝利を紅葉が代わりに手にするのだ。


「うちゃ、頑張ってくれとーみんなんためなら、どげん悪役にだって成り下がってやるわ。

あんたん栄光ば、三途ん川に投げ落としてやる!!!」


「やってみな!!! バッドエンドは認めない。そして、現場監督に逆らう君はクビにする。

なぜなら正義は勝つのだから!!! それが余の舞台であり作品なのさ!!」


友の敵討ちのためにバッドエンドを目指す大楠。

自らの正義の成功のためにハッピーエンドを目指す恐。

バッドエンドとハッピーエンドの闘いが今、始まろうとしていた。





 紅葉はポケットから作りかけの折紙を取り出し、必死に完成させる。

おそらく、お互いが接近戦で戦う戦闘タイプ。

これはどちらが敵の本体を砕くかによって勝敗は決する。

そんな中で、恐も紅葉の攻撃を防ぐために自らの技を放った。


「『折紙享楽おりがみきょうらく砕恐刃竜さいきょうじんりゅう』」


「『錻のティンプレート・チャイルド』」


紅葉の製作したティラノサウルスの折り紙と、恐の取り出した3体のブリキの小さな少年。その召喚時間はほぼ同時。

あとはどちらが押し返すかである。

紅葉の能力の弱点は、製作した偽物は折り紙と同じ弱点を持っているということだろう。

彼女の折り紙はブリキの小さな少年の1人を噛み殺したのだが、残りの2人によってビリビリに破かれてしまう。

しかし、このわずかな時間でも紅葉には休息の暇はない。


「『折紙享楽…………」


攻撃の手を緩めてはいけないのだ。敵は大楠でも負けた相手………。紅葉が少しでも油断をしてしまえば確実に殺される。

だから、彼女は攻めなければならない。

恐を防御に集中させるしかない。攻撃の暇を与えてはいけない。


「そうか。そうか。実力では勝てないから隙を見て倒そうと考えているんだね? おねぇーさん」


だが、いつの間にか恐は紅葉の背後を取っていた。紅葉が彼の気配など感じる暇すらなかった。まばたきをするよりも速い一瞬のうちに彼は彼女の背中を取っていたのだ。


「…………ッ」


恐の手に持っていた玩具の剣が、紅葉の首筋を切断するために振られる。


「くっ…………!!!」


でも、紅葉は諦めてなどいない。

ギリギリのところで紅葉は折紙の剣を召喚し、恐の玩具剣を防ぐ。

カタカタとお互いの剣には腕力が込められたままぶつかり合っている。

それでも折り紙の剣では、百鬼夜行の剣に太刀打ちができないのか。

彼の腕力を込めた剣は玩具の剣でありながら、まるで大きく重たい石を押されているかのように重かった。


「おっ…………『折紙享楽・鬼怒狛犬きどこまいぬ』」


召喚されたのは獰猛そうな4匹の狛犬。

そいつらの目は紅葉の怒りを背負っているかのように赤くなっており、しっかりと狙いを定めている。

紅葉により呼び出された4匹の狛犬は恐に飛びかかっていく。




かわいそうな狛犬達。

恐へと飛びかかった4匹のうち、2匹は先程のブリキの童によって腹の部分に拳で穴を空けられ、2匹は恐によって首を掴まれるとクシャッと首を折るかのように潰されてしまった。

もちろん、折り紙なので血が出ることはないが、その光景は紅葉への頭の中に嫌な感覚を植え付けるものとなった。


「ああ………!!」


自分も味わうかもしれない死の恐怖。

目の前に立っている少年はやはり只者ではないと改めて実感する。

もう彼女に少年に勝てる可能性のある折り紙が折れるだろうか。

恐怖、不安、責任、悪役、復讐。

彼女が味わっている感情や行うべき目標が一瞬にして塗り替えられる。

少年の正義を打ち砕ける自信が彼女の中から消え去ってしまったのだ。

大楠でさえ負けた相手に勝てる自信がない。正義の前には屈するしかないのだろうか。

恐はそんな彼女の不安を見抜いている。見抜いた上でニッコリと感情のない笑顔で紅葉の挫折を待っている。


それは死への恐れ。

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