付喪カフェ休業要請
『国からの要請により、当分の間休業とさせていただきます。今回の事態が終わり平和になったら再び営業を再開するのでその時は当店をよろしくお願いいたします。
付喪カフェ店員一同より』
魔王軍との全面戦争まであと2日となったこの日。
付喪カフェの扉に張り紙が貼られていた。
この国だけでなく、この国市にも戦争の被害が出るかもしれない状況である。
それに国民は戦士以外は全員国外へと非難することになっている。
なので、一般人はこうして店を閉めて国外へと避難しなければならない。
それは付喪カフェの店員といえど変えることができないのだ。
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さてこの日、付喪カフェ内に残しておいた私物を回収し、荷物をまとめなければならない者が2人、客のいないカフェ内で荷物をまとめていた。
1人はこの店の店長。彼はもう働くことなどないというのに、この店の制服を着たまま作業をしていた。
いつもなら数人くらいはお客さんがいる時間なのに、店を休業したため誰もいない。
「なんだか寂しいな……」
店長は1人、厨房にあるお皿や調理道具を段ボール内に入れる。
いつもコーヒーを入れていたコップ、期間限定料理を入れていた特別なお皿、フライパン、包丁などを一つ一つ手にとってはきれいに均等にしまっていく。
普通の人々にとってはただの調理器具たちなのだが、彼にとってはたくさんのバイトや従業員たちとの思い出が染みついているのだ。
すると、客がくるはずもない店のドアが開く。
ドアに貼ってある張り紙を無視して勢いよくドアは開けられて、堂々とした態度で店内へ入ってくる女性。
表には高級そうな自動車が停まっており、たくさんの黒服が店の前に立っていた。
「おいおい、マジか………」
店長は驚いて、いったい何が始まるのかも分からず、しまおうとしていた皿を思わず落としてしまう。
そんな店長の慌てように黒服の1人が
「店主よ。申し訳ない。我々は数市にあるとある兵器企業の者」
黒服の自己紹介に店長は納得される。
確かに近代的な都市である数市、しかも兵器企業の者だというなら、この状況も理解できる。
おそらく、店が閉まるということも知らずに、大企業のご子息なんかが駄々をこねてこの店に来たのだろう。
その証拠に、外に停められてある自動車の中に人影が見える。
その人物こそがご子息なのだろう。
まったく、そのご子息とかいう奴のお陰で思い出に浸っていたムードが台無しだ。
「そうか………。とりあえず貼り紙くらいは読んでほしかったんだが」
店のドアの前に貼り紙を貼っていることくらい気づいてほしい。
彼らはもしも店長がこの場にいなかったらどうするつもりだったのだろう。
しかも、彼らは店長が二度聞きしてしまう言葉を出す。
「店が閉まるということだろう?
我々もそれくらいは知っているさ」
「──────ふ~ん。 は?」
その台詞に思わず、店長は喧嘩腰で口に出してしまった。
彼らがお店が閉まる事を知っていて来たということはどれ程アホなのだろうか。
文字の意味すら分からないのか。
…と黒服にツッコミをいれたかったが、更に喧嘩沙汰にはなりたくないので必死に堪える。
「では、なぜうちに来たんだい?
借金なんてしていないんだけれどね。
───それともこの店に何かするっていうのなら、私は君たちを許さないのだが?」
「我々はお嬢を送りに来ただけだ。
お嬢が外は危険なのに、どうしても店自体に用があるってな」
店自体……?
その言葉がまったく理解できない。
店の料理でも、私でも店員にも用がなく。店自体に用がある。
それはいったいどういうことだろう…と店長は考えてみる。
しかし、まったく思い付かない。
すると、外に停められてある自動車のドアが開けられる。
そこから1人の高級そうな衣装を着た女性が車から降りた。
サングラスをかけてでかい帽子をかぶった若い女性はこの店へと向かってくる。
「─────お前たち……………。私は何もここまでしろとは言っていないぞ…………?」
その声の主であるお嬢はかなりご立腹な様子でピクピクと手を握っている。
恥ずかしいのか、怒っているのか。いや、その両方かもしれない。
とにかく、彼女がそのお嬢とか呼ばれる存在であることは間違いないのだろう。
「しかし、送り迎えくらいはさせていただかねば、ご主人にお叱りを食らってしまいます。
お嬢は可憐な乙女でございますので、いつ変質者が来るとも限りません」
「わっ、私だって魔王幹部を倒した功績を持っているのだ。変質者ごとき簡単にねじ伏せられる。お前たちは帰って親父の手伝いでもしてろ!! ────でも、送迎は感謝してる」
恥ずかしさと怒りと感謝が混ざったクレームに黒服達は微笑ましそうな表情を浮かべた。
だが、そんなことをお嬢が気づくはずもない。
「ほら、早く散れ!! 散れ!!」
赤面しながらお嬢が大声で命令すると、黒服達は慌ててその場から逃げるように立ち去っていった。
さて、こうしてこの付喪カフェには2人の男女が残っている。
店内に気まずい雰囲気が流れていた。
「「………………」」
「─────あの………そのですね。私は実は……………」
お嬢は言い出せなさそうにモジモジとしながらしどろもどろに口を開く。
「ああ、君は妙義だろ?
どうした? 何を恥ずかしがっている?」
お嬢(妙義)の脳内に走る衝撃。
今日も必死に隠していた正体はすでにバレていた。
あれほどの登場と謎のお嬢感を出していたにも関わらず、すでにバレており更に企業のお嬢様だということまでバレていたのだ。
「ちょっ……ちょっと、いつ気づいたんですか?」
やはり、声だろうか?
それとも髪の色?
不安になりながらも、お嬢(妙義)はとりあえずいつ気づいたかを聞こうとする。
「ああ、君の面接時に名前書いただろ?
君の親父さんは私の友人……知人?…………敵。
とにかく昔の獲得争いで知り合いだった男でね。彼は兵器企業の社長だったのさ」
面接時の書類。
さすがに妙義もそこまでは予想していなかった。
ただ、面接に受かるかどうか緊張していたから、偽名にする事を忘れていたのだ。
いや、そもそも付喪カフェに自分の家族の知人がいるとまでは考えていなかった。
失敗。遥かなる過去の失敗。
「あっ…………あの?
誰かに話したりとかしてませんか………?」
「言わないよ。女性の秘密をしゃべるなんて私には出来ないからね」
そう言って店長は後ろに体を回し、調理器具の収納を再開し始めた。
妙義は黙りこんでカフェ内を見渡す。
そして、妙義は誰もいない椅子や机を眺めながら思い出に浸っていた。
「みんなとのバイト、みんなとのパーティー、あっ、曜日を間違えて働きに来たこともあったっけ~」
給料が訴えたいほど安かったが、それも今となっては彼女のいい思い出である。
しかし、それももう見られないかもしれないのは悲しい。
「───なんだか寂しいですね」
妙義は店長の元へと近づくと、机にもたれ掛かり、店長が収納している食器などを見ていた。
「ああ……」
店長が妙義の方を確認もせずに返事を返す。
その態度をちょっと残念に思った妙義であったが、話題を変えてみることにした。
どうせなら、何かの話をきっかけにこのカフェの昔のことについて知る機会だと思ったのだ。
さっそく、妙義はそばにあったコップに傷がついている事を確認する。
「あっ、その傷……きっと長年で付いた大切なものなんですね?」
コップの取っ手の部分に付いた傷。
きっとお客さんに今まで何度も何度もコーヒーをお出ししていたのだろう。
そう思って妙義は店長に聞いたのだが……。
「いや、これは黒君が傷つけたモノだよ?」
ならばと今度は妙義が指差した先にあるのは、もう捨てる予定だった椅子。
「じゃあ、あそこの椅子。今まで頑張ってきたけど老朽化しちゃって捨てちゃうお客さんを支えてきた物ですね?」
これならば、黒が壊すこともないだろうし、カフェの昔話などを聞かせてくれるキッカケになるかもしれない………。
「いや、あれは黒君とマオ君が大食い対決をした時に黒君が座って壊れた椅子だよ?」
「大食いで壊れる!?
いや、黒はいったい何をしてるんだ」
その後も破壊の使徒と化していた黒によって、壊れた物などは全てが黒のせいで壊れており、結局昔の話を聞き出すキッカケにはならなかったようだ。
その後、収納を行っていた店長は、後ろ向きの姿勢のまま、とあるダンボールを指差した。
「それよりどうしたんだい?
個人の私物ならそこのダンボールにまとめている」
店長の指差す方向にはバイトの名前の書かれたダンボール。
その中には妙義のも入っている。
「これは………整理してくれたのか?」
「ああ、さすがにお節介だっただろうか?
年頃の女性の私物の場所を勝手に移して………。
だが、安心してくれ。移動はマオ君とヨーマ君がやってくれたから私は触っていないよ」
「じゃあ、マオとヨーマは?」
「2人なら、先に行ってしまった。
みんなに『楽しかった。ありがとう』って言って去っていたよ」
「そうですか…………」
妙義が残された私物達を確認すると、マオとヨーマのダンボールがない。
もう2人は出ていってしまったということだろう。
「最後くらいは直接さよならを言いたかった」
すると、店長はすべての食器や調理器具をダンボールにしまい終えたようで、その場に立ち上がり、背伸びをしたかと思うと近くにいた妙義に声をかけた。
「なぁ、妙義君。明日この店に鍵をかけるんだが、手伝ってくれないかい?」
「今いるバイトの中で一番古参だからですか?
───もちろん最後まで私がこの店を見送りますよ」
「それじゃあ、明日の朝にここに来てくれ。それじゃあ私はこれで……」
そう言うと店長はいろいろな物が入っていたダンボールを持って外へと歩き始める。
「あっ、鍵はどうするんですか?」
「どっちの?
───いや、開けておくよ。別に取られちゃまずいものはない。全て移動させたからね」
そう言ってニッコリと笑いかけてくる。
そこで妙義もニッコリ笑顔で店長を見送る。
そして、店長は店の外へと出ると一度地面に荷物を置く。
両手に持つ物もなくなった店長に、妙義は1つだけ尋ねることにした。
「1ついいですか?
店長………。あなたは敵なんですか?
味方なんですか?」
敵か……味方か……。
その質問に扉を閉めかけた店長の動きが止まる。
そして、店長はその質問にどう答えるか少しだけ悩んでいた。
「そうだね。私はこの国には何の未練もないし、何かあっても気にとめないだろう……」
冷たい目で、今の状況を語るような台詞を放つ。
店長がいったい何を心に思っているかは妙義には分からない。
だが、店長には何かがあることは妙義にも分かった。
少しの間の沈黙。
妙義は不安になり唾を飲む。
すると、店長の口調は先程と一転し、心優しいものになる。
「ただ、彼らの意思やカフェにとっては味方だね。例えここが何処であろうと……。私は君たちだけの味方さ」
指でグッジョブのポーズを作り、ウィンクをする店長。
そして、彼は妙義を残したままカフェから出ていってしまった。




