さようならシュオルの町
先程、紅葉が能力で作っていた刃物。
俺はその刃物で自分の腹に切腹を行った。
刃物を刺した俺の腹からは当たり前のように血が出てくる。
腹部からの出血。
スポンジの能力には水分を取られて、更に血液まで失いかけている。
腹から来る激しい悶えたくなるほどの痛み。
その刃物は腸の上の方にまで及んでいた。
だが、俺はその痛みを死ぬ気で耐え忍ぶ。
そして、俺はヌメヌメと生暖かい血と肉の間に手をいれる。
自分の腹に手をいれるなんて気持ちが悪い。
苦しい。
痛い。
死にたい。
痛い
苦しい。
しかし、俺は切り裂いた腹内の手を漁り続ける。
人間はいったい切腹を行ってもどのくらい耐えれるのだろう。
どのくらいの痛みに耐え続けなければならないのだろう。
それを本当に心から知っているのは今は俺しかいない。
クソ苦しく痛い…以上なのは確かである。
しばらくの間、腹を漁っていると腸の上の方で何かが俺の指に当たる。
生暖かい生き血でヌメヌメとして完全に正体は分からないが、それは少しずつ大きくなっていた。
俺の血液を大量に吸いながら大きくなっている。
おそらく、今俺の指先にあるこれこそがスポンジ。
俺は焦らず冷静にその物体を掴む。
血液で指が滑りやすいが、必死に物体を掴んで俺は自らの腹から手を抜こうと試みる。
腹から腕を抜くと激痛が全身を走り、苦しさが増すが仕方がない。
「ウ゛オ゛ォ゛ォ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!」
体内にある物体を離さないように掴む。
ここで離してしまえばもう腹を切った意味がない。
この切腹で死ぬかもしれないが、俺はこの行動に意味があると信じる。
痛み苦痛痛み苦痛痛み苦痛痛み苦痛痛み苦痛痛み苦痛。普通は死んでしまう。俺の腹から出てきた物体は、外に飛び出してもなお表面についた血液を吸い上げて膨張を続けている。
「バカな。なんて奴だ」
犯人は顔色を真っ青に染め上げて俺を見る。
お互いに血だらけの死にそうな2人。
「お前を倒せばスポンジの能力は消えるんだろ?
でも、お前を倒すよりスポンジで破裂する方が早い。だから、時間を作るためにスポンジを取り除いたんだ」
お互いにふらつく足取りで歩く2人。
1人は逃れようと歩き、1人は捕らえようと歩く。
これはもはやどちらの気力か体力が尽きるのが速いかの勝負である。
どちらが先に倒れてもおかしくはない。
だが、勝敗の流れは間違いなく俺の方へと来てくれていた。
「俺はもう数分で死ぬ。だが、黒の回復魔法で傷を塞いでくれれば助かる。これは賭けだ。俺の命は仲間に賭ける!!」
仲間を信じる心が今の俺を突き動かしてくれる。
ここまで本当に長かった。
沢山の犠牲者の想いを無念を晴らせるチャンスは訪れたのだ。
犯人によって山上のように家族を殺されたり友人を殺された人もいるだろう。
簀巻が正体を教えてくれた。
紅葉が犯人を弱らせてくれた。
山上がサポートをしてくれた。
妙義が覚悟を決めてくれた。
みんなの活躍がこうしてこの刻を運んできてくれたのだ。
だから、俺はこの瞬間までに努力してきてくれた全てのみんなの為にこの技を使おう。
この命が尽きてしまおうとも……。
「──『100円連続パンチ』!!!!」
俺は100円玉を取り出すと、犯人の服を掴む。
そして、俺がきちんとした技名を口にすると、犯人は恐ろしそうに唾を飲み込む。
震えが止まらない。
目の前に現れた死の恐怖。
犯人だって人間だ。
彼が今まで与える側だっただけのことで、今回はその逆。
人の死は清々しいいい気分になれるが自分の死は別だというなんと呆れた考え方であろうか。
命を取る側は取られる覚悟もしなければならないというのに……。
しかし、そんな彼を責めてはいけない。
彼には死が大きな口を開けて待っているのだ。
死の恐怖を感じ、冷や汗を流しながら、犯人は自分の妹である妙義の顔を助けを求めるような目で見る。
「今までありがとう兄さん。さようなら」
そんな彼の顔を妙義はとても憐れな者でも見るような目で、それでいて悲しそうに兄の最後の姿を眺めている。
もう犯人を助けてくれる者はこの場にはいない。
犯人は吐息を漏らしながら、俺の顔を睨み付けると……。
「こ……こ………このクソ野郎がァァァァァァ!!!!!」
その遺言を合図に俺は犯人の身体を宙に投げる。
だが、犯人は最後まで反抗せずに死を受け入れるつもりのようだ。
そして、妙義の憐れんだ涙が1滴瞳から落ちると同時に犯人へ俺の連続パンチが炸裂する。
犯人の視界には既に1擊目の拳が向かってきているのが見えており、それがゆっくりと長い時間をかけて向かってきているように感じた。
スローモーションのようにゆっくりとゆっくりと……。
目の前に現れる拳の形。
ついに1擊目が来…………。
「オリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャ!!!
ウリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャ!!!!
オリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャ!!!!!
オリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャ……オ゛リ゛ャ゛ァ゛!!!!!!」
確実にパンチを当て続ける40秒。
1撃1撃に気合いを込めて拳を犯人にぶつける。
これまでの感謝。
過去までの断罪。
数百もの拳の嵐が1人の男へと繰り出されているのだ。
「──ヴァギアリャァァァァァァァ!?!?!?」
観光客の賑わうお祭り騒ぎの町中。
1人の殺人鬼が最後に叫び声をあげたのだが、その声は近くにいた者以外に聞き取られる事はない。
今年も変わらずシュオルのお祭りは盛り上がっている。
まるで何事もなかったかのように……。
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全てが終わった。
恐怖を振り撒いてきた殺人鬼の彼が死んだことにより、被害者の止まった時間は動き始める。
復讐という道を失った者はいったいこれから何を目標に行き続けるのだろうか。
帰りを待つ者たちはこれからも犠牲者の帰りを待ち続けるのだろうか。
事情を知らない仲間たちは1人の大切な仲間を信じて帰りを待ち続けるのだろうか。
そんなことは今の俺にはまだ分からない。
ただ今言えることは2つある。
1つ目はこれはまだ戦いの途中であるということ。
鍵の獲得候補者という立場の俺を狙う者はまだいるのだ。
2つ目は犯人の死亡が確認された瞬間、妙義は涙を流しながら空を眺めていたということ。
その後、すぐは俺もよく覚えていない。
切腹の傷が痛すぎて、気を失ってしまったのだ。
ただ、次にもし目が覚めるときがあるとすれば、俺は仲間を信じて正解だったということだ。




