金曜日バイトパーティー その2
黒がそうやって小声で呟いた時、英彦がなにやら少しだけ考えていた。
そして、何かにハッと気がつくと、思ったことをそのまま口に出す。
「これってつまり、僕達の戦いはこれが最後ってことですよね?」
小さくボソッと呟いた本音。その言葉に黒と俺は反応せざるおえなかった。
「そうね。鍵の獲得候補者を狙う者がまた現れない限りはそうだけど……。
魔王に勝てば、あなた達は平穏な人生がおくれるわ」
「ハハハ、第2の戦いってか? もう俺はヤダヤダよ。俺は再び付喪カフェで働ければそれでいいんだ。命を狙われるキッカケなんて1回だけで充分だぜ」
黒は優しく慈愛溢れるような台詞を言い、俺は
この世界で俺はもう戦いなどしたくはないと不満を口にする。
別に、俺は誰かのために誰かを救うのは構わないが、やっぱり平和なのが一番だと思っているからだ。
俺の主人公像が働かない必要とされない、平和な世の中の方がマシだ。
「第2の戦いなんて、平行世界にやらせるか、別の奴にやってもらいたいね。
数字とか英語訳とか付けて……。
俺はこの国ではもう戦いなどは起こってほしくないって思うぞ」
「じゃあ勝たなきゃね!! 魔王軍に……」
そう言いながら、黒は張り切って俺の肩に手をのせてくる。
今の彼女は先程までの出番待ち病状態とはスッカリ違っており、いつもの明るい黒になっていた。
「そうですね。またみんなでこの店に帰ってきてバイト生活を過ごしましょう。必ずまたここに戻ってきましょう」
「ええ、もちろん。その為にすべきことは私にも分かってる」
英彦と黒はどうやら戦地に行く覚悟を決めたようだ。
なら、俺も覚悟を決めなければならない。
こいつらを導く金曜日担当のバイトリーダーとして……。
頭の中で思い出すのは前の世界の思い出……。
アニキと呼んでいた憧れの人に言われた言葉。
『もしも君が仲間を纏めるリーダー、主人公のような立場になった時。
それがどんな方法でも良いから、皆の事を想った行動してくれ。君にあとは託すよ』
この言葉が今でも妙に俺の心を包み、締め付ける。
彼のような誰かのために生きていた者がかっこよかった……。
今でもその気持ちは変わらない。
彼のような男に憧れていた。
彼のように人を助ける自分が好きだった。
みんなを導いたり、救ったりする主人公が好きだった。
ストーリーの中心となり物語を牽引していく人物が好きだった。
例え、それが本当は悪だとしても、誰かのために生きていた者が好きだった。
だが、あの人はもうこの世にはいない。
目を閉じると、あの頃の思い出の他に新しい思い出が映る。
この世界の新しい思い出。面白おかしく過ごしている日々。
そんな思い出までも奪わせるわけにはいかない。
俺はこの大切な居場所を守らなければならないのだ。
「ああ……………分かってるよ俺も。これは俺達へのパーティーとしての依頼だ」
そう言うと俺は、黒と英彦にソッと小さな細長い紙を手渡した。
黒と英彦はその紙を黙って受けとる。
「ほら、書いとけ。注文用紙だ」
それは注文する時に使われる、客が注文したものをメモする紙。
そこに個人で注文したい料理の名前を書く。
そして、3人が書き終わった時に俺は再び口を開き始めた。
「いいか? 今回の依頼人はこの国だ。
仕事先は平行世界にある魔王の城。
お菓子の限度は自由。好きなだけ持っていけ。バナナも特例だ」
俺の話を静かに聞く2人。
その目はまさに真剣な眼である。
「─────だが、必ずこの注文は受け取りに来るぞ。3人でな」
そう言って俺達はカウンターにそれぞれ注文用紙を置いた。
そして、彼らは付喪カフェから立ち去る際にこの戦争について考えていた。
俺は「(魔王が本当に正義か悪かは分からない。だが、これは明山と俺の前世からの宿命だ。アニキが遂げなかった最大の試練。俺はこの戦争に挑むために明山の体に憑依したのかもしれない)」と思った。
英彦は「(これから何が起ころうと僕は戦う。ここのみんなと出会って僕は成長したんだから。あの子供の頃の僕と今の僕は違う)」と思った。
黒は「(私たちには今、向かうべきゴールが確実に見えている。奴らは今まで犠牲者の魂を目的なんかのために強奪してきた敵。私たちはそんな犠牲者達のために戦う。正義のために戦う覚悟が私にもある!!)」と思った。
金曜日バイト達は向かう。
俺は自らの宿命との決別のため。
英彦は戦いの終わりを望むため。
黒は自らの定めと向き合うため。
付喪カフェに振り返ることなく、その場から立ち去る3人。
次にここに来るのは全てが終わった時だけなのだ……。
彼ら3人の頭上では北極星のように明るく光る星が1つ……。
そして、付喪カフェの店内には月の光が優しく射し込んでいた。
そんな月光が店内のカウンターにある注文用紙を照らす。
そこに書かれていたのは3杯の『カプチーノ』。
特にカプチーノの意味はないはずなのに、彼らが注文したのはただそれだけであった……。




